#85 実家突入

 ここが飛鳥さんの家か、思ったより普通だな。顔の広さから、勝手に地主のような豪邸を想定していたのだが、存外こじんまりとしている。俺の実家と同レベルかな?


「そう硬くなるなよ」


 肩の力を抜けと言ってくださるのはありがたいが、実は飛鳥さんも緊張してんじゃないの? 門の前についてから三分くらい経つけど、全然中に入る気配がないし。


「あの、なんで入らないんです?」

「……まあ慌てんな」


 そう言ってタバコに火を点ける。え、こっからまだ五分ぐらい待つの?

 早く済ませたいし、何より暑い。気持ちはわかるが、もう覚悟を決めてくれよ。


「打ち合わせとかしてないですけど、大丈夫ですかね?」


 口裏を合わせるためにも、質問を予想して答えを用意しておいたほうがよかったのではないだろうか? 結局、俺らの関係について聞かれたときの上手い答えが、未だ見つかってないし。


「こーいうのは、何も考えないほうが自然な答えが出るってもんよ」

「まあ、最近は皆が皆しっかりと面接の準備をしてくるから、あんまり面接の意味がないって言いますもんね」


 あんなもの正直、通過儀礼みたいなもんだと思う。人事部がよほど優れていない限り、やるだけ無駄だろ。いや、んなことどうでもいいんだよ。


「自然な答えでいいんですか? ご両親を納得させる答えが必要なのでは」

「私達がどういう関係だろうと、親なんか関係ないだろ? 顔を出してやるだけで、上等ってもんさ」


 ……じゃあ早く出そうよ。明らかにいつもよりタバコを吸うペース遅いじゃん。ほとんど咥えてるだけじゃん。


「飛鳥? 何してんの?」

「あっ、オカン……」


 俺らの会話が中まで聞こえていたらしく、飛鳥さんの母親がドアから顔を出してきた。飛鳥さんの母親にしては、そこまで小さくないな。平均身長より少し低いぐらいだろうか。髪色は飛鳥さんと同じで、茶髪なんだな。顔も面影がある気がする。飛鳥さんと同じで中性的な顔立ちではあるが、飛鳥さんよりも女性寄りだな。まあ飛鳥さんも女性寄りではあるんだけど。


「おや、その人が……」

「進次郎君だよ」

「そうそう、進次郎君ね。こんにちは」


 あっ、俺に興味を示した。俺の話は前々から母親にしてると思うんだけど、どういう紹介してるんだろ。さすがに恋人とか、そんな紹介の仕方はしていないはずだが、どこまで信じていいものやら。


「初めまして、中岡進次郎です。飛鳥さんには、いつもお世話になっております」


 居候させてるって意味じゃ、お世話してる側なんだけどな。ややこしくなるから余計なことは言わないでおこう。


「うん、よろしく。……へぇ、飛鳥はこういう子が好みなんだね」

「別に見た目で選んだわけじゃ……」


 中身を見てくれるってのは嬉しいけど、なんか複雑な気分だな。いや、見た目がダメってのは重々承知してるし、言われ慣れてるけどさ。いや、実際に面と向かってブサイクと言われたことはそんなにないけど、態度でわかるじゃん? 『あっ、隣の女子に嫌悪感持たれてる』って。


「まっ、とりあえず二人とも上がってくれ」


 体格は似てないけど、喋り方は飛鳥さんと似てるな。胸はまあ……飛鳥さんより若干あるぐらい? いかんいかん、友達の母親相手に何を考えてんだ、俺は。

 どうでもいいけど、この人って女性にモテそう。女子高の王子様的な?


「お邪魔します」


 あまり人の家の中をジロジロ見るのもよくないが、なんていうか普通だな。俺の実家とさほど変わらないな。花瓶やら、どっかのよくわからないお土産品やら、そういう調度品がいくつか置いてあるぐらい。

 なんでどこの家も、下駄箱の上をお土産置き場にするんだろな? 一軒家に住んでる人って大体やってる気がする。


「もうすぐ旦那君が帰ってくるから、くつろいでてくれ。まっ、帰って来てからも、くつろいでくれていいんだけどな」


 本当にそっくりだなぁ、性格含めて。なんていうか、飛鳥さんの進化後っぽい。


「進次郎君、女性の家に上がるってのは緊張するかい?」


 茜さんで経験済みだし、ご両親と面談することに対する緊張が強すぎて、そういうことを考えている余裕がない。っていうか同棲してる時点で、今更そういうタイプの緊張なんかないだろ。まっ、機嫌取っとくか。


「ええ、とても」

「リビングごときでそれじゃあ、私の部屋に入ったら気絶するんじゃないか?」


 しないよ、どうせ男子中学生みたいな部屋だろ? ノスタルジーしか感じないわ。

 未智さんなら『飛鳥さんの匂いがする』ってなるんだろうけど、あいにく俺の嗅覚じゃわからんわ。そもそも滅多に帰省しないんだから、匂いなんて残ってないか。


「入る予定なんですか?」

「そりゃあ、せっかく家に来たんだから入るだろ」


 一刻も早く帰りたいんだけど、長居する気なん? 飛鳥さんも早く帰りたいだろ?


「飛鳥の部屋に男の子が入る日が来るなんてねぇ」

「うるさいぞ」


 なんだろ、ちょっと安心してしまった自分がいる。子供の頃は男友達が結構いたと言ってたからさ、気になってたんだよ。

 最低だよなぁ、過去の交友関係を気にするなんて。元カレとかならまだしも、小学生、中学生時代の男友達が部屋に上がったかどうかだぜ? 普通は気にせんって。


「外で遊ぶのが一番、楽しかったんだよ。我が家に新作ゲームがあれば、毎日だって男を呼びまくってたさ」


 いや、そういうの聞きたくないわ。呼ばなかっただけで、その気になればいくらでも呼べたとか、そんな話は聞きたくない。

 うん、俺ってとことん小さいな。


「それって自慢になんの? 飛鳥目当てじゃなくて、ゲーム目当てなんでしょ?」


 愛娘に対して容赦がないな。なんで煽るんだよ。


「うるさいな、もう。そういうオカンはどうなんだよ? モテたのかよ?」

「……思春期の男子なんて、胸しか見ないんだよ」


 あっ、母親もそういう感じなんだ。非モテの家系なんだ。

 胸とか関係なくモテそうなんだけどな、それは飛鳥さんにも言えることだけど。


「でも、部屋に男の子が来たことぐらいあるよ?」


 娘にマウントを取るな。多分だけど、世間一般的にはそんなに凄いことじゃないと思うぞ。


「どうせお菓子とかジュース目当てだろ? 婆ちゃん、めっちゃ出してくれるし」

「……うるさいな。口に出さないだけで、多少は私に下心あったはずだよ」

「どーだか」


 悲しくなるからやめよ? お父さんが帰ってくる前から、無駄にバチバチやりあうのやめよ?


「ごめんよ、進次郎君。こんなの相手にするのは大変だろ? 私だったら、全力で風夏ちゃんを落としにいくね」


 いや、〝こんなの〟って、あんまりでは? あと、なんで風夏さん?


「おい、よりにもよって風夏を出すなよ」

「なんでよ? 風夏ちゃんサッパリしてるし、スタイル良いし、頼み込めば良いことしてくれそうじゃん」


 わりとマジで最低なこと言ってんな。確かにそこまで親睦を深めてない頃から、身体的な接触をしてきたけども。


「進次郎君がそんな理由で仲良くなる相手を選ぶかよ。親父と一緒にするな」


 その信頼は嬉しいけど、親父さんが可哀想じゃない? 嫌いなの? 好きではないんだろうなってのは、薄々感じてたけど。


「あのなぁ、大学生だろ? ヤれそうな女を最優先にするのが普通なんだよ」


 大学生への偏見が酷い。そういう男も少なからずいるだろうけども。いや、それよりギャルへの偏見が酷すぎる。確かにガード甘そうだけど、ヤれるかどうかは別だと思うぞ。むしろ最後の扉だけは異常に固そう。


「進次郎君はスケベだけど、友達をそういう目で見ないさ。中身を見る男だ」

「中身を見たら、飛鳥と同棲なんてしないと思うけど」


 いや、辛辣だな。誰よりも中身を知ってる人間が、それを言うのは酷くない?


「どういう意味だ? これでも性格だけは良いと自負してるんだが?」


 それはそう。いや、顔も良いと思うけどさ。


「だって飛鳥、子供じゃん。典型的な一人っ子だし」


 あっ、それは確かにそうかもしれん。一人っ子特有のワガママさというか、少しズレた感じはあるかも。まあ、でも……。


「そこも含めて飛鳥さんの魅力かと」

「おっ? やっと会話に入ってきたと思ったら、急にのろけるじゃん」

「進次郎君……オカンの前で恥ずかしいじゃないか」


 おっと、余計なことを言ってしまったか? もしかしてカタにハメられた? 今までのプロレスみたいな会話って、もしかして釣り? 俺が飛鳥さんのフォローに入るのを虎視眈々と待ってた? ハハ、まさかね。


「ガサツだから一緒にいてしんどくないかい? 女らしさなんて皆無だろう?」


 実の娘なんですよね? 愛娘なんですよね? 独身ってだけで、ここまで扱い酷くなんの? そんなに孫が見たいの?


「俺は姉御肌だと解釈してますよ、飛鳥さんの性格を」

「へぇ、姉御肌ねぇ」


 俺の表現がよほど面白かったのか、ニヤニヤしながら飛鳥さんを見る。なんだこの親子、逆に仲が良いな。


「キミは短所を長所に言い換えるのが上手いねぇ。こりゃモテるわ」

「短所て……」


 俺から言わせてみれば、貴女が長所を長所に言い換えているのだが。

 アレ、なんか徐々に外堀埋まってない? セルフ埋め立てしてない?

 ん? 玄関のほうから音が聞こえたような……。


「ちっ……親父が帰って来たらしいな」


 ついにこの時がやってきたのか。飛鳥さんの話を聞く限り、一筋縄ではいかなそうだが、果たしてどうなることやら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る