断ち切れ原発

ラッキー平山

断ち切れ原発

 落語「断ち切れ線香」では、かつての吉原のおいらんが、線香が消えるまでの長さで、客の持ち時間を計っていた。

 これは、それが原発に変わったらどうなったか、という話である。






 客が殴り込みに来た。三千石の大名で、「結婚させろ」と真剣を振り回すので、おいらんはクローゼットから剣を持ち出した。その返す刀は何千万度、幼少のころ、どさ周りでイングランドへ行ったときに、湖の女王からもらったものである。その名をエクスカリバーという。

 斬られた大名は炎上し、赤色巨星を超えるほどに、ぐるぐるしてしまった。

 こま切れの君に浮かぶは、愛するものの幻想顔。



 しかし、バカとはいえ御大名である。殺したとあっては、火あぶりもいたし方ない。刑場で、店長や家族が悲しく見守るなか、はりつけになった白装束の女の足元の薪の山に、火がかけられた。

 だが直後、場の全員が凍りついた。火に包まれるおいらんから、なにかが聞こえてくるのだ。それは三味線の音色だった。そしてそれは、すべてを道連れにする「断ち切れ原発」でもあった。

 彼女は言った。

「今日のお客はぎょうさんおりますから、半減期三百年でお相手しますゆえ」


 原発一基が燃え尽きる時間まで、おいらんは小唄を歌った。撒き散らされる放射能により、その場の全ての客は白骨と化した。だが、みんな死んでも三味線は鳴り続ける。終わらない。いつまでも終わらない。しかし――

 三百年は長い。




 西暦二千二十三年。とうにおいらんはゴジラと化して、吐く息、白い息、呪いの息で、都民と人類を皆殺しにするべく暴れまわる。しっぽでビルをなぎ倒し、月に吠える巨大怪獣、おいらん。その咆哮は、人語になって人々に刺さった。

「バーカ、犯りに来るからこうなるんだよ!」


 東京・吉原の祟り当然は、原発一基の半減期が、じつは三億年にも伸びていた。

 見ながら、通称「恐怖のジュ○シックパークの蝿男」なる科学者が、自らを人から蝿から相互に電送しながら、驚嘆して叫んだ。

「恐竜も人類と化して共食いする長さだ! とても客のチンポが持つとは思えねえ!」



 彼女には、報酬自体がなかった。怪物の生まれ変わりだから、命自体がないからだ。

「声自体が怒りで、鼻息それ自体が、鼻なんです」

 天の仏に向かい、嘆くおいらんの呼吸は、まるでコンクリート。最初はドロドロだったのに、もう二度とドロドロには戻れない。

 悲しい。


 あまりのことに、付近の高層ビルがゴロゴロ転がったが、ガラスも割れない悲劇である。中の人も、気にもせずにコーヒー飲んで談笑するほどに、世界を破壊する彼女は、実はまったくの無存在だったのだ。



 そこへ、DJ(ダーク・ジ○ーカー。映画「ダー○ナイト」の悪役、ジョー○ーのこと。口が大きく裂けて、いつも笑っているように見えるうえ、実際に嘘と悪意の塊という、存在自体がジョークの化け物。数あるバッ○マン映画の中で、最も凶悪だった)モドキがしゃしゃり出て、騙す気満々のうさんくささで、手もみしながら提案した。

「これは、きれいなお嬢さん、なんて遊んでる場合かよ。これらの無念を、なんとか健常者差別で晴らしたいと思わないか?!」


 すると女は頭が水でスパコンになった。回転は早いが、体積が数倍は膨れあがり、重度の障害である。

「でかいからって宇宙人と思うなよ! リアル日野日出志をなめんなよ!」

 計算の結果、そう叫んだが、いま言われたからってそうしたとは、とても思えない。


 DJモドキはしょうがないから指さして、もっと意味不明なことを得意げに言った。

「おいおい、ぼっちだからと殺すなよ! いないからって消えるなよ! 誰にも相手に集団断末魔だからって、そう簡単に『あぶく俺』を稼ぐな! 貯めるな! ぜーんぶ、捨てちまえ!」


 そのうち嫌なことを思い出し、しかめっ面になった。肩をすくめて、

「あーあ、瞬く間に俺。いつもの俺。だめだこりゃ、また繰り返しだ。の俺」

 などと、嘆くでもなく、わりとどうでもよさげに垂れた。



 しかし東京都民の生き残りは、そう悟れはしなかった。廃墟から蟻のように這い出てきて、集団で絶叫しまくる。全ての悪の根源である、おいらんへの呪詛である。

「飲み代なんかDrink Shit! 貧乏なんか破滅ザー! 栄養なんか、なくても死ぬぞ! いいもん食ってても、死ぬぞ! どうせ、いつかは死ぬぞ!」

「あたり――」

 あきれたDJモドキが次に「まえ」を言う直前、地球はぱたりと終わった。



 なにもない暗黒に、おいらんの声が響く。


「原発が


断ち切れましてございます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

断ち切れ原発 ラッキー平山 @yaminokaz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

神になったね

★0 詩・童話・その他 完結済 1話