#86 平行線

 飛鳥さんが二十七歳ってことは、ご両親って五十歳前後だよな? 母親のほうも相当若々しいが、父親のほうは明らかに二十代じゃね? 髪型や服装が若者風だからだろうか? そのツンツンヘアは陽キャにしか許されないだろ。


「さて、中岡君」

「は、はいっ……」


 俺みたいな陰キャにゃ辛いよ、ホストとヤンキーの間の子と接するのは。

 優しそうではあるんだが、平気でオタク弄りしてきそう。ほら、いるじゃん? オタクに悪意なく絡んでくる厄介ヤンキー。あんな感じ。


「コイツがキミの家に居候しているらしいが、どういう経緯でそうなった?」

「ええっと、ゲームで知り合ったんですけど……気付いたら住み着いてました」


 改めて考えると、一種の怪異だよな。座敷童とかそういう類の。求婚妖怪飛鳥とかどうよ? 語呂良くない?


「もう少し詳しく説明してくれないか? 知らない間に天井にクモの巣が張ってたみたいな要領で言われても困る」


 いや、まさしくそれなんだよ。もう少しマイルドな表現をするとしたら、軒先に住み着いた猫かな。今のところ怪異が一番納得できる表現なんだけど。


「えっと……たびたび俺……私の家に泊まりに来るようになりまして、気付いたら毎日いるって感じで……」

「典型的なヒモじゃないか、何やってんだお前は」


 本当に何をやってんでしょうね、この人は。商店街の手伝いに行くか、俺ん家でゴロゴロするかの二択だもんな。


「あ? 飯奢ったりしてるんだが? 大人の関係なんだが?」

「何が大人の関係だ。ギャンブルで手に入れた金で、人の家に転がり込みやがって」


 さすが血縁者とでも言うべきか、全くと言っていいほど容赦がないな。さすがの飛鳥さんもこれには、ぐうの音も出ないはずだ。


「元手は仕事で得た金だ。ビジネスで一発当てるのと、ギャンブルで一発当てるの、そこに違いはねえだろ」

「違うだろ……お前ってヤツは本当に……」


 親父さんが文字通り頭を抱える。どうやら呆れて怒る気力も出ないらしい。

 飛鳥さんの言うことも一理あるんだけど、親父さんの言うことは二理あるな。あぶく銭を生計に組み込むのは正直ね、よくないよね。


「で、だ……。お前は何が目的で中岡君の家にお邪魔してるんだ?」

「一緒に居たいからだよ。悪いか?」


 理由がイケメンすぎるのはさておき、なんでさっきから喧嘩腰なんだろうか。そんなに仲が悪いのか? 良い父親っぽい雰囲気出てんだけどな。


「中岡君はどうなんだ? 不満はないのか? いや、あるだろう。話してみなさい」


 両親からの評価低いな、飛鳥さん。商店街の人達からは高評価を得てるんだけど、他人だからこそか? いや、未智さんや風夏さんも飛鳥さんのことを舐めてる感じがするし、これが普通なのか?


「んー、たまには一人になりたい時もありますけど、別に不満という不満はそこまでないですね。強いて言うなら、もう少し家事をしてほしいとか……」


 一番の不満は、俺の下着を勝手に着用してくることなんだけど、口が裂けても言えないよな。


「あぁん? 一人になりたい時があったなら、その時に言ってくれよ。その場で言わずに、こういう場で文句タラタラ言うのは男らしくないぞ」


 言えんよ、邪魔だからどっか行けとか今更そんなこと。一人になりたい時って大体ナイーブな時じゃん? もしくは自慰をしたい時とか。どっちにしろ言えないよ。


「家事だって、手伝えって言ってくれたらいいだろ。口にしなきゃわからんぞ」


 だから言えないっての。人に命令するの苦手なんだよ、ましてや年上相手に。


「普通は何も言われずとも手伝うんだよ。お前、そういうところだぞ」

「一通りの家事は教えたつもりなんだけどねぇ」


 ド正論しか言わないな、この両親。反論の余地はないけど、どうせ……。


「女が家事をやるなんて昭和の考えだよ。平成の間、何してたんだい?」


 ご覧ください、これが独身のアラサーの実態です。なんというふてぶてしさ。


「それは汗水流して仕事してる女性のセリフだ。働かずに居候してるなら、全ての家事を担うぐらいの覚悟をしろ」

「うるさいなぁ……。私は商店街の手伝いで忙しいんだよ」


 知らんがな。無償でやってる以上、俺に尽くさない理由にならんし。


「だったら商店街の人達に居候させてもらえ。なんならお見合いもセッティングしてもらえ。探せば未婚の息子ぐらいいるだろ?」

「ほっとけよ。お見合いなんかしなくても、私には進次郎君がいる」


 無理矢理俺と腕を組んで、正論を跳ねのける。ナンパを追い払うために男友達を利用する時の動きじゃん。実は両片思いのパターンじゃん。ラブコメの王道じゃん。


「お前の一方的な想いだろ? お前は手間のかかる妹の域を超えん」

「はぁ? それが実の娘に言うことかよ! そのデリカシーのなさで、よく結婚できたもんだなぁ?」


 どっちも中々酷いことを言ってるな。頼むから醜い争いはやめてくれよ。


「確かに旦那君はデリカシーないねぇ」


 お母さん?


「俺の話はいいんだ、今は中岡君と飛鳥の話をしているところだろう」


 あっ、逃げた。思い当たる節があって、言い返せないのかな?


「あのなぁ、むしろ何が聞きたいんだよ? 私と進次郎君はラブラブなんだよ」

「何がラブラブだ。いい年こいて」


 年齢の話はやめましょうよ、お父さん。


「そんなに娘が自分から離れるのが辛いのか? 親バカもいい加減にしろ」

「何を寝ぼけたことを言ってんだ。俺はただ、ダメ娘が人様に迷惑をかけているというのが情けなくて……」

「迷惑なんかかけてないさ。なぁ?」


 ……アパート追い出されたんだよなぁ。いや、八割以上は未智さんのせいだけど。


「おい? なんでそこで沈黙よ?」

「いや、まあ……うん……楽しいですよ」

「そうかそうか、そうだろう」


 質問に答えていない時点で察するものがあってもいいと思うんだけど、この辺が飛鳥さんだよな。


「とにかくだ、若い子の家に転がり込むのはやめて自分のアパートに戻れ。もしくはここに帰ってこい」


 あっ、実家に帰るって選択肢もありなんだ。なんだかんだで親バカなんだな。言われてみれば、飛鳥さんが言うほど悪い親父さんじゃないというか、むしろ良い人っぽい気がするし。


「どっちもお断りだよ。これから二人で住む家を探しに行く予定なんだよ」


 あっ、そういやそんな話してたな。どうしよ、覚悟決まってないんだが?


「お前、この期に及んでまだ中岡君に迷惑を……」

「うるさいな、今回は私が家賃出すから問題ないだろ」


 あっ、マジで? 俺の親が出してくれる予定なんだけど、横領できるじゃん。小遣い爆増きたぞ。


「働いてもないヤツが何言ってんだ」

「仕事仕事うるさいな、金があんだからいいだろうが」

「だからぁ、金があっても仕事はしろと言ってるんだ。まだ若いんだから働け」

「さんざん年増扱いしておいて何を言ってんだよ」


 うーむ、一筋縄ではいかないというか、飛鳥さん側に問題があるよなぁ。これ、レスバで勝てる未来が見えないんだが。


「中岡君、泥沼になる前にハッキリ言っておいたほうがいいぞ」

「ええっと……?」

「交際する気はないってことをハッキリとだな……」

「親父、いい加減にしろよ? いくら進次郎君が大人しそうだからって、変な方向に誘導するなよ」


 どうしても俺と飛鳥さんを引き離したいらしいな。ドラマとかでよく見る『お前なんかに娘はやらん!』って感じじゃなくて、『お前なんか嫁に出せん! 逃げろ中岡君!』って感じだけど。


「仕事とか金とか交際とか、親父にとやかく言われる筋合いはない。もう帰らせてもらうぞ」

「いい加減、すぐ逃げる癖を直せ。そんなんじゃ同棲なんてさせられんぞ」

「逃げじゃないさ。話の通じない頑固おやじと話しても、時間の無駄だろ?」

「話が通じないのはお前だろう。同棲は時期尚早、とにかく働け、大人なんだからもう少ししっかりしろ、簡単な話しかしてないだろ?」

「だーかーらー! 私と進次郎君の問題だから、口を挟むなって言ってんだろ!」


 あかん、頭が痛くなってきた。これ収集つくのか? とりあえず飛鳥さんが仕事をしないことには話が進まなさそうなんだけど。

 っていうか俺と飛鳥さん、完全に交際する流れになってない? そういった話し合いをするために足を運んだわけじゃないんだが?

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