#108 才能ゼロ

 配牌でヤオチュー牌が十枚。サンマ(三人麻雀)ならさほど珍しいことではないと思うけど、それでも激アツは激アツだ。

 ……これが普通の麻雀だったらな。


「九種九牌しましょうか?」

「あー……私はいいぞ」

「アタシも……うん」


 国士無双をアッサリ放棄して、流局にする。はぁ、虚無だわ。

 なんで飛鳥さんと風夏さんの許可を求めたのかって?


「そろそろ三槓子達成したいよなぁ」

「三暗刻達成しただけでも奇跡じゃね?」


 そう、前回の配信の続きをしてるからだよ。ほら、あれだよ、あれ。三人麻雀で全部の役を和了する企画。

 国士無双は達成済みなので、放棄せざるを得ないというわけだ。途中流局できるから実際は得なんだけど、なんか損した気分だわ。

 ……いや、お前、なんで続きの配信なんかしてんの? あんなの絶対、一発ネタの企画にしたほうが良かっただろ。アレだけ醜態を晒したのに、よくもまあ続けられるもんだ。恥の概念とかないんか?


「そーいや、なんで美羽は来てないん?」

「そりゃ来ないでしょう……」


 元々乗り気じゃなかったし、アンタらにイジられたし、疲労のせいで公園で値落ちして風邪引いたし、来る理由がないよ。


「逆に風夏さんは、なんで来てくれたんです?」

「そりゃ、なんやかんやで楽しかったし」


 俺の記憶違いじゃなければ、この人わりと早々に寝落ちしてた気が……。まあ、眠たすぎてあんまり覚えてないんだけど。

 俺が鮮明に覚えてるシーンは、寝ぼけた茜さんがカメラの前で脱ぎかけたところぐらいだ。脱ぎかけたっていうか、Tシャツ姿を晒してたよな。決して性的ではないはずなのに、妙に色気があったよ。


「ホントはピザ目当てじゃないのか? えぇ?」

「まー、それもあるかな」


 いや、九割ぐらいピザ目当てだろ。言っとくけど、時給換算したら最低賃金割ってるからな? というかピザで釣るあたり、飛鳥さん的にも辛い企画なんだな。実際、集まり悪いもんな。未智さんと風夏さんしか来てくれなかったし。


「この企画って、もっと大勢でやるべきだと思うんですよ。さすがに無茶ですって」

「私達が人を集められると思ってるのか? 商店街のオッちゃん、オバちゃん連中しか集められんぞ」


 それはそれで凄いのでは? 需要は皆無だし、純粋に来てほしくないけど。


「アタシもこう見えて友達少ないかんなぁ」


 見た目だけならコミュ力最強なんだけどな、風夏さんって。

 俺? 見た目通りボッチだよ。この人ら除いたら、片手で収まるレベルの交友関係だよ。収まるっていうか余るな。

 配信画面とにらめっこしてる不思議系少女も、おそらく同レベルだろう。


「むしろこの年でどうやって友達作るんだ? 最新のゲームソフト一本で友達が作れる年じゃないだろ?」


 その時期はだいぶ遡ると思いますよ。中学生ぐらいから通じないメソッドだよ。


「やっぱ大学じゃないですか?」

「でもキミら、大学行ってるのに友達少ないだろ?」


 え、この人ギスらせようとしてる? 喧嘩配信の味をしめちゃった?

 ……改めて考えると、俺らって詰んでね? 高校、大学と通ってて、ろくに友達が作れないとか、人として大事な何かが欠けてる気がする。


「私も大学に通ってみるかな」

「あー……いいんじゃね?」


 すんげぇ適当! 最年長者だから何が起きても自己責任だとは思うけど、もう少し考えてあげようよ。


「飛鳥さん、勉強できるんですか?」

「良い国作ろう! 鎌倉幕府!」


 ……ドヤ顔の飛鳥さんも可愛いなぁ。あまりにも可愛すぎて、とてもじゃないけど言えないよ。『今って良い国作ろうじゃなくて、良い箱作ろうなんですよ』って。


「飛鳥さん、もう十年くらい前から変わってんよ?」

「え? どういうことだ?」


 どうやら、飛鳥さんの可愛さは風夏さんに通じなかったらしい。まあ、教えてあげるのも優しさか。俺は沈黙という優しさを取ったけど。


「鎌倉幕府は千百八十五年って教えられてんの、今は」

「嘘だろ? 未来はともかく、なんで過去が変わるんだ?」


 過去が変わったんじゃなくて、見解が変わっただけだよ。歴史なんて所詮、遺物から考察したものに過ぎないんだから。


「大体、良い箱ってなんだよ。目安箱かぁ?」

「目安箱は江戸時代じゃ……」

「うるさいなぁ! 低学歴でゴメンな! はいはい! 私は学も身長も乳もない、ないものづくしのアラサーだよ!」


 飛鳥さんの情緒がおかしい。無茶な配信ってのは、人の心をささくれ立たせるのかもしれないな。うん、今すぐ配信やめよう。


「でも金はあるじゃん。その時点で勝ち組じゃね?」

「金より美貌が欲しいわ!」

「あだだだだだ! やめろし!」


 鷲掴みするな、乳を。俺と代わってくれ。


「あんねぇ、結構痛いんだよ? 飛鳥さんにはわからんかもしれんけど」

「クーパー靭帯ぶった切るぞ?」


 本当にどうしたんだろ、この人。そんなにカリカリするなら、配信なんてしなきゃいいのに。


「さてと、そろそろ休憩に……」


 気持ちを落ち着けたいのか、離席しようと立ち上がる。休憩するぐらいなら、一旦配信切ってほしい。なんなら、チャンネルごと爆破してほしい。


「ちょい待ち! アタシにも掴ませろっての」

「はぁ? 掴ませるほど大きくないっての」

「先っぽ! 乳首だけでいいから!」


 なんやかんやで奥まで入れる男みたいなこと言ってるよ。

 いや、そこが一番ダメなところでは? 痛覚的にもそうだけど、配信的にも。


「いっそ三人で掴み合ったら?」


 未智さんが考えうる限り最悪の提案をしてきた。お前、他人事だからって。

 あっ、インターホンが鳴ったぞ。ナイスタイミング!


「ピザ来たみたいだし、一旦配信切らね?」

「……そうだな、あんまり根を詰めると長続きしないだろうし」


 長続きさせる気なの? 多分、風夏さんも次回以降来てくれないと思うよ?

 俺は強制参加として、未智さんはどこまで着いてきてくれるんだろうな。伸びる気配がなかったら、急に見切りつけられそう。

 まあいいや、配信のことなんて忘れてピザを堪能しよう。

 え? こんなに頻繁に食べて飽きないのかって? 実は飛鳥さんと同棲するまで、あんまり食べられなかったんだよ。だってボッチだぜ? 一人暮らしで頼むようなもんじゃないだろ?


「さっ、食いながら企画会議するぞー」


 ……頼むから純粋に楽しませてくれよ。奢りだから文句は言えないんだけどさ。

 ほら、見てくれよ、風夏さんの顔を。満面の笑みでピザを頬張ろうとしてたのに、一瞬で曇ったぞ。


「やはり露出を高めるべき」


 未智さんは妙に積極的だな、内容はさておいて。


「未智、アンタって露出できんの?」

「馬鹿にしないでほしい。この前のキャンプではノースリーブだった」

「それ露出なん? アタシなんか既に、配信でヘソ出してんだけど?」


 底辺の争いやめてくれ。どっちが恥ずかしいかは知らんけど、五十歩百歩だよ。


「まだまだ暑いし、水着とかいいんじゃないか?」


 前も同じこと言ってなかった?


「そりゃアタシが水着着たら、ヨユーで登録者百万いくだろうけどさぁ。でもなぁ」


 さすがにいかないよ。配信業界を舐めてるな、コイツ。


「着てくれよ。ティーバックみたいな際どい水着を着て、I字バランスしてくれよ」


 なんのチャンネルなんだよ、もはや。俺の存在価値がより一層薄まるよ。


「いや、一般人にI字バランスとかできんし」


 できないだろうけど、そこじゃないと思うんだ、問題は。


「そういうのはアカウントがバンされる可能性がある。太ももを見せつけるぐらいがちょうどいい」


 アカウント凍結の基準は知らんけど、言い出しっぺの未智さんはできるのか? そんな際どい配信を。


「アンタらアタシのこと尻軽だと思ってね?」

「街中で肌を出すヤツは尻軽だろ。何言ってんだ」


 あまりにも暴論すぎる。今時、若者なら肌ぐらい出すわ。いつの時代の価値観で生きてるんだよ。


「キレていい? アタシ、ケッコー純情なんだけど」


 キレるべきだよ。今日の飛鳥さん、ちょっとおかしいもん。

 俺とこの人達は出会って一ヶ月ちょいだから接し方も変わるだろうけど、アンタら数年の付き合いだろ? なんでこんな急に変わんの?

 結局企画会議という名の駄弁りは、何も生み出さずに終わった。得られた知見としては、風夏さんと飛鳥さんが配信を舐めているってことぐらいかな。

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