大刀を落とし差しにした新次郎は、青空の下を颯爽と歩く。

年は二十六、月代さかやきは剃っていないが、きちんと櫛を入れ、

髷も結っているので見苦しくはない。

涼し気な眼差しに、通った鼻筋。

眉は濃いが、いつも穏やかな微笑みを湛えている。

そんな彼が、ふと表情を曇らせることがあることに気づいているのは、

長屋では、あかねだけであった。


人通りが多くなって来た道をゆったりと歩き、小名木川沿いから

高橋たかばしを渡って、右に折れる。

僅かに、潮の香りが漂って来た。

大川(隅田川)の下流が近くなってきたのだ。

新次郎は、この潮の香りが好きだった。


青空の下、潮の香に包まれて過ごす毎日は、楽しかった。

少なくとも、実家にいたときには感じたことのない、開放感だった。


(──!!)


新次郎の眉が、僅かに上がった。

そして、「背中に風」を感じた。


──殺気であった。

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