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吉蔵は、あかねの父親で、五十をちょっと過ぎた年齢。
血色の良い肌にデンと座った大きな鼻の、人の良さそうな男である。
一年ほど前までは腕利きの大工で、酒さえ過ごさなければ
親方にという声まで出ていたのだが、ある日足場から転落して
激しく腰を打ち、仕事が出来なくなってしまった。
それ以後、あかねが水茶屋に働きに出て、吉蔵は家で
二人でつましく暮らしていたのだった。
根付というのは、煙草入れや印籠に付けて、それを帯に挟むための、
アクセサリーを兼ねた工芸品である。
「吉蔵どの、わしはこれから仕事に出るでの、留守を頼みます」
新次郎は、毎朝この挨拶を欠かさない。
「おう、行って来なせえ。あかねも待ってるだろうよ」
「今日は、出来上がった根付はあるかの?」
「いや・・今、彫ってるのは、あと二、三日はかかるな」
「さようか。では、行ってまいる」
吉蔵の家を出ると、先ほどの女房連は洗濯が終わったのか、一人もいなかった。
新次郎は井戸端で釣瓶で水を汲み、顔を洗うと、長屋の木戸口へ向かった。
(さて・・・稼がんと、今月の家賃が払えんぞ)
新次郎は、眩しく輝く太陽を見上げながら、そう思った。
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