さよならの伝え方
羽入 満月
さよならの伝え方
校庭の隅にある早咲きの桜が舞い降る頃、僕たちの卒業式が執り行われた。
今まで、証書授与やお別れの言葉、歌など練習をしてきたが、やはり本番は緊張感がある。
練習にはいなかった来賓や保護者。
練習になかった、長い長い来賓の話、すすり泣く声、それにつられてまたすすり泣く声。
つまらないと思っていたことも、本番ならではの雰囲気で特別な日になる。
そんな特別な日に何とも似合わない顔をした子が一人いた。
朝からきゃーきゃーと話す同級生達を横目にも入れず、机に置かれた卒業記念品をみていた。
淡々と。
僕も友達とワイワイ話しているときにふと視界に入ったから気付いたんだ。
僕の視線に気がついて、こんな日にまでそんな顔をするなんて台無しだと言うやつもいた。
最後まで空気を読まないやつだ、と。
いや、僕が思うにこのクラスの雰囲気というか、あの子に対する関わりかたがそうしていると思うんだけど。
その子は、体育館に入ってからもまるで練習の延長のようにつまらない顔をして、涙ひとつ見せることはなかった。
卒業式がつつがなく終了して教室に戻っても、泣き腫らした目をした子や鼻をすする子が男子にもいるなか、まったくそんな素振りを見せない。
担任に歌のサプライズをしようと代表の子が呼びに行ってもただ校庭の桜を眺めていた。
担任が来て歌を歌って、担任が大泣きをした。
「近藤と斉藤が最後の日に派手な喧嘩をしてるって呼びに来るから何事かと急いできたのに」
そう担任が漏らせば、それにつられてまた泣く子や泣き笑いする子もいて和やかな雰囲気だった。
ただ一人、異空間のあの子の時間は止まっていた。
お別れが終わり、卒業生は三々五々帰っていく。
友達や先生、親と写真をとったり、寄せ書きをしたり思い思いのことをするなか、ふと桜の花びらが視界に舞う。
桜の木の下にはあの子がいた。
ただ一人で降る花びらを眺めている。
声をかけるのを躊躇って、そっと隣に並んでみる。
「桜、好きなの?」
何時までも見ていても仕方がないと、僕も花びらを見ながら声をかける。
「別にふつう」
「そう、なんだ」
会話が終了してしまった!!
「う、えーと、そ、卒業しちゃったね」
「そうだね」
「高校、違うからもう会うことないのかなぁ。あ、でも、学区は一緒だし、高校も遠いわけじゃないし」
「会いたいと思うものなの?」
「え、思いたくないの?」
まじまじと顔をみると、静かに尋ねられる。
返事に困っていると、
「ここでの出会いで会いたいと思う人がいたらもう少し違ったかも」
と、ポツリて言われた。
「そんなに、悪い思いでしかないんだ」
これは、落ち込むしかない。
大して仲が良かった訳ではないけど、もう二度会いたくないと言われた気がしたから。
「じゃあさ、もう、僕とも会わないかもだね?」
わざと元気に聞き返してみると、僕と向かい合わせになるように彼女が向きを変える。
「そうかもね。じゃあ、元気で。さようなら」
あっさりと彼女がそう言った瞬間に僕と彼女の間に風が通り抜ける。
『さようなら、またどこかで会いましょうね』
なんて、言えたならどれだけ良かっただろうか。
それが優しさなのか、自己満足の残酷さなのかはわからない。
桜が咲くようにふわり、と笑って、スカートを翻すとそのまま帰っていく。
ひらひらと舞い降る桜たちもさようならと言っている気がした。
僕との仲は確かにそれくらいだったけど、桜が散るように潔い別れだった。
さよなら、さよなら、さようなら。
君が覚えていなくても、僕が今日の日を覚えているから。
僕は君に出会えて良かった、と。
君がいつか思い出す日に僕は入っているだろうか。
もしそれが楽しい思い出だったなら、僕が入ってなくてもいい。
きっと僕は、桜の降る頃に今日のこの日を思い出すだろう。
君がいつか今日を思い出して、そんなこともあったなあ、と笑ってくれたら、僕は君に会いに行きたい。
でもきっと、そんな日は訪れない。
だからきっと、『さようなら』
さよならの伝え方 羽入 満月 @saika12
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