将棋サムライ~江戸の青空~

コーシロー

「先生、先生! いつまで寝てるの?」

ドンドンと腰高障子を叩く音とともに、いつもの声がした。

(う・・うん・・・あかねちゃんか)


香坂新次郎こうさかしんじろうは、アクビをしながら、半身を起こした。

栄太郎長屋と呼ばれる、棟割長屋の一室。


昨晩、酒に酔ったまま寝てしまったらしく、頭がガンガンと痛む。

(いかんな・・奢り酒だと思って、ついつい吞みすぎた)

頭を掻きながら、新次郎は、外に向かって声をかけた。

「あかねちゃん、わかった、今起きた」

「もう、先生ったら・・・」

そう言いながら、障子を開けて、あかねが入って来た。


「あ、もう、心張り棒が掛かってないじゃない。人にはいつも、

 掛けろ、掛けろって、言うくせに」

そう言って、プウッと頬膨らませみせたのは、長屋の向かいに住む、

あかねであった。


黒々とした島田髷しまだまげの下に、愛嬌のある大きな目。

薄く紅をいた唇は、十六という年相応に良く動くが、

いつもそこからは、相手を思いやる言葉が紡ぎだされるのであった。


「いや、あかねちゃんみたいな美人の家はそうでなくちゃいかんが、

 わしの所などに入る泥棒も痴漢もおらんからな」

「やだもう、先生ったら、美人だなんて・・・」

ちょっと頬を染めてみせたあかねは、両手で抱えていた四角い盆を、

床に置いた。


「こ、これ、今日も作りすぎちゃったから、食べてね」

あかねは、一人暮らしの新次郎を気遣って、「作りすぎた」と言っては、

毎朝のように朝ご飯を持ってきてくれるのだ。


「い・・いつも、すまんな」

「何言ってるの、作りすぎちゃったって言ってるでしょ?」

あかねはクルリときびすを返し、

「じゃ、あたし、仕事に出るから、先生も早く来てね!」

そういうと障子を閉め、駒下駄の音を響かせて出て行った。


(ふむ・・わしも、このままでは、いかんの)

あかねの出て行った障子を見つめる新次郎の目には、

僅かな憂いがにじんでいた。







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