#70 公開処刑食堂
ここって定食屋だよな? あくまでも酒はついでで、ランチがメインだよな? なんか昼間っから飲んでる人が多いんだけど。
いや、理由は明白なんだけどさ。
「んでな、迷惑客はそのままサツにしょっぴかれたんだよ」
「さすが飛鳥ちゃんだな、不良相手に蹴りくれてやるなんて」
「良いことしたな」
飛鳥さんのしょうもない武勇伝という、大皿の肴のせいだよ。ちなみに今話してるのは、この間のキャンプで迷惑客を蹴り倒した話。そんな話を公共の場で垂れ流すなよ。吟遊詩人の蛮族バージョンかよ。
ホント、おっちゃんらってこういう話好きだよな。良識ある大人だったら『あんまり危ないことしちゃダメだぞ。いくら相手が悪くても、軽々に暴力を振るっちゃダメだぞ』って、注意するべきだと思うんだけど。
「進次郎君さぁ、一つ言ってやろうかぁ?」
うわ、こっちに火の粉が! 客席を巻き込むタイプの芸風かよ! スベった時に巻き込まれるヤツじゃん。
「あのさぁ、二人でコンビニとか行くじゃん?」
「まあ……二人ともまともに料理できないですし」
コンビニ弁当ほぼほぼ制覇したんじゃないかな。早く新しいのを出してくれないかな。たまに飲食店とコラボした弁当出してるけど、もっと頻繁にコラボしてくれよ。
「でさぁ、雑誌コーナーの前通るじゃん?」
「ええ、通りますね」
「そん時さぁ、いっつもキミさぁ、必ずさぁ」
酔いが回っているせいか、いつもより回りくどい気がする。どうせ大したオチないだから、早く言ってくれよ。下手にためればためるほど、滑った時のダメージがでかいぞ? 面白くない話はサラッとすましたほうがいいぞ?
「グラビアの姉ちゃんをチラ見してるだろぉ」
「……えっと」
バ、バレてたぁ! 飛鳥さんが常に前を歩いてるからバレてないと思ってたのに!
「なんの雑誌が置いてるか確認するフリして、各雑誌の姉ちゃんガン見してるよな」
まずい、変な汗が……。
おっちゃんらが爆笑してるのが救いかもしれん。いや、アンタらも絶対見てるだろ? クレジットカード読み込むまでの暇な時間に、レジ横のグラビア見てるだろ? 名前覚えて、後で検索かけてるだろ?
「書店の手伝いした時も、雑誌陳列する時にガン見してたよなぁ?」
いや、えっと、ちゃうねん……これはちゃうねん……。
「あーあ! 男なんて結局、胸が好きなんだよなぁ!」
傷つかない程度の威力でジョッキを机に叩きつけながら、怒りの心情を吐露する。
「薄着の女の子とすれ違うたびにチラ見してさぁ! 私と一緒に歩いてること忘れてんのかぁ? チビだから見えてねぇのか?」
そ、それもバレてるのか……。バレないようにさりげなくってのを常に意識していたはずなんだが、なぜバレた? 俺の視覚をジャックしてるのか?
「階段を上る時も、女の子の足ガン見してんだろ? ミニスカの女子高生は勿論、ケツがデカい女がいたら絶対に見るもんなぁ!」
汗が止まらんぞ? おかしいな、空調の故障かな?
くそっ……何から何までバレてやがる。目の前の尻を見ながら『デカプリ子だな』とか考えてることがバレてやがる。
「若いわねぇ」
茜さんのお母様を見ろ、飛鳥さん。アレが大人の女性だ。大人の余裕なんだ。飛鳥さんもいい歳なんだから、もう少し落ち着きをだな……。
「駅前とかで座り込んでる女子高生のスカートの中とか、さりげなく覗こうとしてるだろ? 相手も気付いてるからやめな? 通報されても擁護できねぇぞ?」
この人は何をしにきたんだろう。人のバイト先に押しかけて、酒に付き合わせて、その挙句に公開処刑。いたたまれないんだけど。
「私も同席させてもらおうかねぇ」
ほら、茜さんまで職務放棄しだしたよ。お父さんが復活したからって、厨房抜けていいのか?
「いいかい? 進ちゃん」
「は、はい、なんでしょうか」
笑顔が怖い。俺はいつまでこの人の笑顔に怯えなきゃいけないのだろう。不思議だよな。殴りあったら勝てるだろうに、心の底から恐怖してるぞ。
SNSでこういう話をすると、しょうもないヤツが『笑顔は本来攻撃的な物でうんたらかんたら』みたいなことを得意げに語ってくるだろうな。聞きかじりの分際で偉そうに語るなよってな。俺と同じような体験をしてから言えってな。
「道行く女の子達はねぇ、自分のためにオシャレをしとるんよ。進ちゃんに見てもらうためにスカートを履いてるわけじゃないんよ」
「そ、それはまぁ……」
「進ちゃんが見るべきは誰なのか、それをよぉく考えようねぇ」
「はい……」
とにかく胃が痛い。なんで仕事と無関係のところで傷つかなきゃいけないんだ。いや、仕事で傷つくのも御免被るけど。
「スケベなくせに、私に一切手を出さないってのが腹立つんだよ。言っとくけどなぁ! グラビアなんて加工ありきだからな!」
そりゃ多かれ少なかれ加工を施してるだろうけど、あまりそういうことを言うもんじゃないよ。角が立つからさ。
「実物見たら意外と肌が汚いもんだぜ?」
「それはまあ、写真と比べたら誰だってそうでしょう」
言いたいことはわかるんだけど、他人を下げるのってどうなんだ? あんまり飛鳥さんにそういうことしてほしくないんだけど、それも理想像の押し付けになっちまうんだよなぁ。これが人付き合いのしんどいところよ。
「私を見ろ、私の肌を」
「毎日のように見てるし、触ってますよ」
家の中で常に密着してくるもんな。おかげでエアコン代が高くついてかなわん。
「体の成長が止まってるせいか、肌だけは異様に綺麗なんだよ」
確かに年のわりには瑞々しいけど、反応に困るからやめてくれ。あんまりこういうことを言いたくないけど、飛鳥さんとか未智さんの身長ってわりとギリギリだと思うんだよな。俺が知ってる限り健康だし、顔つきも普通っていうかむしろ人一倍整ってるから、病気の可能性は低いと思うけど……。
「他の女を見るなとまでは言わないけどさぁ、まずは身近な女の子を……」
あっ、急に力尽きた。
あーあ、日も高いうちから酔いつぶれちゃって。こちとらまだ仕事中だってのに。
長居していた他のお客さん達も、吟遊詩人が営業をやめたことでポツポツと帰り始めた。この人の影響力って凄いんだなぁ。
「じゃあ私達も本格的に飲みましょうか」
え、ママさん何言ってんの? なんか店を閉め始めたんだけど。
パパさんが何か言いたげな顔してるけど、お構いなしといった感じだ。どこの家も妻が強いんだなぁ。
「ほら、これ旅行のお土産よ」
高そうな日本酒を机の上に置く。これまたパパさんが何か言いたげだが、一切気にする様子はない。
……え、急に面談始まる流れ? すっ飛ばした面接を今からやる流れ?
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