第4話 処世術

街から1時間。森に眠る魔術師の塔。

5人の冒険者がコボルト(※犬の頭を持つ亞人種。一部の民族では精霊とみなされている)を相手に戦っている。


「どうした! こんなもんか!?」


コボルトの短剣を、全身鎧で固めた男が盾で弾き返し、


「喰らえ! 切り落とし!!」


態勢を崩したところで巨大な剣を持つ男が前に出て、斬る。と、


「危ない!」


コボルトの放つ矢が男を襲う。


「すまねぇ」

「まかせて。ヒーリング!」


後ろに下がって神官の女が魔法で傷を癒す。


「なにしてくれてんのよ!」


遠くの敵には魔法使いの女が対応し、


「ファイアーボール!」


隊列を乱さぬよう事にあたる。

コボルトは一糸乱れぬパーティの連携に押され、あと一匹を残すのみとなった。


「最後だ。まかせるぞ」


背を押され、あどけない顔をした少年が一歩前にでる。


「俺が攻撃を弾くから、隙をついて腹を刺せ」


盾を手にした男のあとに続き、男が盾を押し付けて動きを封じたところで、


「やぁーーー!」


ナイフを突き立て、討ち取った。


「えらいぞー」


戦闘終了後、興奮冷めやらぬ少年の頭を魔法使いの女がぐりぐり撫でまわした。

少年ははにかみながら、


「皆さんのおかげです」


四人の仲間に向かって深々と頭を下げた。


「気にすんなって」


大剣の男がそう言って肩を組む。


「そろそろ戦いにも慣れてきたか?」

「はい! 皆さんにいろいろ教えていただいので」


四人はまんざらもなさそうだ。


「そうだ! お前もそろそろクラスチェンジする頃合いだろ? どのクラスにするか決めたか?」

「いえ、それがまだ。どれがいいのかわからなくて」

「やりたい役割はないのか? 敵をぶった斬りたいとか、派手な魔法をぶっぱなしたいとか」

「それでしたら……」


少年は鎧の男を見上げた。


「僕も皆を守れるようなたくましい男になりたいです」

「あー。気持ちはわかるが、俺みたいなナイトはやめておけ」


男は困ったように兜をペシッと叩いた。


「生傷は絶えないし、鎧は重いわ、夏は蒸れるわで最悪だぞ」

「確かに。ホント、夏はこいつの後ろ歩きたくないんだよねー」


魔法使いの女がケラケラと笑う。


「ま、アンタみたいな子どもじゃ、こんな重装備できないでしょ」

「……でしたら魔法がいいです! いつも見ていてすごくかっこいいなって」


女は照れくさそうに鼻をかきつつ、


「無理無理。アンタ勉強できないでしょ。頭悪いのに魔法は無理だって」


やんわりと不向きであると伝える。


「そんな言い方はなさらなくても。頑張ればなんだってできますよ!」


しょんぼりする少年を神官の女がなぐさめる。


「いえ、おっしゃる通りです。僕はあんまり頭が良くなくて」

「俺と一緒だな」


大剣の男がニヤリとする。


「お前は体を動かすクラスに向いていると思うぞ」

「たしかに、そうですね……」


今度はそちらへ向き直り、


「でしたら、僕も剣で敵を次々に切り伏せる、強い男になりたいです!」

「俺と同じファイターってことか?」


羨望せんぼうのまなざしを向けた。

男はなにやら考え込むと、


「んー……。それよりもお前に向いているクラスがあるぞ!」

「教えてください!」


ピシッと少年を指さした。


「シーフだ」

「シーフ……」


少年は気落ちしたように目線を落とした。

シーフ。すなわち盗賊に向いていると言われれば誰も良い気はしないだろう。


「いやいや、シーフはすごいぞ」


しかし、そうではないと言う。


「どのパーティにもかかせないクラスで、いち早く敵の接近に気づき、色んな道具を駆使して皆を支援するヒーローだ。引っ張りだこでモテモテのクラスだぞ」

「そうなんですか?」

「ああ。冒険者ギルドのパーティ募集の掲示板見たことあるか? シーフは募集が途切れたことがない!」


どうだ、すごいだろうと語り聞かせると、少年はいっそう目を輝かせ、


「僕、シーフになります!」


両手を握りこんで、意を決した。


翌々日。街の入口で少年を除く四人が談笑している。


「アンタがあのガキ拾ってきたときはどうしたものかと思ったけど」

「いやあ、名案だったろ。題してシーフがいないなら育てればいいじゃん作戦」

「ああ、お前にしてはめずらしく頭が回ったな」

「もう! 皆さん、失礼ですよ!」


シーフの仕事は多岐にわたる。偵察、陽動、罠の解除。身軽さ重視のため、いつだって薄い防具で冒険に臨まなければならない。

危険なのだ。その上、使いっぱしりのような仕事が多い。

それゆえになり手がなく、生き残っているベテランのシーフは信頼のおける人物の紹介で、かつ高額な報酬が約束される依頼しか受けない。


「まあ、ギブアンドテイクってやつだ。その代わり、俺らがレベル上げつきあってやってるじゃん」


と、少年があらわれた。


「皆さん! お待たせしました」


四人は会話を切り上げ笑顔で出迎えようとした。が、少年の姿に愕然がくぜんとした。


「お前、シーフになったんじゃねえの?」


少年は踊り子の恰好をしている。


「はい。そのつもりだったんですが、たまたま出会った踊り子のお姉さんに相談したら、踊り子はシーフよりモテるって言われて」

「バカ! モテるの意味が違うだろ!!」


大剣の男は思わず頭を抱えてしまった。


「お前はアイドルにでもなりたいのか!? 冒険者になりたいんじゃなかったのかよ?!」

「僕も最初はどうかなって思ったんですけど、お姉さんは踊ることで皆を助けられるって。見ててください!」


言うや少年は踊りだした。

つたない足運び。拍子の合わない振りつけ。踊りとは一朝一夕で身につくものではない。しかし、


「これは……」


魔法使いの女は思わず喉を鳴らした。未成熟なみずみずしい体に露出の多い踊り子の衣装。妙に艶やかなその姿には目を見張るものがある。


「うっ……」


大剣の男は胸元を抑え込んだ。年端もいかない子どもが大人である自分を懸命に鼓舞している。その様に心打たれたのだ。


「ガンバレ…ガンバレ……」


神官の女はうわごとのようにつぶやいた。少年の真剣なまなざし、飛び散る汗。間違えても決してくじけない強い心を、応援せずにはいられない。


カチャカチャ……


鎧の男は身じろぎした。もし重い鎧を身にまとっていなければ一緒に踊りだしたかもしれない。それほどまでに、少年の踊りは楽し気だ。


踊り終えた少年が、


「どうでしたか?」


感想を求めると、四人は顔を見合わせ、


「……これは、これで」


恥ずかしそうに目を逸らした。

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