#93 修羅場参戦

 暑い……。さっさとエアコンがついてる二階に戻りたい……。


「一階は一部屋しかないんですね」

「面積のほとんどがガレージに持っていかれてるからな」

「客間が和室ってのは個人的に嬉しいですね。フローリングに布団って落ち着かないですから」


 影山さん、悪いけど寝転ばないでくれるか? 畳に汗が染みこむからさ。

 それにしても一階が和室で、二階と三階が洋室ってどうなん? 防音性を考えたら逆のほうが良さそうなもんだけど。


「家具はテレビとちゃぶ台ぐらいでいいかなって思ってるんだけど、どうだ?」


 テレビかぁ。今の時代いらない気もするけど、客間ならあってもいいのかな? そんな気軽に買えるものじゃないと思うんだけど。


「いいんじゃねーの? 下手に物を置いたら布団を敷く時に大変だし」


 言われてみればそうだな、やっぱり風夏さんって意外と頭回るよな。ベッド生活が長いから、俺には布団を敷くスペースを確保するって考えがなかったわ。


「二段ベッドは? 布団を四つ敷くより、二段ベッド二つのほうが合理的」


 さすが未智さんだな。二段ベッドなんて、小学生の時に友達の家で見たのが最後だから、存在すら忘れかけてたわ。

 しかし和室にベッドってどうなんだ? カーペットを敷けば、気にならないか?


「それやると寝室以外に使えなくなるぞ? 六畳しかないんだから」


 それはそう。っていうか多分、押し入れが使えなくなると思う。まあ、入れるべき布団が不要になるから別に良いと言えば良いんだけど。

 いや、どっちにしろ六畳で布団四つは不可能じゃね? 二つが限界な気がする。

 まあ女の子同士だし、なんとかなるか。例のサンシェードよりは広いだろうし。


「せっかくの一軒家だし、雀卓とかよくない? コタツの天板ひっくり返したら卓になるヤツあんじゃん?」


 へー、そんなのあるんだ。今だったら麻雀マット使えば良さそうなもんだけど。


「現代っ子のくせに良く知ってんな。昭和の産物だぞ」


 飛鳥さんも平成の産物のはずなんだけど、まあ飛鳥さんなら昭和を知っててもおかしくないか。昭和生まれの友達のほうが多いだろうし。


「逆ってわけじゃないけど、全自動卓を机にするカバーもあるよ」

「未智は物知りだな、初めて聞いたよ」


 利便性って意味じゃコタツのほうが良さそうだけど、手積みになるもんなぁ。ネト麻に慣れてるから、全自動のほうが嬉しいかも。ただ、全自動卓ってイスも必要にならん? 低い卓もあるだろうけど、それ用のカバーもあるんかね?


「とりあえず上にいかん? 暑さヤベーんだけど」


 何度見てもドキッとするな、女性がシャツのネック部分をパタパタする動きは。

 何もせずとも谷間が見えてる人がやると、興奮もひとしおだ。許されるのであればガン見したいけど、こういう時になぜか無関係の影山さんが蹴りを入れてくるから、目を逸らさざるを得ない。


「風夏、何度も言ってるがそれやめろ」


 やめなくていいよ、余計なこと言わないでくれ。第一それを言い出したら、アンタなんて裾で額の汗を拭ったりするじゃん。そっちのほうがよほど問題だよ。


「飛鳥さんだってやるっしょ?」

「男の前……よりにもよって人の男の前でやるなって言ってんだ」


 所有権を主張するのはまだ早いのでは? 今更だけど。


「正式に付き合ってから言えし」


 正式に付き合ったら二度とやってくれないのか……。こりゃ飛鳥さんと付き合えないな。なんて口にしたら、どうなるかな? 久々に面積が小さいパンチが飛んでくるかな? アレ、見た目以上に痛いからやめてほしいんだけど。


「進次郎君も進次郎君だよ」


 え、なんで俺? ガン見してないじゃん、チラチラ見てただけじゃん。この状況でガン見しないって、男としてかなり高みに立ってると思うんだけど。称賛のアメアラシだと思うんだけど。万雷の拍手を送られてしかるべきだと思うんだけど。


「あくまでも友達だろ? 友達を性的な目で見るな」


 女性というのは無理難題をおっしゃる。血が繋がってるわけじゃあるまいし、下心無くすのは無理だって。


「前から思ってたけど飛鳥さん、器小さくね? アタシはそーゆーの理解あるほうなんだけど」

「確かに言えてる。浮気判定厳しそう」


 風夏さんはまだしも、未智さんが言えたことじゃないと思う。アンタはアレだろ? 恋人がグラビアアイドルにうつつをぬかしたらキレるタイプだろ?


「あ? 普通の男は彼女できたら、他の女に一切興味示さなくなるもんだろ?」


 何を言ってんだこのアラサーは? それは誠実を通り越して聖人だろ。それが普通なら、この世に不倫なんて存在しないよ。普通の人間は恋人がいるわけだし、アイドルとかその他もろもろ廃業するだろ。


「飛鳥さんって処女というより、童貞の女性版って感じがする」


 さすが未智さん、言いえて妙だな。要するに処女と童貞は、単純な性別反転じゃないってことだろ? 童貞は女性に夢を見がちだけど、処女は別に男に幻想抱いてない的な? ちょっと言語化が難しいけど、言いたいことはなんとなくわかる。


「なんかよくわからんが、わりと重めのパンチを食らった気がするぞ」

「上、上行きましょ。せっかく二階のエアコンつけっぱなんですから」

「お、おう? 押すなって、もう」


 言い争いに発展しても困るので、強引に話を打ち切っておいた。背中を押すという単純な接触でも、飛鳥さんは機嫌が良くなるのでちょろい。こうして見ると、本当に童貞の女性版だな。




 毎年言ってる気がするけど、今年の夏は本当に暑いな。一階と二階の温度差が凄いんだけど。


「汗のせいで凍え死にそうなんだけど」


 バッグからタオルを取り出し、胸元の汗を拭う風夏さん。また飛鳥さんが怒りかねんから、そういうことは俺に背を向けてやった方がいいのでは。いや、俺としては嬉しいんだけど。


「そんな無駄な脂肪つけてるから苦労する」


 未智さんの負け惜しみが、そろそろ見てて辛い。『学歴なんていざ社会に出たら無意味。むしろ高学歴程仕事ができない』とか言ってる高卒のオッちゃんみたいで、痛ましい。


「そーなんよ、デカいとマジ苦労する。だから無駄にしたくないんだけどねー」


 見るな、俺を。言わんとしてることはわかるけど、俺じゃなくていいじゃん。今からでもサークルに入れ。修羅場に参戦しないでくれ。


「キミも未智と同じで、好意隠してるだろ? 悪いけど他の男を狙ってくれ」

「隠してないけど?」


 あっ、未智さんと違って否定しないんだ。っていうか俺そこまで風夏さんとフラグ立ててるイメージないんだけど。初めてのデートの相手ではあるけども。


「あ? 風夏はからかってるだけだろ? 処女のくせにイイ女ぶって……」

「あんま処女って言わないでくれる?」


 ホントにな。結構気まずいんだぞ、その話を聞かされるのって。童貞はイジっていいけど、処女はイジっちゃいけないみたいな空気があるからさ。


「遊び人みたいな格好してるくせに処女とか……」

「恋愛興味ないって顔してるくせに、片思い拗らせてるほうが恥ずかしくね?」

「拗らせてない。この男が私を狙ってる」


 小競り合いするのは勝手だけど、俺を巻き込まないでほしい。別に狙ってないし。


「で? 風夏はなんで進次郎君が好きなんだ?」


 あの、やめませんか? 本人がいる前でする話じゃないでしょ?


「なんつーか……初めは勘違いだったんだよね」


 あっ、語るんだ。羞恥心とかないのかよ。


「街まで遊びに行った時さ、口説かれたと思って意識しだしたんだけど……今にして思えばデフォっつーか、誰にでもやってるっつーか」


 何を言ってるか全くわからん。この人に限らず、女性を勘違いさせるような言動をした記憶がまるでないのに、どいつもこいつも人を女たらし扱いしよってからに。


「本当に最低よね、コイツ」

「なんで影山さんはいつも敵視してくるんですか?」

「女の敵だからに決まってるでしょ」


 味方ではないだろうけど、敵でもないだろ。これ何回言ったか、もはや覚えてないけどアンタらがチョロすぎるだけで、俺に非はないって。好意を向けられてからもフラフラしてる点は、最低かもしれんけど。


「まっ、今んところは気軽にイジれる友達って感じだけど……好きになりつつあるというか……」


 わっかんねぇな、なんで俺なんだろ。いや、俺しか男がいないからだってのはわかるんだけど、でもなぁ……。


「なんつーの? チョロそうに見えて意外と意地っ張りっつーか、スケベなくせに理性があるっていうか、なんだろ? 他の男と違うじゃん?」


 もう少し整理してから喋ったほうがいいと思う。結局、何が言いたいのかよくわからんし。っていうか男を語れるほど、男を知らんだろアンタ。

 でも……こんな拙い持ち上げられ方でも、面と向かって褒められるのは照れくさいな。俺の内面と向き合ってくれてるっていうその事実が、ただ嬉しい。この五人のこういうところが好きなんだよな。


「まあ? 他に良い男が現れたらどうなるか知らんけど? そこは進次郎君次第っていうか、早い者勝ち的な? 後悔したくないなら、もっとガンガンアタシにアプローチかけといたほうがいーよ?」

「……俺は友達でいてくれたらそれで……」

「は? あんま面白くないジョーダンばっか言ってると嫌いになるよ?」


 嘘偽りない俺の本心なんだけどなぁ。全員と友達でいたいからこそ、俺もフラフラしてるわけだし。言い訳と言われたらそれまでなんだけど、わかるだろ? この中の誰か一人と付き合って、他の四人と疎遠になるの嫌じゃん?

 たった一ヶ月で俺の心の隙間に入ってきた五人だぜ? そりゃ大事にしたくなるってもんだよ。

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