第20話 仕掛け人

魔術師の塔。かつては栄えていたダンジョンもいまは寂れて久しい。

「昔は、よく冒険者の方がみえられました」

そう語るのは塔近くにあるコムルーン村の村長(74)だ。

「村の宿が満杯になって、それで役場を開放したこともあります」


――なぜ、冒険者は来なくなった?

「狩りつくされたんです。お宝もモンスターも。塔にはもうなにもありません」


そう言って彼は力なくうなだれた。


ダンジョンのクリア。冒険者にとっては輝かしい実績も、村にとっては観光資源の枯渇を意味する。


そんなダンジョンを再生させる仕掛け人がいる。

ダンジョンマスターを自称するカイバ(42)氏だ。

「ダンジョンだけじゃない。周辺の地域コミュニティも一緒に再生する。それが僕のコミットメント」

氏はこれまで多くのダンジョンを再生させてきた。

「重要なのはステークホルダーとヴィジョンを共有すること」


我々はカイバ氏に密着し、その活動を取材した。


まず氏が向かったのはコムルーン村だった。

「どうも」

「ようこそ。お越しくださいました」

村長が出迎える。

「これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


――村で、なにを?

「村の素晴らしいアセットを体験します」


カイバ氏は村長から渡された村の特産品であるびわを口へ。

「とてもおいしいです」

「この村、自慢の一品です。昔はよく冒険者の皆さんがお土産に買っていかれました」

それから村長の案内で丹念に村を視察して回った。


翌日。我々はカイバ氏とともに魔術師の塔へ向かった。

「なるほど」

塔は老朽化が進み、雨漏りをするのだろう、残された家具が腐敗していた。

「これはドラスティックなリノベが必要ですね」

そう言ってカイバ氏は目を閉じ、指揮棒を振るように手を動かし始めた。


――なにをしている?

「イメージです。どうすれば村とのシナジーを最大にできるか、頭の中でプランを練っています」


しばらくして、カイバ氏は手を止め、

「決まりました。あとは持ち帰ってブラッシュアップします」

自信をのぞかせて事務所へと帰っていった。


翌月。カイバ氏は大量の資材や大工とともに塔を訪れた。

「皆さん。これからよろしくお願いします」

カイバ氏の号令で工事が開始する。


――塔をどうする?

「詳しくは言えませんが、冒険者に楽しんでもらえるようなアトラクションを用意します」


我々は作業する大工のゲンさん(57)にも話を聞いた。


――カイバ氏との付き合いは?

「もうだいぶ長いよ。いっつも無理な注文してくっから、カイバさんとこの仕事は大変だよ。まあ、退屈はしないけどね」


隣で会話を聞いていたカイバ氏は苦笑いしている。


工事が終わったのは二か月後だった。連絡を受けた我々は早速、塔へ向かった。

「どうです?」

塔は一面つたに覆われ、以前の面影はない。

「こちらへどうぞ」

カイバ氏の案内で我々は塔の中へ。


そこにあったのは巨大な滑り台だった。


――なぜ滑り台を?

「この塔、最大のUSP(※売り)です。ダンジョンの最深部から入口まで、これひとつで移動できます。私は時間を戻す、という意味でクロノスライダーと名付けました」


この滑り台は途中いくつもある落とし穴ともつながっていて、落ちたら最後、入口まで戻される仕組みのようだ。


「屋上も見てください」

階段や梯子をのぼって屋上へ向かうとそこは庭園になっていて、中央には雨水を貯める大きな貯水槽がある。


――なぜこんなものを?

「この塔のテーマとなるモンスターに欠かせないものです。冒険者ギルドに発注していて明日には納入されるのでお楽しみに」


そう言ってカイバ氏は滑り台へ。

「ここからクロノスライダーで一気に下まで降りられます。実は私も使うのは初めてなんです。では行きますよ」

勢いよく飛び降りると、しばらくして、


「ぎゃぁぁぁぁあぁあああああ!!」


カイバ氏の悲鳴があがる。

声は滑り台に沿って塔をぐるぐると駆け回り、そして


「ぎゃふん!!!!」


悲痛な叫びとともに止んだ。

我々は梯子と階段を使い、急ぎカイバ氏のもとへ向かう。


氏は塔の入口で倒れていた。

我々は作業員とともに急ぎコムルーン村の診療所へ運んだ。


全治二週間。診察台にうつぶせになっているカイバ氏の臀部は滑り台との摩擦により真っ赤に腫れあがっていた。


――大丈夫ですか?

「こんなこともあります。冒険者の方々に安心してお使いいただけるようオープンまでにこれからもしっかりテストして、インシデントがあればフィックスしていきますよ」


翌日。カイバ氏不在の中、塔へモンスターの搬入作業がおこなわれる。

我々は作業を指揮する冒険者ギルド第十八支部長のジル(38)氏に話をうかがった。


――人為的にモンスターを呼び込むことについて

「いま世界的に初心者用ダンジョンが不足していて、駆け出しの冒険者が訓練を積む場がなくなってきている。これからも強い冒険者は必要だ。そのためにできることをやっている」


そうして運び込まれたのはスライムだった。


――なぜスライムを?

「正確にはこいつはママスライムだ。屋上の貯水槽で培養したプランクトンを餌にスライムを産んでもらう。スライムなら新人でも対処できるからな」


数人のナイトが交代しつつママスライムの注意をひき、慎重に塔の奥へいざなっていく。そしてママスライムは人間の立ち入れない隔離された空間へ幽閉された。


それから一か月後。いよいよ塔オープンの日。

復帰したカイバ氏は村を通じて冒険者ギルドへ事前に依頼を出していた。


「魔術師の塔にスライムが棲みついた。調査、討伐を依頼したい」


――なぜ依頼を?

「若い冒険者には本番だと思ってダンジョン攻略に挑んでほしいからです。ギルドにもここが人為的に作られたダンジョンだということは伏せてもらっています」


この日、村は各地から派遣された若い冒険者でにぎわっていた。

村一番の大通り。そこで村長はカイバ氏考案のスライムの形をしたびわゼリーを売っている。


――村に活気がもどりましたね

「はい。これも皆さんのご協力あってのことです。その、こんなにも若い子に来てもらえるなんて……」


村長の目に涙が浮かぶ。


「すみません。昔を思い出してしまい。皆さん! コムルーン村名物のびわゼリー、よかったら食べていってください!」


彼もまたかつての元気な姿をとりもどしたようだ。


そして塔の前。入場制限がかけられたため多くの冒険者が順番を待っている。

我々はそのうちのひとりを取材した。


――どこから来ましたか?

「冒険者ギルド第十一支部です」


――本日はなにをしに?

「はい。ギルドの仕事で塔の調査に来ました」


――ダンジョンは何件目?

「初めてです。いつもはゴブリン退治とかしかさせてもらえなかったんですが、ようやく大きな仕事を任せてもらえました」


――手が震えてるけど大丈夫?

「武者震いです。ここから俺のサクセスストーリーが始まりますからね」


さらに塔から出てきた、粘液でべちょべちょになっている冒険者にも話を聞いた。


――中はどうでした?

「最悪です。どこもスライムまみれで、なんか雨漏り?もしてるし……」


――おひとりで塔へ?

「いえ、仲間と一緒だったんですが、途中で落とし穴に落ちちゃって。気づいたら入口に戻されてました」


――お尻は大丈夫?

「は? セクハラですか?」


冒険者の悲喜こもごもな様を少し離れたところからカイバ氏がみている。


――大成功ですね

「はい。初動がうまくいって安心しています。塔の中にはスライムだけでなく、お宝も用意していて、実際にはほとんど価値のない本なのですが、商人ギルドや露天商組合に話を通し、そこそこの値段で買い取ってもらうようお願いしています。ここで彼らには経験を積み、冒険する醍醐味を知ってもらいたいですね」


――いまさらですが、なぜこの仕事を?

「僕も昔は冒険者だったんですが、膝に矢を受けてしまって。それでふてくされていたんですが、少しして若い世代にも冒険する楽しさを知ってもらいたいと思って始めました」


――今後の目標は?

「そうですね。地域コミュニティと冒険者の持続可能な社会の実現。あとは僕の作ったダンジョンで腕を磨いた冒険者が、いつの日か勇者になってくれれば最高ですね!」


――最後になりますが、お尻は大丈夫ですか?

「あはは。おかげさまですっかり良くなりました(怒」


これからもカイバ氏の挑戦は続いていく。

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