#64 人海戦術

 心機一転して仕事に精を出そうとしたはいいものの、どうも上手くいかない。

 やる気は間違いなくあるんだ。真剣に取り組んではいるんだ。

 それでも作業が追い付かず、罵詈雑言の嵐。頑張って周りとコミュニケーション取ろうとしても、既にコミュニティが出来上がっていて入っていけない。

 そのうち仕事中に倒れるんじゃないだろうか。もしかすれば、仕事中に泣き出してしまうかもしれない。

 昨日は女子高生のアルバイトが、年増の契約社員のヒステリックな罵倒でギャン泣きしていた。俺も遅かれ早かれ泣かされるのかな。

 ちなみに、その女子高生はバックれたらしい。うん、正しい選択だと思う。本来であればな。

 さっきね、店長がどっかにクレームの電話入れてたんだよ。多分、親御さんか高校だと思う。こんなん見たら、バックれようにもバックれられないよ。


「最近、売上が減ったな」

「店長不機嫌だぜ? 社員のやる気がないからだとかなんとか」


 ほぉ……? そういえば最初の頃より皿の量が減った気もするな。それでも給料以上の仕事量なんだが。


「常連客も急に来なくなったしな」

「別に飲食店が近くにできたわけでもないのにな」

「ビールの売り上げは不思議と上がってるんだけどな」


 ふむ……わりとピンチなのか? この店。

 普段は風俗がどうだの、若い頃はオラオラだっただの、低俗な会話しかしない従業員共が真剣に話してるぐらいだもんな。

 このまま仕事が減れば、向こうから解雇してくれるか? なーんてな。

 はぁ……後三分で休憩終わりか。休憩室の居心地悪いから丁度いいといえばいいんだけど、これから三十分は給料出ないんだよなぁ……休憩扱いだから。




 なんだかんだでバイト始めてから三週間か。よくもまあ続けてるよ、俺。

 客減少っていう謎の現象のおかげだな。綺麗なまでの右肩下がりで、急に休みを言い渡されたよ。

 本来はよくないことなんだろうけど、休めるに越したことはない。どうせ大した日給貰えないし。


「よく頑張ったな、進次郎君。偉いぞ」


 飛鳥さんが、まるで全てやり遂げたかのような称賛を送ってくれた。

 まだ一ヶ月と一週間あるんだよなぁ。でも、なんとかなりそうな気がしてきた。


「なぜか客が減ったから、なんとかなっただけですよ」

「ふーん」


 ……? なんだ? なんとなくなんだが、何か知ってそうな雰囲気を感じたぞ?

 いや、まさかな。さすがの飛鳥さんでも、中華料理のチェーン店をどうこうできるとは思えない。立地だけはいいから、どうあがいても客は来るわけだし。


「今日は盛況だぜ、多分」

「……どういうことです?」

「ま、行けばわかるさ」


 何を言っているのだろうか。やはり何かしたのか? ってか、行くってどこに?


「隣に牛丼屋あるだろ? 頑張ったご褒美にそこで奢ってやるから、ついでにバイト先も覗こうぜ」


 えー……もうプライベートであの辺行きたくないんだけど……。

 しかし、飛鳥さんの言ってることも気になる。そもそも誘いを断りたくない。

 よし、気乗りはしないが行くか。




 何が起きてんの? 一番客が来る時間帯はとっくに過ぎてるのに、駐車場がパンパンだぞ? しかも外まで待機列が出来てるし。

 お盆休みよりはるかに客が多いんだが、これは一体?


「おー、オッちゃん。ご苦労さん」


 知り合いだったらしく、待ち客のオジさんに話しかける飛鳥さん。あんまり店に近づきたくないが、中は大忙しのようだし、まあ大丈夫か。気付かんだろ。


「おっ、飛鳥ちゃん。もう三時間は待ってるよ」


 さ、三時間? こんなチンケな中華料理屋に?

 あっ、よく見ると灰皿パンパンじゃん。常に待ち客がいるってことか。


「悪いねぇ、こんなしょうもないことに協力させちゃって」


 飛鳥さん? 協力ってなんです? もしかして、ここにいる人らって……。


「おお、彼氏君じゃねえか」

「あっ……ええっと……雀荘の人ですよね?」

「ピンポーン! よく覚えててくれたなぁ」


 そりゃ覚えてるさ。前に飛鳥さんと一緒に手伝ったし。

 ボランティアだけど楽しかったなぁ……ドリンク飲み放題だったし、無料で雀荘使わせてもらったようなものだったよ。


「俺は? 俺のことは覚えてるか?」

「……碁会所で将棋打ってた人ですよね?」

「おおー!」

「すげーな彼氏! そんなどこにでもいる親父覚えてるなんてよ!」


 ……何これ? 全員商店街の人? ってことは中で飯食ってる人らも……。

 ああ、見覚えがあるわ。っていうか、一人一席使ってるんだ。ってことは、車も一人一台? 中々タチ悪いな。


「えっと、一般のお客さんは……」

「あー? 駐車場が完全に埋まってるし、待ち客が多すぎて全員帰ったよ」


 な、なんてことを……いや、悪いことはしてないんだけどさ。

 ん……?


「今気付いたんですけど、餃子ばっか食べてません?」

「ああ、今日は餃子以外一切売れてないぞ」


 な、なんていう嫌がらせだ。絶対皿足りてないだろ。っていうか、こんなに偏った注文されたら食材も足りてないだろ。

 一応餃子がメインの店だから、他の食材よりは多く仕入れてるだろうけど。

 うわぁ……餃子担当の人、死にそうになってるじゃん。俺が一番嫌いな店員だから気分がいいや。

 ホール担当のオバちゃんらも常に動き回ってんな。もともと動く量多いんだけど、餃子オンリーゆえに注文の回数が多いから、普段の三倍は忙しいんじゃないか?


「おい、中のヤツから連絡きたんだけど、餃子無くなったらしいぞ?」

「はぁ? こりゃクレーム物だな」


 た、タチわりぃ……良い歳こいた大人達が……。

 ん? なんか一斉にスマホを……。


「進次郎君、店名で検索してみな」

「え? もしかして……」


 うわ……この人ら一斉に投稿してるよ、SNSに。

 これ訴えられたら負けるレベルの嫌がらせじゃ……。


「よし、解散解散」


 数十人、下手したら百に届こうかというオッちゃんらが一斉に店を後にする。すげぇな、一瞬で閑古鳥が鳴きだしたぞ。


「さあ、私らもさっさと牛丼食って帰るべ」

「え、ええ。あの……ありがとうございます……?」

「何が? 私は何もしてないぞ」


 ……多分、これからも俺が休みの日は死ぬほど忙しくなるんだろうな。

 まあ、店長的にもよかったんじゃない? 売上がいっぱい増えて。餃子売り切れなんて、多分初めてだろ?

 そういや売り上げの減少って何をしたんだろ?




 それからというものの、店の売り上げは安定していないらしい。

 俺が休みの日は目まぐるしい忙しさらしいが、俺が出勤する時は回転率が悪く、ビールジョッキの洗い物が増えた。多分、商店街の人らがビールで居座ってるんだろうな。俺のためってのはわかるんだけど、完全に輩では……。

 俺の出勤日と売り上げの関係性に気付くはずもなく、仕入れもめちゃくちゃになってるらしい。そりゃそうだよ、餃子が材料不足になる勢いで注文される日が続いたかと思えば、急に注文数激減するんだもの。

 オッちゃんらにしてみれば、金払って飯食ってるだけだし、問題はないんだろうけどさ……。

 わかるよ? 温かみは確かに感じる。感じるけど、いいのか?

 なぜか新人の俺ではなく、熟練のバイトリーダーが解雇されてしまったんだが、いいのだろうか? 多分、給料高いヤツを解雇したってことなんだろうけどさ。

 ちなみにホール担当の子らもバンバン抜けていったよ。

 バイトの応募もめっきり減ったらしいな。夏休みが終わったから高校生の応募が減るのは当然といえば当然なんだけど、それを差し引いても異常だ。


「おい、中岡! お前は辞めないよな?」

「……俺の代わりなんていくらでもいるのでは?」

「意地悪言うなって、ほら、今日ぐらい賄い食ってけよ」

「……結構です。では、お疲れ様でした! 明日もよろしくお願いします!」


 俺も言うようになったな。いや、人手不足で待遇、立場が良くなっただけの話か。

 虚しい勝利だな。結局俺は何もしてないし。

 でもありがとう。複雑な心境だけど、本当にありがとう。

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