第6話 手紙
湖のほとり。冒険者の男は最後の仲間を看取った。
残るはひとり。ポーチから黒鉛と紙を取りだす。
紙に書き伝書鳩に結ぶ。
「さあ、行け!」
白い鳩が飛ぶ。だが、
「高く、もっと高くだ!」
それを阻止しようと、四方の森から矢が浴びせられる。
雨のように降り注ぐ矢を越えて、鳩は空に浮かぶ雲へ溶けていった。
「神様……」
万感の思いをたくした手紙が手元から離れ、空いた心へ恐怖が忍び寄る。
男は負けないよう、すがる思いで剣を手にした。力を入れるとほんの少しだけ震えが収まる。
「さあ、行こう」
辺りの森が揺れ始めた。魔物の大軍が迫る。鳩を放った人間を殺すために。
男は逃げた。幾重にも張り巡らされた死線を越え、辛うじて命をつないだ。
だが、それもここで終わりのようだ。
男は右脚を斬られ、膝から下を失った。もう逃げられない。
男は左腕を斬られ、肘から先を失くした。もう戦えない。
靴ひもを外して傷口に巻き、右腕と歯とで力いっぱい引き絞る。
『無駄なことだ』
傍らで死霊使いがあざわらう。
『お前は死ぬのだ。今日、ここで』
「そうだろうな。だが悪くない」
男は笑い返した。
「この体ではいかな死霊術でも使い物にはならないだろう!」
死霊使いは興ざめだといった顔で、
『あの男を始末しろ』
はべらせたアンデッドのひとつに命じた。
(サーシャ……)
流れ出る血とともに失われる体温。だが愛する妻の姿を思い浮かべると、不思議とぬくもりを感じる。
アンデッドが剣を振り上げ、男の首に狙いを定めた。そのとき、
「ニコラス!」
妻の声。ハッと顔をあげると、火の魔法がアンデッドを押し飛ばした。
「サーシャ! どうしてここに……」
夢じゃない。サーシャだ! 彼女が連れてきた冒険者たちが次々のアンデッドを打ち倒していく。
「無事でよかった」
サーシャはニコラスのもとへ駆け寄った。
再会をよろこむサーシャ。一方で、ニコラスは顔をこわばらせる。
「すまない」
「別に謝ることはないでしょ」
「いや、そうじゃないんだ。俺はもう……」
祭りの日。偶然出会い、一緒に踊った日。もうあの日のように踊れない。
告白した日。愛を誓い、交わした指輪。その指輪はどこかへいってしまった。
ニコラスの目から涙がこぼれ落ちる。
「俺はもうだめだ。こんな体になっちまった」
「ニコラス……」
「すまない。俺があんな手紙を書いたばかりに。どうかしてた。黙って死ぬべきだったんだ。そうすれば君も」
「ニコラス!」
サーシャはニコラスを抱きしめ、
「貴方が生きていて、私はうれしい」
そっと微笑んだ。
ニコラスは生還した。彼には勲章と慰労金が授与された。
十分な額ではなかったが、街の人々の手助けもあり、二人は幸せに暮らした。
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