#95 脅迫

 宅配ピザって間違いなく美味しいんだけど、ここまで頻繁に食べるとありがたみが落ちてくるな。子供の頃は金持ちになったらピザを食べまくろうと思ってたけど、多分その未来は来ないわ。まあそもそも、金持ちになる未来が来ないんだけど。


「やっぱピザ食ってると、ビールが欲しくなるな」

「まだ真っ昼間なんですけど? アル中すぎてウケる」


 風夏さん、その人に何を言っても無駄だよ。ニートには、昼夜とか曜日の概念がないから。まあ飛鳥さんの場合は、仕事してても休日の昼から飲んでそうだけど。


「わざわざコーラを注文する必要ありました? 冷蔵庫にありますよね?」


 うん、口には出さなかったけど俺も同じこと思ってた。なんでわざわざ割高な注文したんだろ。


「美羽って金のことになると案外細かいよな」

「その言い方やめてくれません? 人聞き悪いですよ」

「そうか? 色々と気にしすぎだろ」


 いや、影山さんの言い分はごもっともだよ。守銭奴呼ばわりしているように聞こえるもん。せめてほら、なんだ? 倹約家とか、色々と言いようがあるじゃん。


「奢られてる身ですから、別に偉そうなことを言うつもりはないですけど」


 ガンガン言ったほうがいいよ、この人には。言わなきゃわからないと思うから。

 なんつーか、人情家だけど細かい気配りができないというか、大雑把なんだよ。


「そんなことより美羽はどうなんだ?」


 ほら、アッサリと話題変えてきたもん。自分の発言のどこが影山さんの癇に障ったのかを、気にも留めてないもん。


「何がです?」

「ああ、いや、話戻っちゃうけどさ……。美羽は進次郎君のことどう思ってんだ?」


 まだすんの? その話を。もうどうでもよくないですか? なんで自らライバルを増やしにいくの? 絶対に選ばれるという自信があるってのは察するけど、それにしたって不合理というか。


「……その辺の男よりは多少マシかと」


 男嫌いの影山さんから、こういう言葉が聞けるのは嬉しいな。罵詈雑言じゃないというだけで高評価の部類だし。


「ふーん?」


 弄りがいのあるおもちゃを見つけたかのように、ニヤニヤしながら影山さんを見つめる風夏さん。よく見ると茜さんも、微笑ましいものを見る目になっている。針のむしろだろうなぁ、影山さん。


「何か言いたそうね」

「いんや? 嫌いじゃないんだなぁって」


 声が笑ってやがる。風夏さんが男だったら、間違いなく蹴りが飛んできてるぞ。


「……最初は嫌いだったわよ。今だって、女性関係に限れば擁護の余地がないぐらい最低な男だと思ってるわ。イケメンでもないくせに、よくもここまで……」


 あの手のこの手でたぶらかしてるならまだしも、普通に接して好かれるってのはそんなに最低なことなんかね? 相手から明確に好意を向けられていると知りながら逃げてるって意味では、最低かもしれんけどさ。

 あと、顔の話はやめない? アンタだって、可愛いけど地味系だろ。


「まー、女性関係はなぁ……」


 飛鳥さん? 擁護してくれないの? 敵側なの?


「なんつーか、思わせぶり? 『この男、絶対アタシに惚れてんじゃん』って、思わせる才能あるよねー」

「それ! それよ風夏!」

「やっぱし? うぇーい」


 なんのハイタッチだよ。妙な言いがかりで意気投合しないでくれよ、明確に名誉棄損だろ。勘違いさせたことなんて一度たりとてねぇよ。


「相手の自己肯定感を高めるのもうまい」

「それそれ! それだよ、未智!」

「……うぇい」


 こっちのチビコンビもハイタッチしだしたよ。コイツらが飲んでるのって、コーラだよな? コークハイじゃないよな?

 この流れ、俺も茜さんとハイタッチしたほうがいいのか?


「たまには恋とか性と無関係の話を……」

「そうやってすぐ逃げるところ、直したほうがいいぞ」


 どの口が言っているのだろうか。飛鳥さんにだけは言われたくないんだけど。


「私は今日この場で、ハッキリさせたいんだよ」

「何をです?」

「私は本気でキミと結婚する気だが抜け駆けは嫌だからな。全員の立ち位置をハッキリとさせておきたいんだよ」


 えっと? つまりその……参戦の意思を確認したいってことか? 争奪戦の景品にしないでほしいんだけど。


「とりあえず未智だけ降りるってことでいいんだな?」

「降りるとか降りないじゃない。進次郎君が私を狙ってる。皆がいくら頑張っても無駄だから、他の男を探したほうがいい」


 まだ言ってるのかよ。照れ隠しとかじゃなくて本気なのが怖い。そりゃ未智さんは可愛いし面白いけど、別に狙ってないよ? そりゃまあ幼馴染とかだったら間違いなく惚れてるけど、この状況だもの。


「未智がそれでいいならいいんだけど、私らが何しても文句言うなよ?」


 そう言って俺の横に座り、腕を絡める飛鳥さん。アレ? このくだり、さっきもやらなかった?


「未智はアプローチも禁止ね。興味ないんだから、別にいいっしょ?」

「なんで風夏に命令されなきゃいけないのか、理解できない」

「アタシらが狙ってる相手に手を出すなんておかしーじゃん? 未智は進次郎君に興味ないし、むしろ狙われてて迷惑なんでしょ?」


 嫌だなぁ、このやり口。未智さんはどう出るんだろ?


「進次郎君、面倒だから早く明言して」

「なんの話です?」

「流れでわかるよね?」


 わかんねぇよ。まず流れそのものがよくわかんねぇよ。これ性別逆にすると相当気持ち悪くね? オタクの男五人がオタサーの姫相手に『小生達を惚れさせた責任を取るでござる』みたいな感じで迫ってるわけじゃん? 向こうはそんなつもりないって言ってるのにも関わらずさ。


「貴方が私に告白すれば、この面倒な茶番も終わる」


 なんで自信満々なんだろう。俺が〝可愛い〟って言いすぎたせいで、変な自信がついたのだろうか? いや、元々自信過剰だった気もするな。


「申し上げにくいんですけど、別にその、未智さんのことを特別視してないと言いますか……。友達の一人と言いますか……」

「は? キャンプの時あんなにバキバキだったのに?」


 あっ、バカ! その話はダメだって!


「なんの話? 骨折?」


 良かった、少なくとも風夏さんはわかってないらしい。

 とにかく未智さんが余計なことを口走る前に止めないと……。


「飛鳥さん、この話やめません? 好意をハッキリさせるとか、そういうの無理強いするのは違うっていうか……」

「いや、こういうのはハッキリしといたほうが、後腐れがなくなるってもんだよ。恋愛で仲違いなんてゴメンだろ?」


 友情崩壊を避けたいってのは同意だけど、このままだとこの場で仲違いする恐れがあるんだよ。この話だけは墓まで持っていかんと……。


「進次郎君は私に首ったけ。だからあんなに大量に出した」


 お前、本当にいい加減に……。


「バキバキ……? 大量に出した……?」


 あ、あかん、影山さんの中で点と点が繋がりそうになってる。

 未智さんのヤツ、何を考えてんだよ。後腐れがないようにするって、言ってたじゃん。あの場限りの出来事にするって言ってたじゃん。


「本当に進次郎君の中では友達の一人? たまたま女だっただけで、ただの友達?」

「……魅力的な女性だと思ってますよ」

「ね? これが現実」


 絶妙に腹が立つドヤ顔で一同の顔を見渡す。これ、アレだろ? 漫画でよく見る、ナイフとか拳銃を背中に突きつけて紙に書いたセリフを強制的に読ませるヤツだろ?


「進次郎君は誰を一番性的な目で見てるの?」


 そ、そこまで言わせる気か? さすがに怪しくない?


「未智さんです……」

「ね? 彼は常に、私に襲い掛かろうと機を窺ってる」


 許されるのか? こんなん一種の誘導尋問だろ。


「なんか脅されてね?」

「風夏、無駄な脂肪を有しながら負けた屈辱はわかるけど、言いがかりはやめて」


 ……これどっちにしろ修羅場にならん? 未智さんに従わなかったら例の件暴露されるし、従ったら従ったで調子に乗るし。

 新居のお披露目がしたかっただけなのに、なんでこうなるかね。そろそろ俺以外の男をメンツに加えるべきかもしれんな。できればイケメンなヤツを。

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