第3話 仕入れ

ひとりの冒険者が腹をさすり、ふらふらした足取りで歩いている。


「腹減った……」


夕暮れ。大通りから差し込む光が薄暗い路地を照らす。


『ぐうぅ~』


お腹が鳴る。冒険者はこの日、朝からなにも口にしていなかった。

しばらく歩くと、なにやら香ばしい、肉の焼ける匂いがする。

足が自然とそちらのほうへ。たどり着いたのは一軒の定食屋だった。

暖簾をくぐると、


「いらっしゃい」


ぶっきらぼうな声が迎える。


「どうも」


なんの飾りっ気もない店内。

切り出した木材を繋ぎ合わせただけのカウンター奥で、頭にハチマキを巻いた大男が腕を組んでこちらをにらんでいる。


「あの、やってますか?」


冒険者が恐る恐るうかがうと、大男はドンッ! と水の入ったグラスをカウンターに置いた。


(座れってことか……?)


客ひとりいない店内を進み、グラス前のイスに腰かける。


(メニューは……)


キョロキョロと辺りを見回すもメニューがない。


「あの、メニューは……」


意を決して大男に問いかけてみる。

が、返答はない。店主であろう大男は背を向け、黙々とフライパンで肉を焼いている。

肉の焼けるいい音と匂い。しばらくして、


「あいよ」


ステーキののった皿がそっと置かれた。


(俺、あんま金ないんだけど……)


出された以上、食べないわけにはいかないじゃないか! と腹が言っている。


(まあ、断ったら失礼だよな)


しょうがない。冒険者はフォークを手に、食べやすいよう切り分けられた肉片のひとつを突き刺し、ゆっくり口へ。すると、


「こ、これは……!!」


いままで食べたことのない美味が口いっぱいに広がる。

舌で感じる確かな弾力。なのに噛むとホロホロ肉が崩れ、汁があふれ出す。

単なる脂ではない! 肉の細胞ひとつひとつからあふれ出したうま味だ。


気づくと一皿、ぺろりと平らげていた。


(ああぁ……)


名残惜しそうに皿に滴った汁を舐めまわしていると、


「いけねえ。作り過ぎちまった。アンタ、お代はいいからこれも食べてくれねえか?」

「オヤジ……!」


二皿目が出される。

冒険者はお腹いっぱい料理を堪能たんのうした。


「隠れた名店を見つけてしまったな」


物価高な昨今でもリーズナブルなお値段。

冒険者はマグマのように熱くなった胃から五体に気が満ちるのを感じながら、家に帰ると、泥のように眠った。


翌朝。冒険者は日の出とともに目が覚めた。

いつもならまだ寝ている時間。なのにまるで眠気がない。

活力がみなぎっている。体から立ちのぼる湯気のような生気が、親鳥がひな鳥へ餌を与えるように、大地が自然を育むように、地球に息吹をそそいでいる。

そう感じとった男は、


「ふっ。今日は久しぶりに朝ダン(※朝、ダンジョンにいくこと)してみるか」


粗末なベッドから跳び起き、井戸で顔を洗い、早々に出かけて行った。


大通り。石畳の道。いつもなら賑わう街も、この時間は静かだ。

通いなれたダンジョンへの道。だが、この日がなにか足に違和感をおぼえる。


「地面がやわすぎるっ……!」


朝ダンに向け、気合の入る男を支えるにはこの街道、いや地球はあまりに頼りない――のかもしれない。


石畳を粉砕せぬよう、地球を割ってしまわぬよう、冒険者は優しく、そっと足を前に出して歩いていく。

と、向こうから一台の馬車が。馬をひいているのは、


「オヤジ殿」


定食屋の大男だった。

男は軽く微笑んで道をゆずる。


馬車がすれ違う寸前、悪臭とともに荷台からなにやらうめき声のようなものが。

ちらりほろの中をのぞいてみると、そこには生け捕りにされたオ〇ク(※お察しください)たちが鎖で縛られて転がされていた。


「ブーッ! ブブッーー!!」


恐怖で糞尿をまき散らすオ〇ク(※お察しください)を乗せた馬車が遠ざかると、通りに静けさが戻る。


「ハハッ! 朝からオ〇ク討伐とはオヤジ殿も精がでるな」


負けていられない。冒険者もはりきってダンジョンへ向かうが、道中なにかに気づいて顔を青白くすると、ついには吐いて動けなくなってしまった。

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