第10話



 今日は俺にとって特別な日になる。


 冬が明け、冷たい空気が少し残ってはいるが、芽や花の匂いが感じられる朝…


「いけませんっ!!」


「じゃーな!!」


「まてごらぁ!問題児ィ!」


「白銀!止まれぇぇぇぇぇぇ!」


 闘気で脚力を強化し、大人達から脱兎の如く逃げる雪は、この黒塔の中に存在するダンジョンへと向かっていた。

 黒塔は直径5キロほどの敷地を誇りそこの一角には訓練用のクリアされた中級ダンジョンが存在する。

 危険がないわけじゃないし子供が入れば死ぬことは確実…

 だから解放されるのは15歳からなのだが…雪には待ってられない。


 今すぐに行きたい。

 うずうずするのを抑えて半年ちょっと待ったのだ。もういいだろう。


 それにこの体の成長が思った以上に早い。

 当初の予定だと一年はしっかり訓練してからダンジョンには行こうと思っていたが成長速度が早すぎて半年ちょっとであらかたできることが終わってしまった。


 日々繰り返す毎日に刺激という名のスパイスをふりかけなければいけないのだ俺は。


「止めれるもんなら止めてみろ!はははは!」


「女の子が下品に笑うものではありません!」


「いいんだよ別に!ほらパンツ見るか?」


 ブシューーーーっ!!


 いい大人達がまったく。

 たかが子供のパンツで鼻血を出すな。



 そう思っている雪ではあるが他からすればたかが子供ではないのだ。

 雪の容姿はこの世界では神秘的すぎるほど綺麗で妖精かと見紛うほど愛くるしい。

 容姿と言葉使いのギャップもすごく、さらにお転婆すぎて毎日のように騒動を起こしていれば避けている人達ですら関わらずにはいられなかった。


 雪がここに来てしでかしたその騒動はさまざま。


 訓練したまま外で爆睡するのは日常的で、中庭で優をぶん殴って気絶したまま放置したり男風呂に入ったり上級探索者の寝込みを襲ったことすらある。

 夏は全裸で訓練するし寒くなっていけば根性を鍛えると滝修行をするし魂の訓練といい高さ50mはある岩上からバンジーをすることもある。


 黒鉄家当主の客人という名目でここに来た彼女に怪我なんかさせたら首が飛ぶのだ。

 それぐらい絶級の名は重く、強い。



 だから何があろうとダンジョンなんて場所には連れて行ってはいけないのだが…止める術がない。


「アップはこれぐらいでいいだろ。そんじゃぁな」


 体が暖まってきた雪は闘気を巡らせさらに加速した。

 そして走ること10分ほど。


 家屋や建物のない更地に大きな扉が佇んでいる場所へと来た。

 両扉にはこの世界の言語ではない文字や絵が描かれ、なんとも言えない壮大さがあった。


 これがダンジョンだ。


 世界中に存在する初級から絶級のダンジョンは全て扉として出現している。

 そしてこの扉を開いた時に溢れ出るモンスターの邪気の量によってダンジョンの階級は決まる。


「久々だな」


 生前あれだけ潜ったダンジョンから5年も離れていたのだ。

 そして扉を開けば流れ出す中級の邪気も本当に懐かしく、まとわりつく殺気でさえ今では心地よく感じる。



「さて…気を引き締めるか。一応回復薬は持ってきたし今日は一層だけだからな。油断せずいこう」


 ようやくだ。


 ようやく・・俺の一歩目が叶う


 最速という馬鹿げた目標への第一歩…


 進むべき道筋は立ち、あとはそれを辿っていくだけ。

 そこに障害はもちろん現れるだろう。

 越えられない壁も出て来るだろう。


 だが


 ーーー全てをぶち壊す


 俺の前に立つものは全て最速という暴力でねじ伏せる。



 これは俺の、俺だけの物語。



 ーーーさぁ、冒険を始めようか





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ダンジョンは階級が上がるごとに階層の数も強さも上がっていく。

 初級なら5階〜10階

 中級は10階〜20階


 ゲームやアニメではフロアボスがいるものがあるが現実に出現したダンジョンにはフロアボスはいなく、最終階層にのみ存在する。


 ダンジョンはさまざまな資源を生産してくれる現代では欠かせない工場のようなものだ。

 ボスを倒してクリアしてしまうとダンジョン自体が消滅するのではと思うかもしれないが消滅はせずに残る。

 さらにクリアすればモンスターパレードが起こらなくなり、ダンジョンは資源とモンスターを生み出すだけの機械となる。


 ボスがいなくなったダンジョンは人が管理することができるようになるのだ。


 そうして世界中の初級〜上級のダンジョンは全てクリアされ、今では国や企業の管轄下にある。


 そしてここも黒鉄家管轄の中級ダンジョンというわけで野良のダンジョンよりは突発的な事件も発生しないし危険が少ないのだ。


 まぁ少ないと言っても油断すれば死ぬわけだし、気を引き締めるべきではあるのだが…雪はそんなダンジョン内で寝そべっていた。



「あぁ…これだよこれ…この手触り…肌触り…ひんやりしてて気持ちいい…静けさも完璧だ…こうやって話してるとモンスターがくんだよな…」


 ダンジョンで寝泊まりしたことが数え切れないほどある雪にとってここは故郷…実家と言っても差し支えなかった。ただ、それはモンスターが多すぎて帰ろうにも帰れなかったからというのが真実なわけだが。



 雪が今いるこの一層は洞窟型の階である。

 ダンジョンはおもに洞窟か自然タイプの二種に分かれる。

 例外もあるがそれはまだ行けるところではないため割愛。


 さて、洞窟型ダンジョンは周囲が薄暗くあまり光というものがない。

 人からしてもモンスターからしても視界は悪いため、視覚以外が発達したモンスターの巣窟なのだ。



 ……キィィ!


 モンスターだ。




 俺は体を起こし闘気を解放した。

 体の周囲は白いオーラで包まれ、それは洞窟を少し照らした。



 キラーアント


 全長1mほどのアリで発達した前顎は岩を砕く。

 さらにその先端はとても鋭利で突進をして串刺しにしようとしてくるのだ。

 さらに驚くべきはスピードだ。

 獲物を感知した瞬間、六本の足で高速移動してくるためかなりきもい。


 そう、きもいし強いためこいつは中級入門モンスターに指定されている。

 これを楽々倒せれば中級探索者として認められるわけだ。


「ほれほれ〜、どうだ?ちょっと匂うか?」


 アリは嗅覚が発達しているから服を扇いで匂いを飛ばしてみる。


 これはただの舐めプだ。

 何度も戦ったこいつぐらい5歳の体でも闘気があればなんとかなるという見解の元、この行動をするのだ。


 ーーキィィ!


「はやっ!?……ってかでかっ!?」


 この小さな体では目前に迫ったキラーアントがあまりにも大きく見えた。

 強さは弱いがそれでもなお、あのカマキリを彷彿とさせる恐怖がモンスターにはあった。


 しかし怖気付いてはいられない。

 勢いよく横に避け、一撃目を回避した雪はすぐさま体勢を立て直した。


「びびったぁ…大人と子供じゃ体感するスピードも迫力も違うな。それに下から見るときもいなぁ…」


 昆虫があまり得意ではないため節足部とかが目に入ると気持ちがナイーブになる。


 だから手早く始末する。


「触りたくもないし初の闘気を使った実戦だ。その辺の石で試すか」


 5歳の手で掴める手頃な石を取り、闘気を纏って身体強化をする。

 さらに一応それを石にも流して硬化を付与。


「ウラァッ!」


 スパァンっ


「……………え?」



 下品な掛け声と共に一般の大人では捉えられないほどの速度で腕を振り抜いた雪。

 それは見事キラーアントの頭部に当たり、硬いはずの外殻を貫通させた。


 そしてそれをやった張本人は顎が外れるほど驚いていた。




 ーーーまてまてまてまて

 闘気は使えるようになれば別次元の力とは聞いたことがあるが…強すぎるだろ

 え?っていうか・・・は?

 あの中級のキラーアントが石で死んだぞ?

 前世では剣で外殻を切断できないからわざわざ接近して首をへし折ってたのに。

 俺の苦労は……っていやいや!

 大事なのは今だ。

 これだけ簡単に倒せるのなら…上級ですら今の俺で行ける可能性すらある。

 まだ5歳なのにだ。

 このまま順調に成長していったら…俺は…。


「やべぇ…死ぬほど楽しくなってきた…」



 未来のことを考えると血が湧き立ち身震いが止まらなくなる。それと死んだ時の恐怖と同等レベルの楽しさが込み上げ、今までの努力がしっかり実っていることが本当に嬉しかった。


「ぃぃ………ぃやっふぅぅぅぅぅぅ!!!千冬は最強で最速!誰にも止められねぇ!ひひゃひゃひゃひゃ!」


 身体強化をそのままにダンジョン内を駆け回る雪。

 度々現れるモンスターですらスルーし、ただひたすら駆けてこの気持ちを世界に、ダンジョンに届くよう表した。

 それでも収まらない興奮はモンスターへと矛先を向け、キラーアントやドリルモーグラ、さらには中級の下層によく出現する吸血バットですら一撃で沈め、それから蹂躙劇が始まった。


 そしてその日、雪を追いかけてダンジョン内に入った探索者達は奇妙な笑い声を聞いたという。




 ーーーヒヒャヒャヒャ!!





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