第8話






「なぁ!いいだろ!千冬が探索者になっても!」


「ダメに決まってるでしょ。女の子なんだから危ないことはしちゃダメ」


「父さん!いいでしょ!?」


「う〜ん…まだ幼いから色んなことをしてから考えてもいいんじゃないかな?」


「…くそっ!」


 その光景は連日続いた。


 両親はそっちの道の才能があることぐらいわかっている。

 才能を持たない分家から生まれた千冬が黒鉄家当主から直々にお誘いが来たのだから。


 しかしそれでも「はい、よろしくお願いします」などと口が滑っても言えるものではない。


 ダンジョン探索者は憧れの職業で、世界を守る仕事である一方、死とは隣り合わせの危険なものなのだ。

 一人娘をそんなところに放り出す?

 たとえ本家の手厚いサポートがあったとしても首を縦には振れない。


 それに…



「千冬!その髪だって…白く染まっていく一方なの。何かの病気かもしれないし…理由がわからないのに激しい運動なんてさせられないわ」


 千冬として生まれて4年。

 黒かった髪はほとんどが白髪となりほんの少しだけ黒が残っている状態だった。

 過去にもこんな患者や症例はなく、病院に行っても原因不明としか言われなかった。

 しかし千冬にだけは心当たりがあった。




 全神経を瞳に集中し、血液の流れすら感じれるほどの極限状態。


 見ることだけに注いだあの瞬間。


 ・・・死ぬことへの恐怖と高みへ至らんとする執念


 絶対的な個が目前にいて、逃げられず死を待つことしかできない状況で死を受け入れ、そして…首を切断されるあの光景を、毎晩夢に見るのだ。


 夢だけど夢じゃない。

 現実に起きたことで…あれから俺は夢の中でも何千回と死んでいるのだ。

 首を切断される感触…自分の意思ではなく頭だけが転がっていくあの奇妙な恐怖…強大すぎる敵の圧倒的な邪気。


 俺は死ぬストレスを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も体験しているから


 そりゃ髪が白くなるぐらい当然だ。

 一生に一度あるかないかの「殺される」感覚を毎晩この身で受けているのだから。


「…もういいよ…」


 俺は両親の説得をやめた。

 そもそも不毛な争いだ。


 俺の目指すものは変わらないし、強くなるためならなんでもする。

 両親のことは嫌いじゃないしいい人たちだとも思う。だけど障害になるのならここにいる理由はない。

 今の日本は法律がしっかりしているし日本人は世界でも稀に見るほどの真面目さだ。

 子を手放すなんてことはほとんどの親がしないことだろう。それに子ども一人で生きていけるほど世の中は甘くないし世間がそれを許さない。


 しかし俺は前世の記憶がある。精神年齢だって大人だ。

 生きていく力は教えてもらわずともあるのだ。


 俺はやりたいようにやるから。


 わがままでごめん。

 だけど物語の英雄や勇者、強者というのは我を通してこそ強いのだ。

 曲げて越えれる壁など超えたところでその先に本物の強さなど存在しない。

 もし生まれてくる時代が少しでも違ったらこの闘争心は受け入れられ、ダンジョンに篭りっぱなしの生活もできたことだろう。


 郷に入れば郷に従えというが、俺はこの国があっていないのだ。




 そしてこの日から数日後、5歳の誕生日を迎えた朝、千冬は姿を消した。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 みんなは何を以って神を名乗ることを許されると思う?


 世界の支配者か?

 世界を作れればそれは神か?

 無から有を生み出せれば神か?



 日本には、すべての万物に神が宿るとする文化が存在する。

 米一粒にすらそれは宿るとされ、残すことは罰当たりと教えられるだろう。


 ではダンジョンが出現してから人々が神と崇め、恐れるようになったのは何か。


 それは、自然災害の力を持つ人だ。

 絶対的な力…

 人の域を超えた恐ろしい暴力



 津波を起こし


 大地を揺らし


 竜巻を作り


 落雷を落とす



「神に近しい」彼らを人々は【破滅級】と崇め敬い、恐れからそう呼んだ。


 そして…

 過去に二人しか存在しなかった破滅級探索者だが、この時代…ある一人の子によって、ダンジョンの常識は覆る。


 強さに渇望し、手を伸ばし、掴もうとする少女


 ただの努力で全てを置き去りにするほどの成長速度を見せ、ある目標に向かって突っ走る。


《目指せ最速》


 その熱は誰にも止められない。




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