#58 なんらかの指図
深夜って二十三時からだっけ? わざわざ調べる気も起きないし、そもそも明確な定義はないのかもしれない。
何が言いたいかって、もう二十三時を回ってるんだよ。この時間に起きてること自体は珍しくないけど、酒入った状況で起きてるのは珍しい。少なくとも、眠気がないってのは初めてだわ。
「んがぁ……」
サンシェードに一番文句を言っていた風夏さんは、アルコールの過剰摂取でぐっすり寝ている。俺の読みでは、あと一時間ぐらいで目が覚めるな。絶対、尿意で目が覚める。間違いない。
しっかし凄いイビキだな。例の嘔吐事件の後、料理を作るために何回か泊まりにきたんだけど、その時はイビキなんてかいてなかったはずだ。疲労とかストレスのせいかな?
ちなみに飛鳥さんと茜さんも酔いつぶれてぐっすりと寝ている。羨ましい限りだ。
飛鳥さん、大丈夫なんだろうな? 寝不足の俺の代わりに運転してほしいんだが、アルコール抜け切るかな?
未智さんは多分起きてるな。さっきから体勢変えまくってるし。
影山さんは俺と同じで、サンシェードから出て夜風に当たっている。まあ、サンシェード内の人らも夜風に当たってるんだけどな。ははは。
「あの、影山さん?」
「……何?」
「えっと……タバコ吸っても大丈夫ですか?」
あんまり好きじゃないけど、寝れないから仕方なく吸うって感じだな。
言うまでもないが、飛鳥さんのタバコだ。後で金払えば大丈夫だろ。
「……どうぞご勝手に」
冷たいなぁ……夜風より冷たいや。
とりあえず許可もらえたし、一本だけ吸うか。煙たかったら、向こうから離れてくれるだろ。
そういや初めてかもしれんな、普通にライター使うの。いつもは飛鳥さんの吸いかけのタバコだったり、飛鳥さんとのシガーキスだったし。
「影山さんも酒の力で寝たらどうです?」
「……いい」
「でも無理にでも寝ないと……」
疲労溜まってるし、アルコールも入ってるんだから寝ないと。
まあ、俺にも言えることなんだけどね。
「そんなに私が鬱陶しいの?」
なんでそうなるんだろう。『邪魔だから寝ろ』なんて、一言も言ってないんだが。
おそらく、ポカやらかしたことを気にしてるんだろう。親友の風夏さんに責められちゃヘコむわな、そりゃ。
「とんでもない」
「とんでもないミスってこと? 悪かったわね」
落ち込んでいることを差し引いても面倒くさい。男女差別って言われるかもしれんけど、この物言いは男社会だったら許されないぞ。
「違いますよ。一人は寂しいですから、丁度よかったです」
綺麗な月夜ってわけでもなければ、川が幻想的な風景ってわけでもない。タバコの一本や二本で夜を過ごすのは厳しい。
ゲームでも持ってくりゃよかったかなぁ。こういう日は無心でレベル上げしてぇ。
「……一発ぐらい殴ってくれてもいいのよ?」
え? 何を言い出すん?
殴りたいオーラ出てた? レベル上げってそういう意味じゃないんだけど。
「どういう意味です?」
「どうもこうもないわよ。私のせいでこんなことになってるのよ?」
…………。
「だから……なんなんでしょうか?」
「は? 私のせいでキャンプが台無しになってるのよ?」
確かに寝床は大事だけど、台無しってほどじゃなくない?
ハンモック二台あるんだから、そっちで寝れば済む話だし。なんだったら椅子で寝てもいいしな。
「これはこれでいい思い出になりますよ」
前にも言ったかもしれんけど、ちょっとくらい失敗したほうがいい思い出になるんだよ。成功ばっかだったら、『楽しかった』っていう輪郭しか残らんだろうし。
きっと夏が来る度に、川を見る度に思い出すよ。七輪に火が点かなくてホットプレート使ったこととか、六人全員が線香花火を持ってきたこととか、テントと間違えてサンシェード持ってきたバカがいたこととか。
個人的には、未智さんのゴッドハンドで絶頂したことや、影山さんが虫にビビッて下半身丸出しのまま飛びついてきたことが強く残ってる。
今日一日ですんげぇ体験したなぁ……。一ヶ月前まで、男友達さえ数えるほどしかいなかった俺が……。
「なんでよ、なんで私なんか庇うのよ」
「別に庇ってるわけじゃ……」
そりゃ俺だって寝たいよ。できることなら普通のテントで普通に寝たいよ。
でもこうなっちまった以上は仕方ないじゃん? ジタバタしようがテントは生えてこないし、楽しまなきゃ損よ。
「庇ってるわよ。言っとくけど、逆の立場だったらアレを蹴ってたわよ」
本当に蛮族だよなぁ、この人。
昔から疑問なんだけど、女性が男性に暴力振るってもOKみたいな風潮なんなん?
力の差があるから、罪の重さが変わるってのは納得できるよ。でも女性が先に手を出した場合でも、男性側が悪くなるじゃん?
とか文句言ってると社会不適合者の烙印押されそうだし、考えないようにしよう。
「じゃあ今度もし俺がやらかしても、一回見逃してくださいよ」
「場合にもよるけど、約束するわ」
よるのか……場合に。
どっからがアウトラインなんだろ。
「知ってると思うけど、私は全くモテないのよ」
そういう話はやめてくれんか? 肯定しづらいからさ。
っていうか誘導尋問だろ。脊髄反射で『知ってるよ』って言いそうになったわ。
「男遊びばっかしてるその辺の女子大生ならまだしも、私みたいなのはちょっと優しくされただけで勘違いするわよ」
その辺の女子大生って男遊びばっかしてるんだ……どこのデータだろ……。
「男が勘違いするって話はよく聞きますね」
もしかして勘違いなんかな。未智さんとか茜さんが俺のことを意識してるっての。
だとしたら相当恥ずかしいな。自惚れにも程がある。
「女だって同じよ。だからホストなんて下卑た職業があるのよ」
ホストが下卑てるかどうかはさておき、女性も勘違いするってのはわかる。
早い話、この人らすぐに勘違いするじゃん。特に飛鳥さん。
「私のワガママも受け入れてくれるし、ミスっても責めない。それにすぐ可愛いって言ってきて……あんま勘違いさせないでよ」
なんだそれは、令和最新版のツンデレか?
『勘違いしないでよね!』は飽きるほど耳にしてきたが、『勘違いさせないで』は聞きなじみがない。
「そんなつもりはないんですけどねぇ」
セルフシガーキスで、もう一本タバコを吸う。
まずいけど吸ってしまう。ニコチン中毒ってわけじゃないんだろうけど。
「最近高いっていうし、あんまり吸うと怒られるわよ?」
高い? ああ、タバコね。
タバコの価格変動については興味ないけど、定期的に値上がりしてることぐらい知ってる。毎回ネットニュースで取り上げられてる気がするし。
「頭ナデたら許してくれますよ」
「そうやってたぶらかしてんの? 酷い男」
なんて失礼な……とも言えないんだよな。自分で言うのも恥ずかしいけど、飛鳥さんは俺のこと好きすぎる。
扱い方に慣れてきた時点で、女たらしよなぁ。
「結局どうすんのよ?」
「どうと言いますと……」
なんだろうか。知らないうちに、なんらかの選択肢を迫られていたらしい。
それにしても、影山さんも変わったよな。今言うことじゃないかもしれんけど。
以前の影山さんだったら、『なんで私なんかに優しくするのよ? 私なんて可愛くないし、風夏と違って胸もないし、未智みたいに愛嬌もないのに』みたいな感じで延々とメンヘラムーブかましてただろ。
サンシェードの件も延々と引っ張っていただろうし、昼頃にあったトイレ事件も蒸し返してきたはずだ。理由はわからんが、きっと良い変化だろう。
「飛鳥さんと結婚すんの? って聞いてんのよ」
結婚かぁ……。
さすがに飛躍しすぎ……と言いきれないのが辛い。
まだ出会って一ヶ月だし、これからと言えばこれからなんだけど、いずれは決断しなきゃなあ……。
「結婚なんてそんな、まだ付き合ってもないのに」
「マジ? できてるもんかと思ってたわ」
周りからはそう見えるのかな。
俺の中ではまだ、大事な友達なんだけど。
「飛鳥さんに不満があるわけじゃないんですけど、出会ったばかりで交際なんて」
「なぁに言ってんのよ。お互い成人してるんだから、普通はなし崩し的にそういう関係になるわよ」
〝なし崩し〟の使い方を間違えてる気がしないでもないが、俺自身いちいち指摘してくるヤツ嫌いだし、スルーしておこう。
そっかぁ、普通の男女は流れで恋人……というか、一時のテンションに身を任せてヤるんだろうな。
「普通の男だったら、我慢できないわよ」
そういうもんなんかなぁ。
普通代表を自負してたんだけど、俺は異端だったのか。
男性エアプの影山さんが言うことを真に受けるのもどうかと思うが、一理あるといえばあるんだよなぁ。
っていうかなんでこんな深夜に、影山さんとこんな話してんだろ。
「実は結構辛かったりするんじゃないの?」
「そりゃまあ、俺の家で無防備に寝てる貴女達に、変な気を起こしそうな時もありますよ。風夏さんが泊まりに来た時なんかもう……」
シャツの膨らみがね、うん。いつもより露出少ないはずなのに、膨らみをガン見できるってのは中々……。
「じゃあ今のところ、風夏と結婚したい感じ?」
さっきから、なんで一つ飛ばすんだろうな。
結婚の前に恋人っていう段階があると思うんですけど。
「さっき影山さんを責めてるの見て、ちょっと好感度下がりましたね」
責めたくなる気持ちはわかるんだけどね? もうちょっと、ほら。友達に対する慈悲というか、広い心をだな。
「それは……どっち?」
「どっち?」
さっきから質問がわかりづらいな。
っと、知らん間にタバコが燃え尽きてるな。もう一本貰うか……。
「アンタ、吸いすぎじゃない? 健康に悪いわよ」
「夜更かしよりは健康被害少ないですよ」
「蹴るわよ?」
すぐ足を出そうとするな、この人。
それにしても、俺も変わったなぁ。昔の俺だったら、こんな冗談言えなかったぜ?
「で? 私を責めてるのを見て好感度下がったってのは……どっちよ?」
だから何がだよ。何と何だよ。質問下手か。
「風夏の嫌なところを見て好感度が下がったのか、それとも……」
「それとも?」
「私のことを……その、大事に思ってる的な……」
照れるぐらいなら言うなよ。可愛いな、もう。
俺には一生理解できん。なんでこの人は、自分の可愛さを自覚してないんだ?
普通なんとなくわかるじゃん? 『私って、平均よりは上よね?』的な感じで。
「どっちもですよ」
誤解しないでほしいけど、好感度下がったって言っても、ちょっとだよ? ほんのちょっと下がっただけよ?
「……アンタが本気だってのはわかるわ」
ようやくか。ようやく俺のことをわかってくれたか。長かったよ。
今までの影山さんなら、茶番のようなひと悶着があったに違いない。
「私が何番目とかは、あえて聞かないわ」
非常に助かる。日本語的に変な表現になるが、〝あえて〟くれてありがとう。
友達に順番なんてつけたくないし、ましてや本人に告げたくない。一位ならまだしも……な?
「でも一つだけ言っておくわよ?」
「は、はいっ」
なんて真剣な表情なんだ。思わずタバコを落としそうになったよ。
ああ、緊張する。その言い回しマジでやめてほしい。忠告の予告みたいで、嫌なんだよそれ。
「いいかしら? 私が今から言うことを絶対に守りなさい」
返事してもいいのか、これ。首を縦に振ったら、言質取られそうで怖いんだけど。
本当に変わったよ、この人。出会った当初の影山さんなら、サンシェードの件に負い目を感じて、しばらくは下手に出てきたはずだ。
一体俺になんの指図を……。
「誰を選んでも文句は言わない。その代わり、絶対に私達五人の中から選びなさい」
…………?
「以上! アンタもタバコばっか吸ってないで、さっさと寝なさいよ」
「ちょっ……」
待ってくれよ。伝わってないって、アンタの意図。ああ、行ってしまわれた。
困るんだよなぁ。一方的に伝えた気になって、そのままどっか行く人。
でも、呼び止めてでも聞かない俺側にも問題あるよなぁ。
未来が見えたよ。上司の命令を理解できなかったのに、聞き返すタイミングを失う未来が。きっとその後は、やることがわからなくて立ち往生して、しこたま怒られるんだろうなぁ。社会人なりたくないなぁ。
「わかんねぇ……あのサンシェード女は、何を言いたかったんだ……」
影山さんはサンシェードに引っ込んじゃったし、自分で推理するしかないか。影山さんに声をかけたら、他の人を起こしかねないし。
幸い、タバコも缶コーヒーもまだまだある。暇つぶしがてら、考えてみっか。
直前の会話は確か……結婚がどうのこうだったか。
ってことは流れ的に、結婚相手を五人の中から選べってこと?
いや、そりゃないな。飛鳥さんを惚れさせた責任を取れって話ならわかる。
でも他の人ら関係ないじゃん? あるとしても、茜さんと未智さんの二人だけだ。
いや、待て待て。未智さんと茜さんが俺を好いているってのは、俺の推測に過ぎないわけであって……影山さん視点じゃ友情止まりのはず。
そういえば、街デートした時に風夏さんがそれっぽいことを言ってたような。
普通に考えれば、童貞が処女ビッチにからかわれたってだけの話なんだが、あれがガチだとすると……いや、いずれにせよ影山さんは知らないわけであって……。
んー、でも親友ならそういう話も……。
そもそも影山さんが俺に興味ないわけであって……。
仮に興味あるとしたら……ここで告白せん?
だってさ、この推理が合ってるとしたら、さっきの指図は『私もアンタのこと好きだから!』って自白に他ならないじゃん?
だったらいっそ告白すればよくない? これぐらいなら別に、抜け駆けにはならないだろうし。
「んー……そもそもの部分、推理の根底が……」
結婚話以外に、何を話してたっけ?
一つ一つ会話を思い出していけばおのずと……。
「多分合ってる」
「きゃあ!?」
し、心臓が仕事やめるかと思った。
女性みてえな悲鳴出しちゃったじゃねえかよ。
「静かに。夜遅いから」
「いや、気配ぐらい出してくださいよ」
多分起きてるだろうとは思ってたが、わざわざ影山さんが寝るのを待ってたのか?
未智さん、貴女は俺と二人っきりになって何をする気なんですか?
もしかして昼間の続きを……。
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