#78 低評価
精神的なダメージと茜さんへの義理を天秤にかけ、時間ギリギリまで逡巡した後にバイトに向かった。
本来は悩むまでもないんだろうなってことを考えると、追加ダメージが入った。どこまでクズなんだろうか、俺は。
いかんいかん、あんまり自分を卑下すると皆に嫌われちまう。皆に迷惑をかけないためにも心を強く持とう。そうだ! 何が待っていようとも俺はくじけないぞ!
「進次郎君、来てそうそう悪いんだが話いいかな? 茜や飛鳥ちゃんの件だが」
あっ、くじけそう。
「うん、まあ、なんだ……酔い潰れるまで飲ませた私達側にも、まあ、問題はあると思うよ? それに関しては愚妻に代わって謝らせてもらおう」
親父さん、その言い方は逆に辛いんだけど。ああ、強い心が欲しい。
「誰が愚妻ですか。だったら貴方は愚夫よ、愚夫」
そう、たとえばこの人みたいに。
そういや愚夫って単語あんまり聞かないな。愚兄、愚弟、愚妻、愚妹辺りはよく聞くけど、愚夫と愚姉はほとんど耳にしない気がする。なんでかな?
「……我が家の賢妻に代わって謝罪を申し上げる」
いや、そんなアッサリと折れるなって。謝罪してる感ゼロだから。だからアンタは愚夫なんだよ。
「代わらなくてもいいわよ。別に頼んでません」
「……そうか」
目の前でそういうやりとりするのやめてほしい。申し訳なさで胃液が逆流しそう。
っていうか飛鳥さんが酔い潰れたことに関しては、この人達に非なくない? この人達が参加する前から、飛鳥さん酔い潰れてたし。
「ゴメンなさいね進ちゃん。お怪我はない?」
「いえ、お構いなく……」
「いやぁ、惜しかったわねぇ。もうちょっとでお家だったのに」
うーん、惜しかったのかな? だって家の裏側の公園だぜ? あっち方面から歩いてくることはないだろうし、おそらく自分が住んでる棟をスルーして公園に行ったものだと思われるんだが。
「進ちゃん進ちゃん」
開店準備が一通り終わったのか、茜さんが面談に交じってきた。話がややこしくなるから、申し訳ないけどあっちに行ってほしい。
「飛鳥ちゃんとどこまで行ったん? 本当に寝てただけ?」
なんでそこを疑うんだよ。いくら泥酔してても、野外プレイなんてせんよ。未だに屋内プレイさえしてないんだから。キスも間接キス止まりだぜ? ……そういえば、キャンプの時に未智さんとキスしちゃったんだよな。
本当によく許してくれたよな、飛鳥さん。いや、怒る権利が発生するような関係までいってないんだけどさ。
「この店を出た時の記憶すらないんで、よくわからないです。ただ、目が覚めたら砂場に立派な山があったんで、砂遊びしてそのまま寝ただけかと」
自分で言ってて意味がわからんな。ああ、恥ずかしい。
「二人ともお子様やねぇ」
あの、ご両親の前で頭を撫でないでもらえますか? あと、嬉しそうに見えるのは俺の気のせいかしら?
もしかして嫉妬してんのかな? もう色々とどうでもいいし、ちょっと意地悪してみるか?
「いや、ヤることヤったような気も……」
「……笑えん冗談やねぇ」
やめときゃよかったよ。雉も鳴かずば撃たれまい、いや、どっちかといえば藪蛇だろうか? カリギュラ効果ってのは人類の永遠の課題だなぁ。
それにしてもなんて冷たい声を出すんだ、この人は。冷え切った手で、心臓を掴まれたような錯覚を覚えたよ。
既に何度か同じ思いをしているのでなんとか耐えられたが、初対面でこの威圧感を受けたら正気を保てる自信がない。声が震えてまともに喋れなくなることは間違いないだろう。
「すみません……本当の本当に冗談です。ちょっとしたお茶目というヤツでして」
「謝れて偉いねぇ」
ああ、落ち着く。あんなに怯えていたのに、頭を撫でられるだけで平静を取り戻せるのだから、我ながら安上がりな男だよ。
「茜、彼はもう大人なんだから、あんまり子供扱いは……」
「お父さん?」
「……なるべく二人の時にな」
この人、いくらなんでも奥さんに弱すぎない? 奥さんも奥さんで、もう少し夫に発言権をあげようよ。前々から疑問だったんだけど、こういうヒエラルキーに極端な差がある家庭って、なんで上手くいってるの? 普通、我慢の限界がきて破局せん?
「そろそろ話を続けてもいいかな?」
「……ええよ」
「いや、茜じゃなくて……いや、まあいい。続けるよ」
なんだろう、この親父さんとは仲良くできそうな気がする。やたらと親近感がわくもん。茜さん以外の女性とくっついた瞬間、敵対しそうな気がするけど。
「進次郎君の人生だからあれこれ言うつもりはないんだけどね、あまり変なことをされるとウチの沽券にも関わるんだよ」
正論すぎてぐうの音も出ない。最近この展開が多いような気がする。
ちょっと待ってくれ、本当に待ってくれ。俺って、家を追い出される上に仕事まで失うの? 生きるためとかじゃなくて、社会経験を積むための修行だからそこまで重要じゃないんだけど、それでもバイトを二連続で速攻クビとか自信無くすぞ。
「確か二十一歳だっけ?」
「そうですね、大学の三回生です」
「成人して間もないから、仕方ないと言えば仕方ないんだけどね? でもお酒を飲めるようになってから一年経ってるわけだし、泥酔しない飲み方をだね」
……貴方の奥さんと娘さんですよ? 俺にガブ飲みさせたの。最終的な責任は俺にあるってのはわかるんだけど、断れない雰囲気だったじゃん? 被害者ヅラする気はないけど、そこを責めるのは違うくない?
「それにね、あの日本酒結構良い銘柄なんだよ? 私が晩酌するために買ったのに、それを遠慮なく……」
それこそ違うくない? 俺に言わず、奥さんに言ってくれよ。怖いのは痛いほどわかるけど、だからって俺のほうにくるのはおかしいって。八つ当たりに近いよ。
「大体ね、ウチは別にバイトを募集してないんだよ。いや、キミが頑張ってくれてるのはわかるし、助かってるんだがね」
「はい……」
「茜の独断らしいから、キミに言うのも筋違いだってのはわかる。だけどね、バイト先なんていくらでもあるわけだし、女の子に働き口を世話してもらうってのは男としてだな……」
あれ? この人、大家さんと同じ匂いがしてきたぞ? 仲良くできそうだと思ったのは、俺の思い違いか?
「お父さん? その話が重要?」
ネチネチとした責めに苦しむ俺を哀れに思ったのか、お母様が助け舟を出す。救命ボートというより、大型の戦艦だけど。
「……まあ、それに関してはもういい」
本当にすぐ折れるな、この人。マッチ棒かよ。
「ただ、これだけは真面目に答えてもらいたいんだが……飛鳥ちゃんとはどういう仲なんだい?」
「……友達です」
「そうかい? 少なくとも飛鳥ちゃんは、キミに好意を持っているように見えたが」
んなこと言われても……。っていうか何よ、真面目に答えろって。俺達がどういう関係でも、アンタに関係ないじゃん。
「それに同居しているらしいじゃないか。男同士ならわかるが、異性の友達と同居なんてあるか? お金に困っててルームシェアというわけじゃないんだろう?」
ああもう、面倒くさいな。俺だってよくわかってないんだよ。ある日を境に結構な頻度で俺の家に泊まりに来るようになって、気付いたら居座ってたんだよ。
「友達だって言い張るのは無理があるんじゃないか? それは関係をあやふやにしてるだけで、一種の逃げ……」
「お父さん、男女の仲には色々あるんですよ。特に若い子達は」
「……それは否定せん」
そんなにすぐ折れるなら、もう何も言わないほうがいいんじゃない? 元々どういう意図で、その質問をしてきたのか知らんけどさ。
「だが、他の子達とも仲良くしてるじゃないか。友達だと言い張るのは勝手だが、そんな信用できない男に大事な娘を……」
「…………」
「仲良くしてくれるのは嬉しいが、えっと、そのだな……」
すげぇ、茜さんマジですげぇ。一文字も声を発さずに父親を威圧したぞ。
それはさておき、親父さんの言いたいことがわかってきたぞ。そっか、親としては不安だよな。俺の女性関係って傍から見たら異常だと思うし、そんなヤツに娘を近づけたくないよな。
飛鳥さんのこともよく知ってるみたいだから、尚更不安だろう。今まで異性の影が全くなかった飛鳥さんと、出会って一ヶ月かそこらで同棲してるもん。普通の男とは思えないよな。
「……ネットで見てしまったんだが、あれだ……。その、外で茜を抱っこしてたらしいじゃないか」
あっ、やべっ……。変な汗が出てきたぞ……。
あの、お母さん? なんで楽しそうなんですか? 『若いっていいわねぇ』って顔してるけど、母親として思うところないの?
「まだ話の途中だが、もうそろそろ開店の時間だな。せっかく来てもらったところ悪いけど、今日は帰ってもらえるかな?」
え……いいの? 正直気まずいから、帰りたいと思ってたところだよ。なんならもう、いっそのことクビでも……。
「お父さん、それは横暴なんよ」
……怖い。目も声色も表情も、全てが怖い。個人的には、茜さんが五人の中で一番可愛いと思うけど、それと同様に一番怖い。
もし茜さんと結婚したら尻に敷かれるんだろうな。いやまあ、それは他の四人にも言えることだけど。
「……今日分の給料は出す。社会勉強が目的のキミとしては不服かもしれないが、働かなくてラッキーだと思ってくれ」
マジ? 申し訳ないという気持ちは当然あるけど、貰えるなら貰うよ?
茜さんとお母さんは納得いってないみたいだが、正直なところ俺としては願ったり叶ったりだ
……なんてな。今日一日、いや、しばらくは親父さんに言われたことを引きずると思う。せっかく休みを貰えたが、このことを考えてるうちに一日が終わりそうな気がしてならない。強い心を持とうとしていた俺はどこに行ったんだろう。
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