第16話 仇討ち
ある山中、森の奥深くにゼンザイという剣の達人が
このゼンザイ、恐るべきことにその身に殺人剣を修め、若かりし時分より多くのつわものを殺めし、人斬りである。
戦乱の世。魔族との戦争は止むことなく、斬るべきものはいくらでもあるというに、ゼンザイさりとて興味を示さず、名高き猛者を相手に切り結んでは己が業を試せしことに執心するばかりなり。
しかし左様な狂人といえども寄る年波には勝てず、いまはただ老いて隠遁し、もはや名も覚えておらぬものどもの冥福を祈り、静かに暮らしていた。
そんなゼンザイを訪ねるひとりの娘がいる。
「ごめんくださいませ。こちらにゼンザイ殿はおられませぬか」
年のころ十七、八。白雪のごとき肌に麻衣を
ゼンザイ、己を訪ねしはどうせ良からぬことと、普段ならば居留守を用いるところなれど、これほどの若き娘が己に何用かと気になり、
「わしがゼンザイじゃ」
つい戸口に立って応対した。
娘曰く「お願いがあって参りました」と、懐より取りだしたるは銀貨十枚。
(尋常ならざる話なり)
その鋭き眼光に
「ゼンザイ殿に斬っていただきたいものがおります」
「たれじゃ」
「魔剣士シラタマという男です」
魔剣士シラタマ。その名には長らく俗世を離れしゼンザイと言えど聞き覚えがある。
「たしか魔王軍小彪将がひとりを討ち取りし男。なぜかようなものの命を狙う」
英雄である。このような小娘の恨みを買うような男ではあるまい。されど娘は頭を振ってそうではないと言う。
「この者は父がかの魔物を討ちしあと、功を我が物にせんと父をその手にかけたのです」
「証拠はあるのか」
「見たものがおります。父の友人で同じぱーてぃだった道化師がひそかに一部始終を目撃していたのです」
「なればそれを世に訴え出ればよかろう」
官憲の仕事である。人斬りが出る幕ではない。ゼンザイは
「できませぬ。その御仁はシラタマを怖れ、口外できぬと申しております。他に証拠がないのです」
しがみついて離さない。
ゼンザイはため息をつき、
「その道化師、信頼できるものか」
「はい。父は勇なきなれど決して嘘を吐かぬ男と評しておりました」
娘の手をひねりあげ、振りほどいた。
「しかしこのゼンザイ。すでに老境に入り、ずいぶんと腕も衰えた。いまのわしにシラタマは斬れぬであろう」
「父はゼンザイ殿と対峙せし折、天下に比類なき剣の使い手であったと申しておりました。後生です。どうか父の仇を討ってくださいまし」
「そなたの父の名は」
「勇者アンミツ」
ゼンザイはあっと声をあげ、娘の手を放した。
(懐かしき名だ)
ゼンザイが生涯において唯一敗れし男アンミツは、ゼンザイの必殺剣を破り、
「二度と悪事を働かぬと誓うならば見逃してやろう」
と寛容にもその罪を赦した。以来、ゼンザイは人斬りを止め、山に籠っている。
(なれば我が仇も同然)
かつての人斬りの目に、再び火がともったのである。
その行く手をゼンザイが遮った。
「邪魔だ」
シラタマはどけ、と手で追い払うおうとするもその殺気に気づき、
「何奴」
酒を投げ捨て、すぐさま腰に帯びた剣の柄に手をかけた。
「我が名はゼンザイ。友アンミツの仇討ちに参った。神妙にせよ」
「これは異なこと。アンミツ殿は我が戦友。仇とはいかなことか」
「己が心中に問われるがよろしかろう」
ゼンザイが剣を抜くやシラタマも剣を抜いた。
「覚悟せよ」
パッと白刃きらめき一閃見舞うも、シラタマこれを皮一枚でかわし、
「魔剣ヨイガラス」
返す刀に先んじてゼンザイの右目を斬った。
(聞きしにまさりし妖しき剣)
対手の剣の影より来たりし剣は、闇夜に紛れまるでおぼろ。
(わしと同じ人斬りの業なり)
ゼンザイは続く二の太刀を飛びのいて避け、間合いをとった。
「どうした。私を斬るのではないのか」
(アンミツに後れをとりしは満月故)
八相に構えた剣を十六夜に欠けたる
――必殺剣 ツキカゲ――
光の陰より放てし撃剣は、音もなくシラタマを
「見事なり」
いかな魔剣ヨイガラスであろうと、影なき剣には紛れられぬ。
吹き出た血がパッと散って、月を朱く染めていく。
「魔剣士シラタマ、討ち取ったり」
ゼンザイ、大金星なれど、
「御用だ、御用だ」
すぐさま騒ぎを聞きつけし都の衛兵に囲まれた。
「
戦慄せし衛兵らを前に、ゼンザイ、カカと笑い、
「このもの勇者アンミツ殺害の折、約束せし報酬を踏み倒した小悪党なり。よってここに天誅を下したのだ」
言うや、さっと
ゼンザイの
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