#79 ルート突入

 仕事が無くなったことにより時間ができたので、実家に顔を出した。嫌なことはなるべく早めに済ませたいからな。

 特筆することは特に無いかな。強いて言うなら強制退去の件だけど、新しい住居の敷金礼金を自分で負担するってことで丸く収まったよ。ウチは良くも悪くも放任主義だから、あんまりうるさいことは言われずに済んだ。俺も親になったら放任主義でいくべきか? いや、さすがに奥さんと話し合って決めたほうがいいかな。

 ……奥さんって単語から、当然のように飛鳥さんが脳裏をよぎってしまったよ。なんだかんだで、俺も飛鳥さんのこと大好きなんだな。

 などと考えながら帰宅したが、人の気配を感じない。お出かけでもしてるのかな?

 ……いや、いたわ。シャツとパンツというラフすぎる格好で昼寝してるわ。

 言っとくけど、パンツってガチパンツだぜ? ボトムスじゃなくて、下着のほうだよ。それはいいんだけど、いや、決してよくないんだけど、なんでトランクスなんだよ。こりゃあ、奥さんのイメージを別の人に変えたほうがいいかもしれんな。


「起きろハゲ、チビ、アラサー」


 絶対に起きないという確証があるのでボロクソ言ってみた。昔の俺に言っても信じないだろうな、気軽に悪ふざけができるような女友達ができるなんて。なんだったら女性と同棲って時点で信じないわ。


「んん……」


 俺の言葉に反応したのか、寝返りを打つ。いや、寝返りでうつぶせになる人いる?

 ……スケベな体勢のはずなんだが、トランクス姿だと色気ねぇな。スタイル抜群の風夏さんでも、トランクスじゃ興奮しないだろうな。健康的な太ももより、トランクスに視線バキュームされそう。

 ……起きないよな? 頼むから起きるなよ? 本当に頼むぞ?


「飛鳥さん? 起きてます?」


 念のために眠りが深いことを確認した後に、ゆっくりと手を伸ばす。滅茶苦茶緊張するな。やめとくか? いや、思いついたからには我慢できん。誤魔化す方法が思い浮かばないけど……ええい、ままよ!

 飛鳥さんが履いてるトランクスの端と端を掴み、割れ目に食い込ませる。うん、スケベだな。ある意味では本物のティーバックよりエロいかもしれない。

 想像以上に綺麗な尻で驚いたけど、それ以上に起きたらどうしようという不安が大きくて心臓が痛い。

 もう少し眺めたいし、なんなら触りたい。だが、バレたら絶交案件なので大人しく元に戻し、そのまま添い寝した。

 ……何やってんだろな、俺。いくら仲良くなったからって、いくら向こうが好意を寄せてるからって、いくらなんでも最低すぎるだろ。

 いつか謝ったほうがいいのだろうか。それとも墓まで持っていったほうがいいのだろうか。判断に悩むところだけど、今は罪悪感も何もかも捨てて、ただただ感謝しよう。おかげ様で、茜さんの親父さんに説教された件で悩まずに済みそうだ。




 変な夢っていうか、凄い夢を見た気がする。あんまり覚えてないけど、スケベな夢だったことは間違いない。やはり直前の悪行のせいだろうか?

 なんでああいう夢って、良いところで目が覚めるんだろうな? もしかして、童貞だからなのか? 脱がせたその先が未知の世界だから、処理できずに……。いや、それ言い出したら夢自体が未経験の世界じゃん。空を飛んだり魔法使ったりするけど、性行為以上に未知じゃん。


「おはよう。いや、もうこんばんはかな?」

「……」


 飛鳥さんが目覚めのコーヒーを用意してくれた。缶コーヒーというのが飛鳥さんらしくていいな。

 ……さすがにもうズボンを履いてるか。色気皆無の短パンなのに、妙に意識してしまうな。いつもより足が綺麗に見える。


「どうした? なんで目を逸らすんだい?」

「いえ……」


 罪悪感もさることながら、気恥ずかしさで自然と目を逸らしてしまう。自分でイタズラしておいてこんなことを言うのもなんだが、童貞には刺激が強すぎるぞ。

 アラサーのくせに少女みたいな尻しやがってよ。いや、少女の尻なんて生で見たことないけどさ。

 ほら、人間の体って何かしらあるじゃん? 多分グラビアアイドルとかも、加工しなかったらシミ的なのがあると思うんだよ。

 このアラサーね、フィルター無しで美肌保ってるのよ。俺の目にフィルター機能が搭載されたのかと思ったよ。


「キミにも色々あるだろうから深くは聞かないけど、相談したくなったらいつでも言ってきな」


 眩しい、あまりにも眩しすぎる。姉御肌を見せられると、罪悪感が増してくる。物理的に姉御肌を拝見したことに対する罪悪感が。


「相談じゃないですけど、俺の実家問題は処理してきましたよ」


 誤魔化すために午前中にあったことを報告する。


「実家に行ったのか? なんで私も連れて行ってくれなかったんだ?」

「え、来るつもりだったんですか?」

「そりゃ、そろそろ挨拶しとかないと……」


 いちいち友達を連れて行く必要ある? この人もう、結婚する気満々じゃん。外堀埋めようとしてるじゃん。


「とりあえず、敷金礼金やら引っ越し費用を自分で負担するってことで許してもらえました。家賃は今と同じぐらいの額なら払ってくれるそうです」

「実家に戻ってこいとかそういう話じゃないんだな?」


 そうか、普通の家庭はそうなるのか。『もうお前に一人暮らしはさせられん』って言われるのか。やっぱり放任主義最高だな。


「大学から遠いですしね。俺がいないほうが気楽ってのもあるでしょうけど」

「そっか、じゃあ私の借りてるアパートもダメだな」


 あっ、同棲は続くんだ。知ってたけどさ。

 っていうかさ、アンタ……。


「飛鳥さん……アパート契約してたんですか?」

「ああ、仕事してる時に借りたんだよ。今だったら断られるかもしれんけど」

「飛鳥さんの貯金額なら、そこは別に問題ないかと」


 入居審査で仕事について聞かれるのって、支払い能力があるか否かの問題だし。

 いや、そこじゃないんだよ。俺が聞きたいのはそこじゃないんだよ。


「アパート借りてるのに俺の家に居候してるんですか? それって、家賃もったいなくないですか?」

「まあ、今となってはただの物置だな。パソコンぐらいしか置いてないけど」

「間取りはどんなもんですか?」

「ん? 狭いワンルームだよ。共益費込みで一万八千円」


 それ事故物件じゃ……。いや、紐槻町ならそんなもんか?


「いっそのことさ、二人で良い物件借りないか? 私が金を出すからさ」

「それは……正式に届け出を出すってことですよね?」

「そうだな、住民票を移しちまおう」


 ……俺、逃げ場無くなってきてない? いや、同棲するなら当然の措置というか、今までがおかしいんだけどさ。


「善は急げだ。今度、物件見に行くぞ」

「そんな急がなくても……」


 心の準備というかさ、これって相当重要なことだと思うんだよ。下手すると関係がこじれる気がしてならない。


「おいおい、来月には追い出されるんだろ? 私の狭いアパートで同棲はキツイし、急いだほうがいいぜ?」

「まあ、一日二日で引っ越すのは無理でしょうし……」


 一旦同棲をやめるって選択肢はないのか? そもそもだな……。


「飛鳥さんが実家に連れ戻される可能性はないんですか? 今度、話し合いに行くんですよね?」


 アラサーで無職の娘が、ネットで時の人になったんだぜ? 強制送還からの、強制就職になるんじゃないの?

 っていうか、俺と飛鳥さんの縁を切られるんじゃないの?


「……親父を殴り飛ばしてでも拒否するよ。子供じゃないんだから、どう生きようが私の勝手だろ?」


 勝手をしすぎた結果がこれだから、問題なんだよ。

 待って、脳の処理が追いつかないんだけど。ただでさえ脳の容量を半分ぐらい飛鳥さんの尻に持っていかれてるのに、色々考えさせないでくれ。寝起きだぞ?

 えっと、飛鳥さんの金で新居を借りて同棲するんだよな? そうなってくると、今までのなあなあな関係じゃいられないよな?

 飛鳥さんの親がどう出るかわからんけど、反対を押し切って同棲したとなったら、もう遅かれ早かれ結婚するしかなくなるんじゃ?

 いや、俺はまだ大学生よ? 飛鳥さんは無職だし。

 っていうか他の子達はどうなる? 今までは居候だから黙認されてたけど、住民票移して本格的に同棲ってなると、黙ってないんじゃないか? 茜さんとか未智さんあたりが怒りそうなんだけど。

 

「次の日曜日、バイト休みだよな? ちょうど親父も休みらしいから、朝から私の実家に行って、その足で不動産見に行くぞ。腹を決めな」

「……はい」


 一歩一歩着実に飛鳥さんルートに入っていってる気がするけど、本当にいいのか?

 今更だけど俺、サークルクラッシャーになってない? 俺のせいで五人の友情にヒビが入りそうでならないんだけど。

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