新次郎は、あかねの持ってきてくれた朝飯を食ってから腰を上げると、

夜着を枕屏風まくらびょうぶの向こうに蹴込み、

大刀のみを腰にぶち込んで、土間に降りた。

脇差(小刀)は、押し入れに入れたまま、しばらく差していなかった。


そして、顎を指先で撫でてみて、無精ひげの具合を確かめた。

(ふむ、まあ、いいかの)

新次郎は元来、髭の薄い方で、三日に一度剃れば十分だった。


障子を開けて外に出た新次郎の目に、陽光が染みた。

「おやおや、今からお仕事かい?」

井戸端の方から声をかけてきたのは、長屋の女房連だった。


「ああ、おはようござるな」

「ござるな、じゃないよ、先生。もう、ここの男連中は、

 みんな仕事に出ちゃってるよ」

そう言って笑うカミさんたちの表情は、みな暖かかった。

浪人して、ここに転がり込んできて半年、新次郎はこの長屋の女たちには

好かれているようだった。


女性、特にこのような町人の女たちとの会話に慣れていない新次郎は、

ペコリと頭を下げて、長屋の向かいの、あかねの家に向かった。


「おはようござる、吉蔵よしぞうどのはおられるかな?」

と、家の中から、

「おう、先生かい? おられるとも、へえんな」

野太い声がした。


障子を開けると、初老の男が、胡坐あぐらをかいてこっちを見ていた。

あかねの父、吉蔵である。





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