第6話



 ダンジョンは数100年以上も前に現代に現れ、様々な猛威を奮った。

 基本的にはモンスターはダンジョンから出てこないものの稀にモンスターパレードという大行進が起こる。

 そしてそれが起こる地域は避難を余儀なくされ、モンスターパレードは2050年に災害として認定された。


 そしてそれを鎮圧するのにはそれ相応の実力者たちが必要であり『絶級探索者』は一人で災害認定されるような化け物なのである。


 津波や地震、落雷、台風…そんなものは人の手で防ごうと思っても防げる物ではない。

 それと同一視されたモンスターパレードも然りだ。

 だから絶級というのは特別中の特別。

 人類の最終兵器といっても過言ではなかった。



 だから…絶級の闘気に間近で触れた千冬は気絶した。


 会議室には上級や超級の探索者、それに非戦闘員の分家もいた。

 しかし千冬のいたずらな一言で当主が闘気を少し解放。

 その場にいる上級探索者は意識が混濁、分家に至っては気絶。

 超級ですら膝をつく形となった。



(無理無理ぃ!死ぬってこれは!やばいって!?次の就職先考えよう!?)



 るながそんな思考…というか現実逃避をしている中、当主は膝の上で伸びている幼い子どもを見ていた。

 そして数秒ほど経った頃か、いきなり大声で笑い出した。


「はっはっはっは!!るい、るな!いい奴に目をつけたじゃねぇか!なんだこいつは!気持ち悪いぜ!」


 そう言葉を発した当主に二人はポカンとした眼差しを向けた。

 たしかにその子供は異常と言っていい。

 しかし今の一幕で何を感じたのかが二人にはわからなかった。

 当主が闘気を出し、いつも通り周りは気絶しただけ。

 何も変わったことなどなかった。


「こいつどうした?どこから拾って来た?」


「え?あぁ、そいつ分家らしくて、正門にいたんだよ」


「そうそう!だけどその子一人だったし、るいが「帰れ」って脅したら「客として入りたい」って」


「おいっ!脅してはないだろ!」


「そんなことはどうでもいい!本当にそう言ったのか?」


「うん」


「……親の入れ知恵か?だが…さっきのは…親じゃどうにもなんねぇ。あれは確実にこいつの力だ。こんな子供が…」


 その後当主はしばらくぶつぶつと独り言を言い、考え事をしているようだった。

 もちろんそこに割って入る勇気のあるやつなどここには一人もいなく、それは10分ほど続いた。


 そしてそれだけ時間があれば、気の強い千冬は起きる。

 ぱちぱちと可愛らしい大きな目が瞬きをする。

 そして首を動かして周囲の状況を確認し、次いで何かを考える素振りを見せ…瞳が当主の目とあった。

 そして一気に鬼の形相になる千冬。



「何してくれてんだぼけぇ!」


「「「「「「お前が何してんだッ!?!?」」」」」




 それはアッパーだった。

 懐に入っていた千冬渾身の一撃である。

 そして今世で初めて人を殴った瞬間だった。


 躊躇も優しさもない、ただの暴力。


 ただそれは4歳児のもので、絶級探索者でなく普通の大人からしてもその拳は児戯のようなものだった。

 しかし当主にとっては素質を垣間見えた良いパンチであり、千冬を気に入った瞬間だった。


「名前はなんと言う?」


「うっさい!いきなり闘気を出すな!アホ!」


「…かわいぃ」


 ひたすらパンチを繰り出す千冬を見て誰かがそう呟いた。


 透き通るような綺麗で耳に残る声と可愛らしい容姿にも関わらず男まさりな性格でポカポカと殴る姿は、この場を癒し空間にするのに時間はかからなかった。


 ただ一つツッコむことがあるとすれば…片手で顔を守っていることだろう。


(なぜ反撃を考えて顔を守ってんだ…かわいい)


(あの動き幼女ボクサーじゃん…打たれたい)


(子どもがステップ踏んでパンチして…ちゅき)



「何あのキレのあるパンチ…おかしいでしょ…」


 何人かは空気に流されず本気で疑問に思っている者もいた。


「はっはっは!娘よ、未熟な拳を労われ。それと質問だ。ここには客として来たそうだな、何が目的だ?」


 その言葉に千冬は拳を引いた。

 そしてその手からはポタポタと血が垂れていた。決して気づかなかったわけではない。

 幼い子供の手ではすぐに傷がつくことはわかっていたが、これぐらい死んだ時に比べればなんともないから続けていたのだ。

 それに結果は惨敗だがちょっとは脳を揺さぶってみたかったから。




「……宝物庫だよ。入れるって聞いたから来たんだ」



「ほう…その歳で何を求める?」


 真っ直ぐ俺を見つめるその瞳には興味、疑問、好奇心などが伺えた。


 それと……期待



 もう俺が何を言ったところで宝物庫には入れないかもしれない。どんな答えを言おうとそれは嘲笑され、子どもの戯言で済まされるかもしれない。


 だが、嘘は吐きたくない。


 俺の決めた道を偽りたくない。


 その行為は自身への冒涜であり、夢の否定である。


 強くなりたいと願った。


 モンスターを殺すと決めた。



 ・・目指す道に他人の評価などいらない


 そして宣言した。




 ーーーーー最速




 そう言った千冬は物語の主人公であるかのようにこの場にいる全員を魅了した。

 たった一言。

 しかしそれは汚れのない、どこまでもまっすぐな言葉。


 それを信じ、実現できると本気で思っている心の強さと覚悟の意思表明。


 黒鉄家当主、黒鉄 一樹は久方ぶりに心が震えた。


 子供ながら難しい言葉を知り、客として入ろうとした度胸、そしてその闘気。

 上級探索者レベルの死闘を繰り広げて初めて会得できるものを微量だが発し、押し返そうとした心意気は賞賛に値する。

 さらに暴力に一切躊躇がないことも素晴らしい。

 人とは少なからず罪悪感や遠慮を抱く生き物である。相手が人なら尚更、してはいけないことだと自制が働く。

 しかしこの娘は違った。

 敵とみなした相手には人だろうと一切の躊躇がない怪物。

 探索者としての素質が高いどころか、この娘には天職と言っていい。


 そして最後に…強い意志。

 これが一番気に入った点だった。

 誰もがダンジョンに夢を抱くが、大抵の人は周囲に流され、自らの言に責任を持たない。

 挫折するものは多く、力が足りないと放棄する者も多い。

 さらに昨今では、ダンジョンをアトラクションのように思っている馬鹿すらいる。


 この娘は最速という目標を持ち、冷やかしや遊びではなく、ここに来ればそれに近づけると思ったから来たのだ。


 ・・・素晴らしい。


 この場には本家、分家合わせて20人ほどがいるが苦笑しているものがほとんどだった。

 子供の言うことは可愛いなと。

 まるで本気の言だと気づいていない。


「皆、退出しろ」


 ・・・え?


 当主の言葉にほとんどの人が困惑していた。


「聞こえなかったか?退出しろ、今すぐに」


 ギロっと周囲を睨み、慌てて出ていく人たちがほとんど。

 そして残ったのは、当主と千冬だけだった。


「お前は退出しないのか?」


「…ん?千冬と話したかったんじゃないの?違ったら出てくけど」


「はっはっは!聡い子だ、それに千冬と言うのか!気に入ったぞ!」


「…いや、気に入ったんなら宝物庫入れてくれよ」


「いいぞ…と言いたいところだが…条件付きなら考えてやる」


「ぇ?まじ!?」


 当主の言葉に千冬は歓喜した。


 これが本当なら俺はハイペースで強くなれる。

 それこそ10代で絶級に行ける可能性だってある!


「そんながっつくな。条件次第と言ったろう」


「はやく言えよその条件!なんでも呑むぞ!」


「…ほう…なんでもか?」


「おうよ!」


「そうか…」


 ここで黒鉄 一樹は当主としてではなく、一個人として何を条件にするか悩んだ。

 本家に養子としていれるのもありだが…それは直感が否定していたためすぐに頭から消え、この娘を絶級にするなら何をさせたらいいかと考えた。


「お前、【太古の賛美】って知ってるか?」


「……知ってる」


 聞き慣れない言葉だが、それは探索者なら誰もが知るものだった。

 日本人は【太古の賛美】と聞けばあれだとわかる。

 そして外国人は【グローエン】と聞けばこれだと答える、世界闘技の名前だった。


 ダンジョンとそこから現れるモンスターは災害だ。誰かが対処しなければ大勢の命が呆気なく散る。

 それを防ぐために優秀な人材を発掘、発見するための世界大会、それが太古の賛美だった。

 そして出場者は15歳〜20歳の若年層で、各国の化け物じみたやつらが集まる世界で一番イカれた闘技大会なのだ。


「目指すは?」


 当主のニタリ顔に引き攣りながらも千冬は答えた。


「てっぺん!」


「はっはっは!千冬、おまえが分家だろうとどこの馬の骨だろうが関係ねぇ。客として来れたお前を俺は推すし出場権も用意してやる。それに稽古もつけよう。そして4年後に開かれる【太古の賛美】で優勝してみせろ。そうすれば宝物庫ぐらい開けてやるよ!はっはっはっは!」


 目前にいる男は豪快に笑い、その条件を提示した。結果、俺は四年という歳月を待たなければならないが、4年後はまだ8歳でそこからいくらでも強くなれる見込みがある。

 それにこれだけ好条件を提示してくれたのだ。

 今すぐに宝物庫には行きたいが、四年後に俺の成長を上乗せしてありとあらゆるものをぶんどってやろうと決めた。


「吠え面かかせてやる」


 前世の知識がある俺が15や20そこらの小僧に負けるわけがない。

 たとえ天才が多くいようと俺の努力はそれを粉々に砕いていくだろう。

 そして4年という期間がさらに高みへと昇華させる。


(くふふふ…!まずは小蠅退治だ!)


 そんな貧相なことを考えていると不意に当主から今更な質問が来た。


「そういえばお前小さいが何歳だ?」


「ぇ?4歳だけど?」


「………」


 当主はため息を吐き、天を仰ぎ見たのだった。




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