第7話 剣聖、切られる
俺は剣聖。人々からそう呼ばれている。
いつの日だったか、魔王軍四幹部のひとりを斬った。
それからそう呼ばれるようになった。
俺に斬れぬものはなかった。
東に斧を失くしたきこりがいれば、行って代わりに伐ってやった。
西に氷山にぶつかりそうな船があれば、行って代わりに舵を切った。
俺は人気者だ。
新聞のコラムも書いている。
「剣聖が斬る」
歯に衣着せぬ物言いで世相を一刀両断する痛快さが幅広い年齢層にウケている。
だが、そんな俺にもキれぬものがある。
「アンタ」
「知らぬ!」
「まだなにも言ってないよ!!」
妻だ。
昔は遠くからでも一目で分かるべっぴんさんだったのだが、いまはオ〇ク(※お察しください)がとなりにいたら、見分けられるかどうかは五分五分といったところだろう。
そのオ〇ク(※お察しください)殿がたいへんお怒りだ。
「この女は誰よ!」
「知らぬ。ついさっきそこで会ったばかりだ」
「アンタは会ったばかりの女を宿に連れ込むのかい!!」
まさか見られていたとは。しかし、
「辛そうにしていたから介抱してやっただけだ」
「へえ~」
恥じ入ることなどない。たかだかその程度のことだ。
妻はどうにも嫉妬深くて困る。
「……じゃあ、なんでアンタは裸なんだい?」
「これは彼女が寒いというから」
「バカ言ってんじゃないよ!!」
若かりし頃、一陣の風となって魔王軍中を
そんな俺にパンツすらはかせぬとは……。
妻が部屋に突入してくる様はまるでどこぞの特殊部隊かのように俊敏だった。
(普段はソファから一歩も動かないくせに)
蹴り壊されたドアが無残な姿で転がっている。
「アンタ、自分がなにしたのか分かっているのかい?」
「だって……」
「だって?」
完全に自信を失くしてしまった。こんな不覚をとるとは……。
俺は老いぼれてしまったのだろうか?
さきほどまでは誇らしげだった愚息殿も、いまはしょんぼり下を向いている。
「だって、なんだい? 早く言いな!!」
こうなったら正直に打ち明けよう。
誠意をもって話せばきっとわかってくれるはずだ!
「……だって俺、寂しかったんだもん!」
「ア”タ”シ”の”ほ”う”が”寂”し”い”わ”よ”!!」
妻が
「アンタの帰りを! ひとりで待つ! アタシのほうが! 寂しいわよ!!!」
震度5。
こうなった妻はもう誰にも止められない。
いまはただじっと耐えるのみ。
「ちょっと聞いてんの!」
「聞いています」
「だいたい、こんな娘と変わらない年頃の女の子を宿に連れ込んで、恥ずかしいと思わないの?」
むしろ誇らしいくらいだ。こんなことになりさえしなければ。
「なんとか言ったらどうなんだい!」
「すみませんでした」
もっと辺りを確認しておくべきだったのだ。
部屋の入口でニヤニヤしている出歯亀どもめ! あとで全員、たたっ斬ってやる!
「アンタもアンタよ。ひとの亭主に手を出して!!」
まずい。怒りの矛先が女の子へ。
女の髪をつかみ振り回す妻にしがみつき、なんとか引き剥がした。だが、
「なによ! アンタ、この女の肩をもつの!?」
「やめてくれ。彼女は知らなかったんだ」
「あ”あ”、もう離婚よ! この浮気者!!」
代わりに思いっきり張り手をもらってしまった。
意識が薄れる。
ああ、明日には噂になる。きっと新聞に書かれる。見出しは……。
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