#65 縁故採用
うーむ……日本人の悪い癖なのか、はたまた俺自身が小心者なのか、どっちかは知らんし、重要じゃない。だけど、罪悪感が凄い。
そりゃ、俺がバイト先でされたことって、訴えたら勝てるレベルで酷いと思うよ?
パワハラやイジメ、サービス労働、給料を遥かに超える重労働、食べてもないのに引かれる賄い費、自腹の作業靴と作業ズボン。
向こうは完全に違法で、飛鳥さん達がしてくれたことは一応合法。
こちらに理があると思うんだが、それでも罪悪感に苛まれる。
目にもの見せてやりてぇって思ってたくせに、いざ報復が成功すると心にトゲが刺さるって、我ながらめんどくせぇ性格だよなぁ。
「どうしたんだい? せっかく予定より早く辞めれたんだから、嬉しそうにしたらどうなんだい?」
「そりゃ嬉しいですよ。一ヶ月も早く地獄から抜け出せたんですから」
そう、例の一件による売り上げ不振と、俺に対する不信で契約よりも一ヶ月早くクビを切られたのだ。まさに嬉しい誤算です。
これも訴えたら勝てそうだけど、辞められたこと自体は僥倖なわけだし、素直に喜ぶべきだろう。
でもなぁ、こんなしょうもないことで商店街の皆さんや、他の一般客に迷惑かけたって考えるとな。店側も一斉解雇やら、在庫管理の混乱で今後は苦しむだろうし。
「せっかく奢ってやるのに、そんな暗い顔されちゃかなわんぞ?」
「それはすみません……」
「ほらほらほら、泥酔しちまいな。酔った勢いで間違いを起こしてもいいんだぞ?」
よくないよ、アルハラとセクハラを同時に犯さないでください。飛鳥さん的には、俺が犯す側なんだろうけど。やかましいわ!
「俺を酔わせたってつまらんですよ?」
「いや、面白かった……いや、面白いかもしれないじゃないか」
……? 飛鳥さんの前で泥酔したことあったっけ……?
強いて言うならスナックでウイスキーをガブ飲みしたときぐらいだけど、あん時は飛鳥さん爆睡してたしなぁ。
「第一、俺が酔いつぶれたらどうやって家まで帰るんですか? アナタもベロベロになるまで飲むってのに」
近所とはいえ、おんぶさせられる身にもなってくれよ。酔っ払いが酔っ払いをおんぶって、普通に危ないからな? 俺がケガする分にはいいけど、飛鳥さんを怪我させた日にゃあ……。
「そん時は肩を組んで帰ろうじゃないか」
「この身長差でどうやって組むんですか」
間違いなく俺の腰が死ぬわ。
「それで? これからバイトどうすんだ?」
「うーん……」
それなんだよなぁ。あそこより酷いバイト先もそうそうないだろうけど、軽くトラウマになっちまったんだよな。しばらくは体と精神を休ませたいし、勉学に励むか?
考えてみれば、この人達と遊んでばっかだし、そろそろ勉強しないとまずいよな。
「下手に間を置くと、働くの嫌になるぜ? 無理しろとまでは言わんけど」
「それもそうなんですけどねぇ」
確かに言われてみれば、社会人になったらしばらく間を置くって選択肢がないんだよな。転職するにしたって、給料が無い期間が長引くと苦しくなるだろうし。
難しいことはわからんけど、住民税とか保険とか年金とか、その辺も面倒になりそうだし。だって無職でも払わなきゃいけないんだろ?
「そうだ! 茜ん家で働いてみたらどうだ?」
妙案が思い浮かんだと言わんばかりの勢いで提案してきたが、いつもの無責任な発言だろう。この人って妙に子供っぽいというか、年の割には考えなしというか。
「募集なんかしてるんですか?」
「雑用くらいあるさ。私に任せとけって」
いや、任せろと言われてもだな。向こうの事情ってもんがあるじゃん? そりゃ飛鳥さんとか茜さんが経営してる店ならいいけど、親御さんが経営してんだろ?
言っても聞かんだろうし、とりあえず任せておくか。きっと向こうの親御さんが、上手く断ってくれるだろう。
「似合っとるねぇ、進ちゃん」
通ったんだが? 妙案という名の思い付きが通ってしまったんだが?
茜さんのご家族に申し訳ねぇよ、こんなん。
「お父さんの制服なんやけど、サイズがピッタリでよかったんよ」
ほら、お父上のおさがりだもの。バイト用に用意したものじゃないもの。つまり受け入れ態勢なんか、ハナからないってことじゃん。
「急にすみません……」
「謝らんでええんよ。進ちゃんと飛鳥ちゃんが頼ってくれて、本当に嬉しいんよ」
俺が頼ったわけじゃないんだが、喜んでくれてるようで何よりだ。
そういや給料とか細かい話をしてないっていうか、面接さえまともにやってないんだが? っていうか親御さんにまだ会ってないんだが?
「あの? お父様とお母様は?」
「おやおや、お義父さんだなんて気が早いねぇ」
……? 何言ってんだ、このロリバ……お姉様は。
「んーとね、お父さん達には温泉旅行に行ってもらっとるよ」
「行ってもらってる? 茜さんがプレゼントしたってことですか?」
なんて親孝行な。俺なんか、給料全部自分のために使ったぜ? いや、別にまだ使い切ってはないんだけどさ、親には一円も使わない予定だぜ? 使うとしても飛鳥さんかなぁ。
「大層喜んどったよ」
「それはそうでしょう。でもなんでこのタイミングで?」
俺はまともに料理なんてしたことないし、前にやってた皿洗いも特殊っていうか、まともな店では通用しない洗い方だぜ? 当然、接客もできないし。
ハッキリ言ってしばらくは足手まとい、いないほうがマシレベルだぞ? このタイミングでご両親がいないってのはまずいんじゃ。
「親と喧嘩はしたくないからねぇ」
……?
俺の頭が悪いのだろうか? イマイチ要領を得ないというか、ピンとこない。
「バイト雇うなんて言ったら反対されるだろうしねぇ。いない間に雇っちゃえば、もうクビにできないと思ってねぇ」
え、何してんの? 善意、親孝行で温泉旅行プレゼントしたわけじゃなくて、厄介払いのために島流しにしたってこと?
鬼の居ぬ間に洗濯っていうか、洗濯するために鬼を遠くに追いやったっていうか。
意外に腹黒いというか、飛鳥さん以上に考えなしというか。
「絶対トラブルになるじゃないですか! か、帰ります」
俺のせいで家族の絆にヒビが入るなんてことは、あっちゃならない。俺としても面白くないし、茜さんとしても間違いなく不利益だ。
「飛鳥ちゃんの顔に泥を塗るのかい?」
引き止め方がズルい!
「元々泥まみれですよ」
「進ちゃん、今私のお友達を侮辱したのかい?」
やめて、シンプルに怖いから。
おっとり系の美人が静かに責めてくるのマジで怖いんだよ。例のバイト先にいたヒステリック醜女ババアより遥かに怖いよ。
「あっ、いえ、そういうわけじゃ……」
「それに今進ちゃんが帰ったら、私は一人でお店まわすことになるんよ? 過労で倒れたら責任取ってもらわないといかんねぇ……」
うっ……それはまずいかもしれん。一日の仕事量なんか知らんけど、決して楽ではないはずだ。
っていうか、よく呑気に旅行に行ったな、親御さん。
「えっと、じゃあ……ご両親がいない間だけでも」
多分これが無難っていうか、良い落としどころのはずだ。
何泊するか知らんけど、さすがにギャルゲーよろしく数ヶ月単位で家をあけないだろうし、なんとかなるべ。
そうさ、俺はあの過酷なバイトを乗り越えたんだ。飛鳥さん達の力を借りたとはいえ、根性で乗り切ったのは紛れもない事実。親御さんがいないという厳しい状況も乗り切れるはずだ。
「そうやねぇ……一旦それでいこうかねぇ」
よかった、納得してくれたよ。
でも、気のせいかな? 〝一旦〟って単語に力入ってた気がするんだよ。
ま、まあ大丈夫だ。茜さんは俺を過大評価している節があるし、俺の仕事ぶりを見て幻滅するはず。いや、決して幻滅されたいわけじゃないんだけどさ、クビを切らざるを得ないって判断に至るはずなんだ。
だってそうだろ? 親御さんを説得するには、俺が即戦力足り得る人物じゃないと話にならないじゃん。いくら可愛い娘の頼みでも、無駄な人件費を払う余裕なんかないはずだ。経営ってそんなに甘くないだろうし。
早い話さ、商店街のお手伝いってほぼ無給だったじゃん。商店街のアイドルと、その彼氏的な存在をタダ働き同然で使ってきたじゃん。アレって別に利用してきたわけじゃないと思うのよ、良い人達だし。それだけ経営が厳しいという証拠に他ならないだろう。
「何をボーっとしとるんよ。もうすぐ開店やから、気合い入れんと」
俺の思考を遮るように尻を叩く茜さん。いや、物理的に叩かないでくれよ。比喩表現のほうで叩いてくれよ。セクハラだぞ。
「あの、茜さん」
「んー? 私の気合いを入れたいのかい? えっち」
「いや、なんでもないです……」
この人ってこんな性格だっけ? キャンプ辺りから性格が変わってきてるような。
何がきっかけになったんだろう。
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