第5話 偽悪

ある王国の深奥。大理石の柱が並ぶほの暗い広間に置かれた大きな円卓。

そこにローブ姿の者らが集い、なにやら気炎をあげている。


「もっと、もっとだ。人の罪をあがなうにはこの程度の血ではまるで足りぬ!」

「主よ。どうか七難八苦しちなんはっくを、艱難辛苦かんなんしんくをお与えくだされ。罪深き我らをどうか罰してくだされ……」

「次なる悪魔はいずこか? ゆかねばならぬ。大いなる祝福の日は近い」


そこへ新たな、これまたローブ姿の者が駆け込んできた。


「ジョセフの森をけがせし、あのアハトが死んだぞ!」


一同、大いに驚き、


「でかしたぞ」

「ようやくか」


予期せぬ吉報に歓声をあげる。


「……して、どのような最期であった?」


場が落ち着いたころを見計らってひとりが問うた。


「落馬」


が、どっと笑いが起こり、また騒然とする。


「騎士が落馬とは!」

「相応しかろう、相応しかろう」


らちが明かない。場をしずめるようコホンッと大きく咳払いしてから、


「下手人は、天日ノ漁火セイクリッドファイアかの?」

「この諧謔ユーモア、余人にあるまい」

「いや、咫尺の傍観者ソウルオブザーバーならばあるいは」


話を切り出した。これが新たな議論を呼ぶ。


「誰でも良いことだ!」


焦れた別のひとりが声をあげた。


「主は照覧せり。それで十分ではないか」

「いかにも」「そのとおりだ」


そして手早く紙を持ち、筆をとった。


「一刻も早く世に知らしめねばならぬ。我らが悪行ギルティを!」


街の広場。偉大な国王像の足元に、なにやら人だかりができている。


「また暗殺者ギルドか」

「げっ、今度はあの騎士かよ」

「百年戦争の生き残りだぞ。ありえねえ」


後ろのほうで、若い冒険者が背伸びして張り出された紙をみようと背伸びしている。しかし、この距離から読むには文字が小さすぎるようだ。


「なにがあったんですか?」


冒険者は隣の男にたずねた。


「また暗殺者ギルドがでたんだと。恐ろしいねえ」

「暗殺者ギルド?」

「兄ちゃん。知らないのかい?」


人々が一斉に振り返る。


「この街に潜む掃除屋ヒーローさ」

悪党ヴィランを成敗して回っているんだ」

「でも、まだ誰もその姿を目にしたことはないんだよな」

「こないだなんか国王自ら冒険者まで雇い入れて、国をひっくりかえしての大捜索をおこなったんだが手掛かりのひとつも見つからなかった。果てには暗殺者などいないって発表してたな。ならこの犯行声明をどう説明するんだっての! とんだ赤っ恥さ」


口々にまくしたてる人々に冒険者は苦笑いしつつ、


「へえ、そうなんですか。いままでどんな人が犠牲になったんですか?」


少し距離をとった。


「そうだな。たとえば病人相手に治療費をぼったくっていた医者とか」

「それって旧市街三番目の、あの人のよさそうなおじいちゃんですか?」

「よく知ってるな」

「新聞に出てましたよ。たしかはやり病をわずらったと……」

「表向きはな。しかし、実のところは毒殺されたんだよ」


冒険者はに落ちない様子で首をひねりつつ、


「ほかには?」


群衆にたずねる。


「ほかには、新市街の金貸し。その取り立てでどれだけの人が首をくくったか。でも、そんな野郎も最期には自分が首を絞められておっちぬんだから因果応報さ」

「えっ? ピザをのどに詰まらせたって聞きましたけど」

「おいおい。どうすればピザをのどに詰まらせるんだよ?!」


広場に爆笑が起こる。


「あとは薄汚いあの小役人。袖の下わいろで家を建てたっていうふてえ野郎だ」

「そうそう。だが暗殺者ギルドに目をつけられたが最期、家もろとも燃やされるんだからな。まったく悪いことはできないねえ」


興奮した人々は勝手に語りだし、盛り上がっている。

一方、広場の隅で冒険者は首をかしげていた。

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