第17話 名剣
冒険者の男が折れた剣を手に、とぼとぼ通りを歩いている。
「どうしよう」
夕暮れ。行き交う街の人々は家路を急ぐ。
慌ただしい通りを避け、男は裏路地へ。
と、なにやら鉄を打ちつける音がする。
(剣、新調しないとな……)
足は自然とそちらのほうへ。たどり着いたのは一軒の鍛冶屋だった。
「いらっしゃい」
ぶっきらぼうな男の声。なんの飾りっ気もない店内。タルに突き立てられた無数の剣。火の入った熱い炉と鉄の臭い。その前で頭にハチマキを巻いた大男が腕を組んでこちらをにらんでいる。
「あの、剣が折れちゃって」
男が恐る恐るうかがうと、大男はドンッ! と剣を机に置いた。
(これにしろってことか……?)
客のいない店内を進み、剣を手に取る。
「あの、お代は……?」
「銀貨2枚」
安い。男はよろこんで剣をあらためた。
美しい鋼の直剣。研ぎ澄まされた刃はふっと吐いた息をも斬りそうだ。一目で業物であることが見て取れる。
「本当に銀貨2枚でいいんですか?!」
んっ、とうなずく大男に、ふところから財布を取りだして支払いをすませた。
「隠れた名店を見つけてしまったな」
剣を手にふふっ、と笑みのこぼれる男は、明日が待ち遠しいといった様子で早足で家へ帰り、剣を枕元に置いて眠りについた。
翌朝。男は日の出とともに目が覚めた。
いつもならまだ寝ている時間。なのにダンジョンへ行きたくて仕方ない。
枕元の剣を握ると活力がみなぎってくる。剣から流れ込む湯気のような生気は、親鳥がひな鳥へ餌を与えるように、大地が自然を育むように、自信を与えてくれる。
早く試し斬りをしたい男は、
「ふっ。今日は久しぶりに朝ダン(※朝、ダンジョンにいくこと)してみるか」
粗末なベッドから跳び起き、井戸で顔を洗い、早々に出かけて行った。
街から歩いて1時間。麗しき森のダンジョン。
目の前をよぎった不運なコボルトを男は斬った。
「こ、これは!?」
コボルトの腕から体、そして手にした斧をも、剣は両断した。
「こいつはすげえ!」
大木もスパッと切れてしまう。切り口にはささくれひとつない。
調子に乗った男はあちこちでいろいろなものを斬り、次第に冒険者として名をあげていった。
一か月後。
「そろそろ剣を手入れしないとな」
使い込んだ剣は刃が欠け、ひびまで入っている。
男は鼻歌まじりにふたたび鍛冶屋を訪ねた。
「大将、やってる?」
相変わらず不愛想な大男が仁王立ちで迎える。
「剣がこんなんなっちゃってさー。直せる?」
のん気に訊ねると、大男はドンッ! と新たな剣を机に置いた。
「まあ、そうだよね」
財布から銀貨2枚を取りだし、
「はい」
差し出したが、大男は突き返して、
「20枚」
両手を広げた。
「えっ。いや、こないだは2枚だったじゃん」
「20枚」
払えないなら出て行けと、表に放り出されてしまった。
(なんだよ……足元見やがって)
ふてくされた男は代わりの剣を銀貨2枚で買って家にもどった。
翌日。ダンジョンで男はコボルト相手に戦っていたが、
「なんだよこれ……」
顔面をボコボコにされ苦戦していた。
渾身の力でコボルトを斬りつけるが、まるで刃がとおらず、打撲を負わせることしかできない。
(たかだかコボルト相手にどうなっているんだ?)
男はさぞ疑問に思っているだろう。理由は簡単だ。どう振っても斬れる剣に慣れたため、腕が落ちたのだ。
(嘘でしょ?)
本当である。達人は鉄パイプさえも剣のように扱うことができるが、いまの男はその逆で、どんな剣も鉄パイプにしてしまうのだ。
男はなんとかコボルトの腹に蹴りを入れ、ほうほうのていで逃げ出した。
ふたたび鍛冶屋。
男は店に入ると、
「22枚」
大男が言うので、泣きながら言われた額を支払うのだった。
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