#61 余計なプロレス
アイマスク持ってくりゃ良かったなぁ。寝苦しさもあるけど、太陽光で早朝に目が覚めちまったよ。
うん、めっちゃ眠い。遅寝早起きってのもあるけど、途中で二回ほど叩き起こされたんだよ。
飲みすぎた風夏さんと茜さんが、トイレに同行してくれとか言い出してさ。
しかも俺が眠りについたタイミングでだぜ? 時間差攻撃やめてくれよ。
ちなみに茜さんは隣のハンモックで寝てる。一種のヤキモチかな? 可愛い。
「未智さん? 起きてます?」
「…………」
返事がない。くそ、身動きがとれねえじゃん。
退屈だなぁ……ポケットからスマホを取り出すこともできんし。逆のポケットに入れとけばよかった。
しゃあない……無理してでも、もうひと眠り……。
「かゆっ!」
できそうにないな。
今のは風夏さんの声だと思うが、どうしたんだろうか。
「あーもー! サイアク!」
怒りをあらわにしながら、のそのそとサンシェードから出てきた。
低血圧特有の不機嫌な起床……というわけでもなさそうだ。
「あっ、進次郎君。おはよー」
「え、ええ。何かあったんですか?」
「何かなんてもんじゃないわよ。アンタは大丈夫なの?」
俺? 俺が何? っていうか、その動き何? 寒いの?
「腕も足もマジヤバなんだけどー」
うわ……めっちゃ蚊に刺されてるやん……。
やべっ、見てるだけでかゆくなってきたんだけど。
「死ぬぅ!」
「あんまりかかないほうが……」
「んなこた、わかってるし!」
だよな、我慢できないよな。
茜さん辺りが塗り薬持ってきてないかな。蚊取り線香持って来るぐらいだし、かゆみ止めぐらい持って来ててもおかしくない。
「うわっ! 未智もやべーじゃん!」
「そうなんですか?」
コアラみたいにしがみついてきてるから見えないんだけど、そんなに悲惨なことになってるのか。
そうか、この人ノースリーブだもんな。腋をやられてないことを祈ろう。
「胸までやられてるよぉ。進次郎君並みにスケベな蚊だわぁ」
「刺してくる蚊ってメスだけですけどね」
「そーなん!?」
なんだっけか。卵産むために血を吸うんだっけ? 知らんけど。
それにしても胸かぁ。当たり判定でかいもんなぁ。
「って、誰がスケベですか」
「遅すぎ。ウケる」
貴女の動きのほうがウケますよ。薄着で外出したら思ったより寒かった人みたいになってるじゃん。
「おはよぉ……」
風夏さんに続いて飛鳥さんも起床したようで、目をこすりながらやってきた。見た目もあいまって、女児感が凄い。
多分寝ぼけてるな。あっ、この人も……。
「めっちゃ蚊に食われたんだけど……」
「体温高いですもんね、貴女」
おかしいな、蚊取り線香を複数同時に使ってたはずなのに。
しかもアレだぜ? 深夜に新しく設置しなおしたんだぜ? やっぱ屋外で寝るのは無理があったか。
「頼むぅ、さすってくれぇ」
可愛いなぁ、もう。片手で数えきれないほど歳離れてるくせに。
「そんなこと言われても動けませんよ」
首を動かすだけで精一杯だもの。
「キミなぁ、いつまで抱き合ってんだ? 嫉妬しちまうよ」
「抱き合いたくて抱き合ってるわけじゃないですよ」
「は? 嫌なの?」
起きてんのかよ! いや、寝てるわりにゃ妙に力が強いとは思ったけど。
「起きてるなら離れてくれません?」
「ヤダ」
「なぜです?」
「もう抱いてもらえる機会ないから」
その表現には語弊がありますって。エッチな意味に聞こえるから。
「解放してくれないと、頭をなでることもできませんよ」
「それは困る」
適当な交渉だったが、あっさりと解放してくれた。なんて現金な。
女の子って撫でられるの嫌いって聞いたんだけどなぁ。あっ、髪サラサラ……。
「未智さん、痛いっていうか苦しいです」
よほど嬉しいのか再び俺に抱き着き、みぞおちにぐりぐりと頭を押し付けてくる。
じゃれつきじゃなくて攻撃だよ、もはや。
「人が苦しんでるのに、イチャイチャすんなし」
かゆみで苛立っているのか、無理やり未智さんを引きはがそうとする風夏さん。
それに対して、未智さんが全力で抵抗する。あの、背中に爪が食い込んで痛いんですけど。
「相手にされないからって嫉妬しないで」
「してねーし」
「してる」
子供の喧嘩みたいで微笑ましいな。当事者じゃなきゃ。
ほら、アンタらが騒ぐから茜さんも目を覚ましたじゃん。起こす手間が省けてありがたいけど。
「ええかげんにせい!」
「いっ!?」
飛鳥さんの渾身のビンタが、未智さんの露出した太ももに炸裂する。
いい音鳴ったなぁ。見えないけど、絶対赤くなってるよ。
「キレそう」
「あ? やんのか?」
涙目で飛鳥さんに絡みつく未智さんと、それに対抗する飛鳥さん。なんで早朝のキャンプ場で女子プロレスを繰り広げてんだろ。
「元気やねぇ」
「あっ、おはようございます」
「んー、おはようさん」
茜さんは目覚めがいいな。どうやら蚊の被害を受けていないらしい。
そういや俺も刺されてないな。男のほうが体温高いから、刺されやすいと思うんだけど。
「未智っ! キミはもう少し年上への敬意を……」
「若さへの嫉妬は見苦しい」
「若さを……えっと、若さでマウント……誇示するほうが……アレだぞ!」
セリフぐっちゃぐちゃやないか。図星つかれて動揺してんのか?
あっ、未智さんがなんか凄い技かけてる。コブラツイスト? 卍固め? わからんけど、優勢なのはわかる。
「どういう状況?」
「あっ、影山さん。おはようございます」
「うん、おはよう。で、どうしたの? 珍しいこと起きてるけど」
そりゃ当惑するよな。目が覚めたら友達二人がキャットファイトしてんだもん。
なんでこうなったのか俺もよくわからんけど、とりあえず飛鳥さんが悪いよ。太ももビンタは痛いって。
「美羽、アンタのせいで蚊に刺されまくったんだけど」
あっちゃあ……一晩経てば仲直りすると思ったんだけど、無理かもしれん。
むしろ蚊のせいで、昨日より険悪になりそう。
「え……ごめん……」
「アンタは平気なん?」
影山さんの腕を掴み、刺されていないか確認する。
見たところ、刺されていないようだ。ってことは、半数は無事だったんだな。
「ホントごめん……私が刺されるべきだったのに」
「そこまでは言わんけど……マジ勘弁な?」
平謝りする影山さんを見て、責める気が失せたのだろうか。なんにせよ、仲直りできそうで一安心だな。後は時間が解決してくれる。
「進次郎君、とりあえずかいてくんね? かゆくてかゆくてたまんねえの」
「あまりかかないほうがいいと思うんですけどね」
指の腹で患部をゆっくりとさすってあげる。効果があるかは知らんけど、下手にかくよりはダメージが少ないだろう。
「んー……物足りないけど、気持ちいかも」
「俺がやる必要あります? 背中とかならまだしも」
腕なんか自分でさすればいいじゃん。男にベタベタ触られて嫌じゃないんかな。まあ、牛丼をシェアできるほど豪胆な女性だし、今更気にせんか。
「役得っしょ?」
否定はせんけど、キャットファイトを尻目にする行為かな。
それに役得っていうなら、太ももや胸もやらせてくれよ。刺されたんだろ? とは口が裂けても言えない。二人っきりならワンチャン……ないか。
「蚊に刺された時は温めるとええよ」
「おお、知恵袋……」
「進ちゃん? 怒るよ?」
おばあちゃん呼ばわりされたと勘違いしたのか、静かな怒りを見せる。
おっとりした人が怒ると人一倍怖いのは、なぜだろう。何をされるかわからないという恐怖だろうか。底の見えなさ的な?
「それにしても、温めですか」
「うん。民間療法かもしれんけどねぇ」
「じゃあ、あの二人は良い感じですね」
未だに取っ組み合ってる二人を指差す。
立ち技をかけあってるから、上手い具合にお互いの患部がこすれあってんじゃないかな。かけあっているというか、未智さんが一方的にかけてる感じだけど。
「未智っ! 私が本気を出す前に……あだだだ!」
未智さん意外と強っ。いや、飛鳥さんが見た目以上に弱いのかもしれん。セリフが雑魚キャラのそれだもん。
「女で良かったね、飛鳥さん」
「……あ?」
「飛鳥さんが男だったら、股間を握ってる」
未智さんとは絶対に喧嘩しないでおこう。絶対ヒールだもん。
「男だったらそもそも負けねえよ……女でも勝つけどな!」
逆転劇を彷彿とさせる勇ましいセリフだが、悲しいかな。全く状況は変わらない。
全力で抵抗してるみたいだけど、大丈夫か? 運動不足のアラサーが寝起きに無茶したらあかんて。
全く、こいつらは朝から何を……うぐっ!?
「く、苦しいです……」
「油断しすぎじゃね?」
風夏さん? なぜ俺にチョークスリーパーをかける?
しかも結構ガチめにかけてないか?
「アタシもかゆくてしかたねーし、アタシらもプロレスやろーぜ?」
「お、俺はかゆくないです」
「知ってる」
知ってるなら解放してくれよ。
そりゃまあ、その気になれば抜け出せるよ? 本気で決まったチョークスリーパーからは抜け出せないってよく聞くけど、素人女性のチョークスリーパーごときなんとでもなる。実際、技かけられながらも会話できてるわけだし。
でも、相手にダメージを与えずに抜け出せって言われたら、プロの格闘家でも厳しいんじゃないかな。
「おー? 進次郎君と密着してる部分、かゆみ弱まった気がする」
「面白い治療方法やねぇ」
見てないで助けてくれない? 孫達のじゃれ合いを眺めるおばあちゃんみたいな顔してるけど、そんな微笑ましい場面じゃないからね? わりとマジで苦しいからね?
息苦しさと気持ちよさのサンドイッチ状態だよ。離れてほしいけど離れてほしくないっていう、めんどくさい彼女みたいになってるよ。
「美羽ちゃん、私たちもやるかい?」
「や、やりませんよ。っていうか私達、刺されてない組じゃないですか」
「まあまあ」
「ちょっ!?」
なんでアンタらまで、プロレスおっぱじめてるの? 手四つ状態って本格的だな、おい。素人同士の手四つって手詰まりじゃない? そっから繰り出せるような技持ってんの?
「進次郎君。この技、めっちゃ胸痛いんだけど」
「でしょうねぇ!?」
胸が押しつぶされてるってのが、ハッキリわかるもん。背中に伝わってくるもん。
「今から緩めるけど、反撃してこん? ダイジョーブ?」
「しませんって」
「ホント? パイルドライバーとかせん?」
「そんな高度な技できるわけないでしょう」
できたとしてもやらんよ。河原だぞ? タフなプロレスラーでも死ぬだろ。
おお、ようやく解放してくれた。普通に呼吸ができることに喜びを感じる。
「技調べるから、ちょいタンマね」
「まだやるんですか?」
もうやめようよ、こんなこと。他の利用者さんの気持ち考えてくれよ。
テントの群れから離れたところにサンシェードが張られてるかと思えば、その前で早朝プロレスをしている六人。
ハタから見たら事件性があるだろ。サンシェード絡みの喧嘩が起きてるだろ。
「んー? 画像ねえから、どんな技かわからねー」
「なんて技です?」
わからない技をかけようとしないでほしい。普通に危険だから。
「チンロックって技なんだけど……チンってアレ? 反則じゃね?」
なんでニヤけてるのか知らんけど、そのチンって絶対ソレじゃないぞ。
プロレスだぞ? プロのレスリングだぞ? チンピラの喧嘩じゃないんだから。
いや、まあ、あるけどね? 電気あんまとか、ボールスープレックスとか、そういう急所狙う技はあるけども。
「何を想像したのかわかりませんが、チンって顎のことだと思いますよ」
「へー。タマ掴むわけじゃないんだ」
「絶対やめてくださいよ?」
それからしばらくの間、グダグダなプロレスもどきは続いた。三十分くらいは絡み合ってたかな?
本当に何やってんだろな、俺ら。全員汗だくだよ。
結論からいうと、このプロレスは失敗だった。疲労をダメ押ししたといえばわかりやすいだろうか。
適当に朝食をすませてキャンプ場を後にしたのだが、ここから先は特に語ることがない。疲れのせいで、全員口数が少なかったからだ。
強いて言うなら、近くの銭湯に立ち寄った。当然ながら混浴ではないので、俺は一人寂しく入浴したよ。
あの五人がどんな会話を繰り広げたかなんて、当然知る由もない。
なんか語ることあるかな? 飛鳥さんが『禁煙だからコーヒー牛乳飲みながらタバコ吸えないの辛い』って、ボヤいてたことぐらいしか覚えてないんだけど。
しばらく休憩した後は一人ずつ家の近くまで送り、そのままレンタカーを返却。
その間は特に会話無し。あったといえばあったが、『楽しかったね』『疲れたね』『また行きたいね』程度の浅い会話しかなかったので、実質会話無し。
レンタカー返却後はタクシーで帰宅した。もはや言うまでもないが、飛鳥さんもついてきたよ。
そっからの記憶は曖昧だ。めちゃくちゃ早い時間に寝たことは覚えてる。むしろ、それだけしか覚えてないです。
……成功なのかな? 今回のキャンプ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます