#94 留年ギャンブラー

 痴話喧嘩も程々に一通り部屋を見終えた。初めのほうは真剣に部屋のコーディネートについて論じていたが、途中からは適当になり『本棚置いてみたら?』『観葉植物とかどう?』みたいな案しか出なくなった。うん、専門家に頼ろう。


「いやぁ、皆お疲れ。さっ、好きなの選んでくれよ」


 気前の良いことを言いながら、ピザのチラシを机の上にばらまく飛鳥さん。本当にピザ好きだな、この人。日本のピザって高いし、こんな高頻度で食べる人ってあんまりいないと思うんだけど。


「そういえば飛鳥ちゃん。普段からこういうものばっかり食べとるの?」

「まあそうだな。コンビニ弁当とかカップ麺とかピザとか、そんなんばっかだな」


 そういや飛鳥さんが自炊してるところ、見たことねえな。おかげさまで俺もだいぶ引っ張られてるんだよな。こう見えて飛鳥さんが居候する前は、少しだけ自炊してたんだぜ? まあ栄養補給が目的だから、料理と呼べるような代物ではないんだけど。


「あんまり言いたくないけどねぇ、栄養偏るよ?」


 友達に言うようなことじゃないよな。反論の余地がないけど。


「たまにはインスタントもええと思うけど、基本は自炊せんと」


 定食屋の娘に言われたんじゃ従うしかないよな。多少栄養が不足したところでただちに影響はないだろうけど、絶対に後々しっぺ返しがくるし。

 特に飛鳥さんは三十歳手前だし、今のうちからしっかり栄養を取らんと……。


「最近はコンビニでも栄養取れるし……」


 あのさ、年下に説教されるのが嫌なのはわかるけど、忠告は素直に聞こうぜ? 正論に食い下がってもいいことなんてないんだから。


「それは別に否定せんよ? 最近は〝一食分の野菜が取れる〟とか〝二分の一日分の野菜が取れる〟っていう謳い文句の商品が多いからねぇ」


 あー、確かに良く見るな。キャベツの割合が多すぎる気がするけど。


「だろ? だから自炊なんて……」

「それで飛鳥ちゃんは、そういう商品ばかり食べてるのかい?」

「……普通の弁当に飽きてきた時とかに……」


 うん、そうだよな。大体いつも唐揚げ弁当とかトンカツ弁当とかその手の、栄養が偏る弁当ばっかりだよな。一応キャベツとかポテトサラダも申し訳程度に入ってると言えば入ってるけど。


「で、でも、冬場は鍋系の弁当をよく食ってるぜ? アレは栄養豊富だぞ」

「冬以外は?」


 めっちゃ食い下がってくるじゃん。心配の仕方が本当に田舎の婆ちゃんだな。


「……とりあえずピザ頼まないか? お腹減ってるだろ?」


 あ、逃げやがった。まあ、このままいくと俺にも火の粉が降り注ぐから、この話を打ち切ってほしいって意味では利害が一致してるんだけど。


「飛鳥ちゃん、自炊が嫌ならもっとウチに来んしゃい」

「もう少し涼しくなったら通うよ。まだまだ暑いし、車もまだないし、そもそも進次郎君が働いてるから邪魔したくないし」


 おい、俺の名前を出すな。俺に飛び火したら困るから。


「少しくらい暑くても外に出んとあかんよ。飛鳥ちゃん、仕事してないんやから」


 あ、ダメだって、年齢の話と仕事の話は。特に今はダメだって。この前、嫌いな父親に仕事のことを言及されたばっかなんだから。


「うるせぇな、ピザ奢ってやんねえぞ?」


 ほら、ヘソ曲げちゃったよ。冗談っぽく言ってるけど、わりとギリギリだと思う。

 茜さんは俺より付き合い長いし、引き際をわかってると思いたいんだが……。


「いつまで子供みたいなこと言うとんの。最年長なんやから、そろそろ大人にならなあかんよ? 結婚がどうとか言うのは、それからと違う?」


 ……羨ましいよ。この人らは、喧嘩になるとわかってても言いたいことを言い合えるんだからさ。俺もキャンプの時に意を決して飛鳥さんに注意したけど、もう二度とできねぇわ。


「……もういいだろ? せっかく皆で集まってんだから、空気悪くすんなよ」


 あっ、ちょっとだけ大人になった。いつもならここで言い返すのに。

 いや、いつもの逃避癖か? なんにせよ、茜さんが引けば丸く収まるだろう。これ以上追撃しないように、アイコンタクトを送ってみようか。


「……まぁ、とりあえずまたウチに遊びにおいで」

「ああ、そうさせてもらうよ。ごめんな、せっかく心配してくれたってのに」

「ええんよ、私もちょっと言い過ぎちゃったし」


 お、おお……丸く収まったぞ。よかった、よかった。半分ぐらい俺のせいかもしれんけど、最近ギスギスすることが多かったから心配したよ。そうだよ、会社じゃないんだから、もうちょい穏やかな人付き合いをしないとな。そりゃある程度は、言いたいことを言い合ったほうが良いと思うけど。


「あの、飛鳥さん? 本当に奢っていただけるんですか?」

「あのなぁ、美羽は遠慮しすぎだって。たらふく泡銭持ってる年上が奢るって言ってんだぜ? とことんタカる気できな」


 こういうところだよな、飛鳥さんの魅力って。

 だって考えてみ? 宝くじとかWIN5で大金手に入れたところでさ、金は金じゃん? たまに『宝くじで三億当てたなら百万ぐらい……』とか言うヤツいるけど、三億持ってようが百万は百万なんだよ。いざ自分が大金を手にしても、他人のためにバラまくなんて普通は無理だよ。下心でもない限りはな。


「飛鳥さんって競馬詳しいん? 一人勝ちってことは、相当難しかったっしょ? あんま知らんけど」


 言われてみりゃそうだよな。WIN5のことはあんまり知らんけど、基本的に百人以上は当ててるだろ? 的中者一人って言い方悪いかもしれんけど、駄馬の一着を当てなきゃいけないんじゃないの?


「いや、正直全然詳しくないな。むしろ詳しいヤツだったら四億越えなんて無理さ」


 それはそうかもしれん。詳しいヤツだったら絶対買わない組み合わせだからこそ、一人勝ちできたんだろうし。


「未智は? データとか統計とか、そーゆーの強そうだし」

「……実は、データから予想するAIを作ったことがある」


 マジ? 未智さんがツール開発とかできるってのは知ってたけど、そんな高度なことまでできんの? 荒唐無稽な小説なんか書いてないで、そっちの道を突き進んだほうがいいのでは?


「スゲーじゃん! で? で? 儲かるん?」

「まあ、普通に予想するよりは儲かると思うよ。それなりの勝率だし」


 AI作るだけでも凄いけど、実際に結果出せるってのが本当に凄い。この手のプログラムって大体上手くいかないイメージなんだけど。


「それでも安定して稼ぐのは無理かな。多分、長く続ければ収支がマイナスになる」


 あー、やっぱりそんなうまい話はないんだな。テラ銭って言うんだっけ? 確か三割ぐらい抜かれた上で、配当金が配られるんだよな。いやぁ、夢がねぇな。


「そもそもの話だけど、数字だけじゃなんとも言えないところがある。同じタイム、たとえば二分ってレコードを叩きだしたとして、余力を残しての二分なのか、無理をして二分なのかまではわからない」

「そっか、レース映像までAIに読み込ませるのはさすがに難しいか」

「現状では不可能じゃないかな? 少なくとも私には無理」


 うーむ、やっぱりノミ屋でも使わん限りは利益を出せないのか?


「元々競馬に詳しい人が私のAIを使えば、多少は稼げるかもね」

「へー、じゃあAIを使うより、売ったほうが儲けられそうだな」

「うん、売ってるよ。税込みで月額五千五百円」


 あっ、もう既に販売してるんだ。税抜き五千円って結構高いと思うんだけど、売れるのか?


「デザインを凝ったり、余分な機能をつけてハッタリを利かせれば、意外と買ってくれる。デザインとかは外注したけど、既に元を取ってる」


 ……なんでこの人、小説なんて書いてるんだろな。絶対に損してると思う。


「私にも使わせてくれないか? せっかく仕事してないんだし、映像を自力で解析して荒稼ぎを……」


 おい? それは破滅への一歩だぞ?


「飛鳥さんは熱くなりやすいからやめといたほうがいい。四億越えの配当金なんて、ギャンブルの卒業としては最高のタイミングだと思う」

「飛鳥さん、普通に働きましょうよ。駅前の牛丼屋でバイト募集してましたよ?」

「ギャンブルはお小遣いの範囲で楽しまなアカンよ?」

「言っちゃアレかもしれんけど、人生甘く見すぎじゃね?」


 すげぇ、満場一致でやめさせにいってるよ。どうやら俺が止めるまでもないらしいな。温かいメンツだよ、まったく。子供の頃、周りにこういう人らがいれば、俺も性格ねじ曲がらずにすんだのかね?

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