第22話 夢

ある国で冒険者ギルドに立ち寄ったときのことだった。


「お姫様に話をしてほしい」


ギルド長から直々の依頼だった。

なんでも、この国のお姫様は美しすぎるあまりに言い寄る男が絶えなかったので、それを厭う王によって白く高い塔に幽閉されているのだとか。


「異国の冒険譚を聞かせてあげたら、一時の慰めにもなるでしょう」


退屈するお姫様のために、王はあの手この手を尽くしているそうだ。


(そんなことをするくらいなら外に出してあげればいいのに)


払いが良かったので俺はその依頼を引き受け、翌日にはさっそく王宮へあがり、侍女に連れられて姫のいる塔へと向かった。

馬鹿みたいに高い塔だった。始めに梯子を登り、次に石段を登っていく。

姫の部屋の前に着いたときには侍女の息が切れていた。

目の前には鉄の扉。辺に沿って鉄鋲が打ちつけられている。


「姫様。冒険者がやって参りました」

「どうぞ」


侍女が脇へ避ける。


「あの」


俺は扉を指した。


「このままお願いします」


どうやら姫と面会させる気はないらしい。


(ま、そりゃそうか)


仕方なく扉に向かって話を始めた。


「これは俺がオリハルコンを探していたころの話だ」


伝説にある金属。一部では真鍮ではないかとも噂されているが、俺はその真偽を確かめようと魔物の山に足を踏み入れた。

迫りくる命の危機、戦場で芽生える仲間との絆、そして見つけたオリハルコン。人生最高の冒険譚を聞かせてやった。が、


「ありがとうございました」


姫にそっけなく返され、その日はそれで引き下がった。


翌日。今日こそは、と意気込む俺はとっておきの話をした。


「これは俺の友人の話なんだが、ある娘と恋仲になったそいつが、夜こっそり彼女の家に行ってベッドへ忍び込んだら、なんと寝ていたのは彼女の父親だった」


仲間内で最高に盛り上がる馬鹿話。見えもしないのに身振り手振り、ものまねをしながら臨場感たっぷりに話をする。


「……それでその親父は最後に言ったんだ。妻じゃなくてよかった、ってな」


しかし、これにも、


「ありがとうございました」


姫にはつれなく返された。その日は侍女ににらまれた。

ただ、その後も話をするよう求められた俺はいろいろな話題を持ち出した。旅で立ち寄った地のおいしい食事、不思議な伝承、歴史に埋もれた悲劇や喜劇。

でも、そのいずれも、


「ありがとうございました」


姫の心を動かすことはできなかった。


とうとう話のネタが尽きた俺は、即興で適当な話をでっちあげた。


「これは俺の故郷で出会った天馬、ペガサスの話なんだが」


いま思うとひどい話だった。そのペガサスを捕まえようとして首につかみかかったらそのまま駆けだして、昼と夜を越えて、気づくと知らない土地に放りだされていた、という子どもだましなものだ。


「知ってるか? 俺たちの住むこの星は丸いんだぜ。なぜわかるって俺はこの目で見たからだよ。青く、美しい星だった」


正直ダメだと思った。話していて心が苦しくなった。しかし、


「私もペガサスに乗ってみたい」


姫がぼそっともらしたんだ。俺は嬉しくてつい、


「今度、捕まえたら見せに来るよ」


言っちまった。



「で、いまにいたると」

「ああ。どこかでペガサスを見なかったか?」

「んなもん伝説上の存在だろ。見るどころか聞いたこともねえよ」

「そうか」


森の中、少し開けたところで二人の冒険者がたき火を囲んでいる。


「つか、それ何年前の話だよ、おっさん」

「さあな。かなり昔の話だ」


若い冒険者が呆れたように夜空を見上げる。


「そのお姫様ももう覚えてねえって」

「かもしれないな」


老いた冒険者は自嘲したように笑い、コーヒーを口にする。


「……でも言った手前、引き下がれないからな」

「律儀だねえ」


ふたりはその日、そこで一泊し、翌朝別れた。


「達者でな」

「おっさんこそ。ペガサス見つかるといいな」


そして再び冒険へ出かける。いつの日にかついた嘘を、夢に変えて。

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