#69 相席食事処
普段は茜さんの母がホールを担当しているらしいのだが、父が不慮の事故で現場に立てなくなり、母が調理場に立つことになった。要するに、俺の仕事量が増えたってことだ。いい歳こいて何やってんだよ、この夫婦。
「おいーっす」
「おお、飛鳥ちゃん。遊びに来てくれたんやねぇ」
え、なんで来んの? 仕事増やしに来たの? 俺、バイト中に知り合い来るの嫌な派なんだけど? いや、飛鳥さんだからいいんだけどさ。
「ほら、エスコートしてくれよ」
「なんですか? その手は」
「何って、エスコートだよ」
そういう店じゃないんですよ、ここは。それ多分『お嬢様』って呼んでくれるタイプの店だろ? 行ったことないし、今後も行くことないだろうから知らんけど。
「進ちゃん。ちゃんとエスコートしてあげんと」
茜さん? グルなの? 袖の下貰ってる?
いや、俺は別にいいんだけどさ、他の客と対応に差をつけるのってあんまりよくないんじゃないの? 誰も文句なんか言わんだろうけど。
「あらあら、茜ちゃん。彼氏君を取られて平気なの?」
「ええんよ。男の子は火遊びしちゃう生き物なんやから」
「ふふっ、一皮むけたわね」
「それほどでもないんよ」
何この親子? 家族団らんの文化が違いすぎるぞ。そりゃ家庭による差は大きいだろうけど、明らかに特殊な例だろ。
「キミ、あんまり制服似合ってないな」
「食べるものを買いに来たんですか? それとも喧嘩を売りに来たんですか?」
「ハハハ、面白い言い回しだな。接客業向いてるよ」
仕事の邪魔だから帰ってくれんかな。他にお客様いないならいいけど、半分以上席埋まってるんだよ。
「おいおい、茜ちゃんだけじゃなくて、飛鳥ちゃんにまで手を出してんのか?」
「ふてー野郎だな、おい」
あ、この店でも有名なんですね。飛鳥さん、どんだけ顔広いの? 地主の娘とか、地域密着型ヤクザの娘ならまだしも、この人ただの成金ニートなのに。
今更だけど、俺ってニートに惚れかけてるんだな。ネカマとニートって、考えうる限り最悪のアベックなんだけど。
「おい彼氏君。いや、二股君よ。浮気は男の甲斐性なんて、古いぞ? お前も男ならハッキリと……」
「オジちゃん、あんまり進ちゃんをイジメちゃあかんよ?」
「……はい」
あっ、茜さんのプレッシャーってオジさん連中にも通用するんだ。キャンプ場で絡んで来た厄介客も案外、茜さんだけで撃退できたんじゃ……。
「ほら進次郎君、瓶ビールお酌してくれよ」
誰様のつもりだ、お前は。なんで二股とか言われてる状況で、そのおねだりができるんだよ。体のわりに心臓強すぎんだろ。
「当店の瓶ビールはセルフサービスとなっております」
「金ならあるぞ」
さすがに厄介客すぎる。いや、こんなところで万札ヒラヒラさせるな。
「いい歳こいて何を言ってんですか、もう」
「年齢の話する必要あったかい?」
「急に真顔にならないでくださいよ」
今更怒ることか? アラサーネタぐらい許される仲だろ。仮にそういう仲じゃなくても、今回に限っては許されるよ。だって出禁にされてもおかしくない態度だもん。
「婚期逃しそうな女の心を掴んどいて、あっちゃこっちゃフラフラしてんだぞ? キミは。私は選ばれなかったら、生涯独身になることが確定してんだからな」
確定はしないだろ、別に。次に行けばいいじゃんか、多分女性ってそういう生き物だろ? いや、行ってほしくないんだけどさ! 俺だけを見てほしいんだけどさ!
「そうだぞ、飛鳥ちゃんはもうすぐ高齢出産になるんだぞ」
「若いうちに子供作らねぇと、苦労するぞ」
出たよ、田舎のオジさん特有のノンデリ発言。時代の流れについていけてないんだよなぁ。価値観は常にアップデートしないとダメだぞ? こういう人らって『今の時代ってすぐにハラスメントになるよなぁ』とか抜かすけど、その発言が出る時点でハラスメント体質なんだぜ? ハラスメントしない人って、そんな悩み持たないもの。
「オジさん達」
「おっ、どした? 茜ちゃん」
「四つほど白子が欲しいんやけど」
ヒュンってなったよ。包丁持ちながらそんな恐ろしいこと言わないでくれよ。
ほら、オジさん達も黙りこくっちゃったよ。
「あらら、場を和まそうとしたんやけどねぇ」
人の感情に対する理解度が低すぎる。
今ので笑ってるのは、飛鳥さんだけだぞ。
「茜は本当にやりそうで怖いんだよ」
凄くわかる。作業完了まで笑顔を崩さなさそう。
「さすがにやらんよぉ」
「ははは、そうですよね」
「まあ……進ちゃんを傷つけられたら話は別やけど」
最強の抑止力だよ。個人で核保有した気分だよ。
前にも同じようなことを言った気がするけど、茜さんどんどん性格変わってきてないか? それとも本性を出し始めただけ?
本人の前じゃ口が裂けても言えんけど、なんていうか……結構下品だよな。
「で……飛鳥さんは何をしに来たんです?」
「飯屋の客に聞くことか? 飯食いに来たに決まってるだろ」
嘘つけよ。いや、実際に食べるわけだから嘘ではないんだけど、絶対主目的ではないだろ。俺の家に転がり込んできてから、一度でもこの店に来たか? いや、俺が大学に行ってる間に来てるのかもしれんけどさ。
「で、本当は?」
「家に一人でいるの寂しい」
そんな理由で来ないでくれ。大人しくネトゲでもしてろよ。俺の代わりにレベル上げといてくれよ、最近ログインできてないんだから。
そういや、他のギルドメンバーどうしてっかな。姫が突然消えて、士気下がってんじゃないかなぁ。
「飛鳥ちゃんも働いたらどう? 長いこと働いてないでしょ?」
あっ、ニートになって久しいんだ。WIN5当てたとはいえ、まだまだ人生長いだろうから、働けるうちに働いたほうがいいと思うんだけどな。大学生風情が偉そうなこと言うつもりはないけど。
「んー、まあ働くとしたらこの店だけど……でもなぁ」
「思うところあるんですか? 仕事することに対して」
「私が働いたのって三年ぐらいなんだけどさ……」
だいぶ短いな。確かこの人って高卒だよな? 二十七歳まで何してたんだよ。
「地元で働けば良かったって、何度も後悔したよ」
ビール片手に遠い目をする飛鳥さん。昼間っから飲んでることについては触れないでおこう。
「百四十七センチしかないし、スタイルもキュッキュッキュだし、顔は女顔の男子中学生みたいだし、化粧とかファッションもサッパリだし……。まあ、変な目で見られるわな」
そういうもんなのかな? 容姿だけで奇異の目に晒されるとか、社会に出るのが怖くなってくるんだけど。
「当時ってさ、まだハラスメント意識低いっていうか、話題に出始めたころでさ……なんつーか、ハラスメントを主張するヤツがバカにされる風潮だったっていうかさ」
なんだろう、あんまり聞きたくないんだけど。
「第一さぁ、世の中皆、人にケチつけすぎなんだよなぁ」
嫌なことを思い出して辛いのか、ものすごい勢いでグラスを空にする。
かける言葉が見当たらないので、何も言わずビールを注いであげた。社会経験がない俺にできることなんて、これぐらいのもんさ。
「ファッションやメイクに無関心なだけで、病気扱いされるんだぜ? まっ、私の場合は体型の問題もあるんだろうけどな。ハハハ」
……キレそう。怒りと悲しみが同時に押し寄せてくるのを感じる。
どこの誰が、いつ、なんのためにそういうことを言ったのか知らんけど、胸糞が悪いな。平気で人を傷つけられるヤツのほうがよっぽど病気だろ。
「飛鳥ちゃん、簡単なおつまみできたから食べや」
「あっ、サンキュ。なんか気を遣わせちまったな」
「ええんよ。負の気持ちなんか溜め込んでもええことないんよ」
そうだよ。ためたところで限定の皿が貰えるわけでもないし、好きなだけ吐き出せばいいさ。他のお客さんが気まずそうにしてるけど、気にすることはない。
「はいっ、この話はおしまいっと。進次郎君も飲もうぜ」
空気の重さを感じたのか身の上話を打ち切って、俺に相席を要求してきた。
茜さんと、茜ママがアイコンタクトで許可を出してきたので、隣の席に失礼する。
大丈夫かな? このままアフターまで要求されたりせんよな?
いや、アフターも何も既に同棲してたわ。
……出会った当初は距離の詰め方がおかしい人だと思ってたけど、なんなら今でも思ってるけど、さっきので理由がわかった気がする。
人間関係、主にデリカシーのない男のせいで辛い思いをしてきたからこそ、良好な関係が築けそうならグイグイいっちゃうんだろうな。
……いいのかな、こんな依存に近い形で好意寄せられて。田舎娘がホストの色恋営業にハマッてるようなもんじゃないか?
そしてタチの悪いことに、俺も依存気味になっている。このままズルズルいってもいいのかね。
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