#59 アラサーは見た
今俺は、確実に心拍数が上がってる。
急に話しかけられたというのもあるが、未智さんと二人っきりになったことによるものだ。なぜかって? 言うまでもなかろうよ。
「どうしたの? 手ばかり見てるけど」
「え? あ、いや、えっと」
なんてこったい。
確かに未智さん限定の手フェチになってるけど、本人と相対してる時にガン見しちまうなんて……。相当きてるな、俺。
「えっち」
たった三文字の稚拙な煽りだが、ぐうの音も出ねぇ。
だけど……だけどな……!
「貴女だって屋外であんなことして、相当な……えっちさんですよ」
語学弱者ゆえに、上手い単語が出てこなかった。なんだよ、えっちさんって。男が使うにはあざとすぎるわ。
色魔の女性バージョンって、どんな単語だ? ビッチしか出てこないんだけど。
「そうかな。屋外でチンチン出してるほうが、えっちさんだと思う」
そりゃ絵面に限ればそうかもしれんけど……。
「それは貴女が出せと……」
「脅されたならまだしも、気持ちよくなるために出したんだよね?」
これって、食い下がれば食い下がるほど被ダメージが大きくなるパターンか?
両成敗、両えっちさんが落としどころだと思うんだけど、このままでは俺が単騎えっちさんにされてしまう。
……どうでもええわ。
これが俗にいう深夜テンションってヤツか。死語かもしれんけど。
「正直怖かった」
「何がです?」
貴女の登場方法のほうがよっぽど怖かったんですけど。
俺が年寄りなら、救急車案件だったぞ?
「あんなに硬くなるなんて」
「もうやめましょうよ、この話」
驚く気持ちはわかるよ?
硬さの単位は知らんけど、十倍ぐらい硬くなるもんな。そりゃ初見だと驚くよ。
俺も男だし、女の子とえっちな話ができるのは嬉しいよ。でも、今じゃないよね?
サンシェードから距離が離れているとはいえ、万が一ってこともあるじゃん?
あの四人が寝てる保証なんてないんだから。
「体験することの重要さを、改めて理解できた」
「それは何よりです」
改める機会、もっとあると思うんだけどな。よりにもよってこんなことで……。
「しばらく眠れそうにない」
そりゃな? タコ部屋に放り込まれた多重債務者でも、もっと良い寝床が与えられてると思うよ。
未智さんはまだいいじゃん。小柄なんだから。
俺とか風夏さんは相当キツいぜ? あの人はアルコールの力で、なんとか睡眠取れてるけど。
「ハンモック使います?」
「そういう意味じゃない。生であんなモノを見せられたら、忘れられない」
あんなモノって、まさか俺の愚息のことか?
自分から誘っておいて、その表現は酷くない? あんなモノって。
いや、待てコラ。見せられたって何よ? 俺が無理やり見せたかのような口ぶりはやめていただきたいのだが。
「大学生があの程度で……」
「何? その言い方。自分だって童貞のくせに」
そこまで癇に障るような言い方したかな? 俺。
処女をバカにしたって解釈されたんかね? 誤解もいいとこなんだが。
「考えようによっては、未智さんが初めてってことになりますね」
「ん。合格」
「ありがとうございます。じゃあこの話は一旦終わりで」
何に合格したのか、どうして合格できたのか、何もかもわからないが話を打ち切れそうなので流れに乗っておこう。
本日何本目かわからないタバコに火を点け、気持ちをリセットする。
……缶コーヒー、もう一本開けようかな? タバコと合いすぎだろ。
「こっちも経験したい」
「ふぇ?」
なんぞなんぞ? 未智さん?
さ、さすがにそれは……。
「こ、こんなとこで……ゴムもないのに……」
「は?」
いや、『は?』じゃないが。
俺のセリフだよ、俺の。椅子に座ってる俺にまたがるって、それっていわゆる対面座位ってヤツじゃ……。ちょうどワンピースだから、服着たままでもできるし。
「えっちさんにも程がある」
顔を少し赤らめながら、俺が咥えていたタバコを奪い取ってそのまま吸いだした。
あっ、経験ってタバコの……。
いや、誘導尋問だって! この流れで、急にこの体勢になったら勘違いするって!
第一、タバコを奪うだけなら、またがる必要ないじゃん。っていうか俺の奪わなくても、新しいの吸えばいいだけの話じゃん。
つまり、未智さんがえっちさん。えっちウーマン。
「まずっ……」
初タバコはお口に合わなかったらしく、咳き込みだした。
わかるわぁ、俺も最初まずかったもの。今でもまずいと思ってるけど。
うん、わかる。わかるけど……。
「お子様ですねぇ。未智ちゃんは」
せっかくだし煽ってみよう。
いっつも未智さんのペースに巻き込まれてるんだから、これぐらい許されるだろ。
「…………」
おっ? 怒った?
さ、さすがにタバコで根性焼きとかしてこんよな? いつもみたいに、指に噛みつくぐらいで許してくれるよな?
「じゃあ貴方はむせないの?」
「え? ああ、はい。タバコぐらいじゃむせませんよ」
さすがに慣れたしな。全力疾走した後とか、喉カラカラの時ならわからんけど。
「言ったね? むせたら罰ゲームだから」
「むせませんけど、なんで俺がそんなリスクを……」
「問答無用」
言うが早いか、未智さんが思い切りタバコを吸いだした。
むせたばっかなのによく……うぐっ!?
何してんの!? この人、何してんの!? 急にキスを……。
「げほっ! うげぇ!」
濃厚なキスから解放された俺は、嘔吐寸前までむせた。相当大きい声が出たけど、大丈夫か? 他の利用者さんからクレームこないよな?
「むせたね」
むせたせいで涙目になっているのでよく見えないが、多分ドヤ顔してる。相当なドヤ顔をかましてるに違いない。
いや、反則だろ。レギュレーション違反だろ。
「卑怯ですよ!」
「タバコの煙でむせたんだから、進次郎君の負け」
納得できん。参加表明してないのに、強制参加させられたのも納得できんけど、判定はそれ以上に納得できん。
言っておくが、未智さんとキスしたからむせたわけじゃない。それだけならただのご褒美なのだから。
この人ね、俺の咥内でタバコの煙を吐き出したのよ。全力で。
急に全力で人工呼吸されただけでもキツいのに、タバコの煙だぜ? そりゃむせるって。
「じゃあ罰ゲームとして、電気あんま地獄スタート」
俺の両足を掴み、悪魔のような宣言をする未智さん。なんでそんな朗らかなん?
そんな軽いノリでやる罰ゲームじゃなくね?
「待て待て待て! 聞いてないです!」
「言ってないからね」
「暴れますよ? この体勢でも未智さんぐらい……」
「できるの? 私にケガ負わせられるの?」
ずるい……自分を人質にするなんて……。
ここで抵抗して万が一のことがあっても、緊急回避として許されるはず。実際の裁判じゃ俺が負けるだろうけど、皆はわかってくれる。
でも、その万が一を起こしたくない。未智さんはノースリーブのワンピースだし、下手に抵抗すると簡単にケガしちまう。
「未智さん、やめましょ? じゃれあいでケガしちゃ、つまらんでしょ?」
「そうだね。ハンモックで添い寝してくれるなら、見逃してあげる」
こいつ……最初からそれ目当てだったろ。
ダブルバインド、いや、どちらかと言えばドアインザフェイスか。
「ハンモックを二台くっつけて寝るって意味ですよね? いいですよ」
「電気あんまのほうがいい?」
「わかりました、わかりましたから」
影山さんと未智さんは、すぐ暴力に訴えるんだから。
添い寝かぁ……。
「せっかく二台あるのに……」
「どうせ他の人も『寝られない』とか言って目を覚ます。だから一台は空けておかないとダメ」
それっぽいことを言いよってからに。
ハンモックで添い寝って結構きついぞ? さすがに耐荷重オーバーってことはないだろうけどさ。
「飛鳥さんに見られたら、それこそ電気あんま地獄ですよ」
「さすがに潰れはしないから、大丈夫」
ネトゲに慣れすぎだろ。現実にヒーラーなんて存在しないんだからな。
いや、仮に存在してもダメだわ。五秒後に治るからといって、バットで殴られたくないだろ? たとえ数秒でも痛いものは痛いんだから。
「美羽も言ってた。五人から選べと」
「聞いてたんですか?」
「風夏のイビキがうるさくて、途切れ途切れだけど」
なんてこったい。結構小さい声で話してたつもりなんだけどな。
変な話してないよな? トイレの件とか話してなかったよな?
「とにかく、飛鳥さん以外を選ぶ権利がある。私と寝ても問題はない」
そういうもんかな?
ギャルゲーだったら、飛鳥さんルートが確定してそうなもんだけど。
「あれ? 待ってください」
「何? 今更嫌だなんて……」
「いや、違うんです。ダメージが大きすぎて、サラっと流してたんですが……」
「何を? トイレ?」
流すって単語に引っ張られすぎだろ。なんだよ、トイレでダメージ負うって。痔の話かい?
「未智さん、普通にガッツリとキスしてきましたよね?」
「あっ……」
『あっ』じゃないが? ファーストキスなんだが?
しょうもないゲームのしょうもない戦略のせいで、お互いにファーストキスを失ったんだが? 雰囲気もクソもないんだが?
「き、キスしちゃった……」
「未智さん?」
「うう……」
よろめいたかと思えば、急に力なくハンモックに倒れこむ未智さん。
毒? 俺の唇を通して服毒に至った?
「責任……責任とって?」
「な、何を……」
俺が取ってもらう側なんだけど?
そんなアニメ絵の抱き枕カバーみたいなポーズで、そのセリフはまずいって。顔もやたらと赤いし、呼吸も荒い。こんなところ見られたら……。
「いい満月だな、進次郎君」
「うおっ!?」
い、一番見られたくない人に見られた。
もう一人の運転手候補を放置して爆睡してたくせに、ただでさえ牢屋よりも狭いサンシェードで大の字になって床面積浪費してたくせに、なんでよりにもよってこのタイミングで……。
「男にしちゃ野性味がないと思ってたけど、満月の晩に本性を現すオオカミ男だったんだな、キミは」
完全に誤解してらっしゃる。いや、誰でもするだろうけどさ。
落ち着け落ち着け。れれれ冷静になれ。
未智さんは意外とこういうおふざけするキャラだってことぐらい、付き合いが長い飛鳥さんなら知ってるはずだ。俺よりも知っているはず。
「これは深夜テンションの戯れで……」
「戯れ? 前戯ってヤツかい?」
えっちさんがよぉ! 工場勤務しか経験ないオッサンみたいなこと言いやがって。
まずいですぞ! 元々、半強制的とはいえ夜の約束をしてたんだ。それが流れるやいなや、他の女に手を出すって私刑案件だろ。
「未智さん、なんとか言ってくださいよ。事情を説明……」
あっ……。
バカか! 俺は!
この流れで未智さんに振ったら……。
「飛鳥さん。私達……キスしちゃった」
お父様ならびにお母様。ついでに親戚の方々。
先立つ不孝をお許しください。
長期休暇に帰省する気も起きないぐらい、つまらない家庭だったけど、多分幸せでした。今際の際だというのに思い出の一つも想起しないぐらい退屈な家だったけど、多分幸せでした。ゲームすらろくに買ってもらえなかったけど、幸せでした。
ベッドの上で死ねずとも、満月を眺めながら死ねるなら、それはきっと果報者でしょう。
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