第24話 水鏡

その冒険者は勝っていた。容姿端麗にして才気煥発、意気軒昂ながら泰然自若としている。しかしその英気が人間社会にうずまくどんよりとした邪気に染まり、惰気へと転じて、やがて鋭気はくじけてしまった。

優れた能力を持ちながら辺境の地に隠棲し、その日暮らす分だけの稼ぎを得てあとは寝て過ごす日々。

そんなある日、ある噂を耳にする。


――天空の鏡と呼ばれる湖には、魔王をも恐れる盾が眠っているらしい。


文化も教養もない町での暮らしに飽いていた冒険者は、ここを去る理由を得たと思い、山気を起こして盾を探す旅に出た。

人間界を離れ魔王の治める地へ。七竜の川を登り、千尋の谷を越えて、天を衝く山のふもとへ到り、そして、


「ここが天空の鏡か」


一年の時を経て、目的の湖へとたどりついた。

暗雲たれこめる魔王領にあってここだけぽっかりと穴があくように青空がのぞいている。暖かな陽の光、咲き誇る花々、波ひとつない穏やかな湖面は鏡のように天空を映し取っている。


冒険者が湖へと足を踏み出すと波紋が広がり、やがて湖全体へと響き渡る。


(これなら歩いていける)


湖は浅く、靴底にも満たない水位しかない。

冒険者は魔物ひとついない湖に手を広げ、その中心へと向かっていった。


湖の中央には祠があった。

石を組み上げて作られた簡素な祠。そこにある祭壇の戸を開くと、


「これは……」


目的の盾が出てきた。

美しい湖面をあらわすような盾。そこには冒険者の姿がはっきりと映っている。


老いた顔、衰えた体、若き日に身を焦がした覇気はどこにもない。

あるのは驕り、高ぶり、人を見下してきた己が半生と、これから失われていく残りの半生。

醜くゆがんだ口元には人の悪さが出てしまっている。


冒険者はたじろいで湖に尻もちをついた。


「ああ、そうか」


気づいたのだ。人生の儚さに。無常を知り、廓然として悟りを得た。

波打つ湖面のように心が騒ぐ。不安や焦りが生を渇望する。

花の色、うつろう雲、沈む太陽。一時としてとどまることのない空なる世界を慈しむ心が、己が内にあるのを知った。


「魔王も恐れるわけだ」


冒険者は笑った。ゆがんだ口を大きく開けて、老いた顔がしわくちゃになるのを気にもとめずに。


そして立ち上がった。もう盾はいらない。戸を閉めて静かに去った。


しばらくして勇者の一行に賢者が合流したという。

賢者は若き勇者に道を示し、その勇気を広めたのだった。

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