#57 友情崩壊一歩手前
普段は仲が良いのに……いや、仲が良いからこそだろうか。
険悪オブ険悪。人狼でも紛れ込んでんのかってぐらい、空気が重い。体感で重力三千倍ぐらいあるわ。
そこまで飲まないイメージがある茜さんも深酒してるし、飛鳥さんも凄いペースでタバコを吸っている。露骨にストレス溜まってるじゃん、皆。
いつもと変わりない未智さんが救いだよ。
「普通気付かね? 明らかにテントじゃねーじゃん」
後の尿意なんて気にせず、グビグビとビールを飲みつつ影山さんを責める。
気持ちはわかるけど、いつもの風夏さんに戻ってくれ。アンタがそんなんじゃ、立て直せないよ。
「ごめん……アウトドアコーナーにあったから……」
「パッケージの写真で違和感に気付かんかったん? 値段も明らかに安いし」
ごもっともなんだけど、誤解する気持ちもわからんでもない。だから許してやってくれ。俺だって、一瞬だけ見たら勘違いするかもしれん。
それでも購入前に気付くけどな、絶対。仮に気づかんとしても、二人用ってデカデカ書いてんじゃん。仮にテントでも、人数的に合わんってなるじゃん。
いかんいかん、心の中とはいえ、俺まで責めだしたら終わりだ。俺だけは味方でいてあげないと。
「飛鳥ちゃん、ライターあるかぇ?」
「んあ? 茜ってタバコなんか吸うっけ?」
「いんや? 蚊取り線香持ってきたんよ」
神か? ゴッド婆ちゃんか?
さすがに一晩はもたないだろうけど、どうせ寝付けないヤツが出てくるから、目が覚めた人が新しいのを点ければいいか。
それにしても、グルグル巻きタイプのは初めて見るな。アニメとか漫画では良く見るけど、俺の実家にあったのはプラグタイプだし。
「さすが茜。グッジョブ」
あっ、未智さん、ダメだって。
あんまり褒めると……。
「ごめん……本当に……」
ほら、影山さんがさらに落ち込んじゃったよ。
んー……仕事ならまだしも、遊びなんだからもうちょっと気楽に……。
「マジで反省してほしいんだけど」
「風夏さん、その辺で……」
さすがに気の毒すぎるので、フォローにまわることにした。
飛鳥さんと喧嘩になった件もあるし、あんまり自分の意見を出したくはないが、だからといって見殺しにはできんよ。
「だってさぁ、ただでさえ寝づらいんだよ?」
「ベッド以外だと……って意味ですか?」
キャンプなんだから、そこは大目に見てくれよ。
そりゃ人間誰しも、布団やベッドのほうがいいよ。でもキャンプってそういうもんじゃん。覚悟の上だろ。
「それもあるけど、胸大きいと寝にくいのよ」
あっ……やっぱりそうなんだ。
屋外且つ巨乳っていう寝づらい要素が揃ってる状況で、サンシェードか。そりゃ寝られんわ。そりゃ大量に酒飲むわ。
「美羽にはわかんないだろーけどさぁ、本当に寝にくいんだよ? それなのに、寝返りうてないどころか、隣と肩ぶつかってる状態なんてさぁ」
胸でマウントを取るな。可哀想だろ。ほら、未智さんと飛鳥さんが何か言いたげな顔してる。
それにしても……そっかぁ、肩ぶつかるかぁ。狭いもんなぁ。
寝る気にならないから今は椅子に座ってるわけなんだけど、三人で寝転がったら肩ぶつかるだろうな。
隣の人が、何を食べたかわかる距離になるだろうな。
「じゃあ、風夏さんは小柄な二人と寝ますか?」
風夏さん、飛鳥さん、未智さん。この三人ならば、多少は楽だろう。
理想を言うなら、俺と風夏さんを入れ替えるべきなんだけどな。俺の肩幅が一番広いだろうし。それ抜きにしても、あの二人は俺と寝たがってるから丁度いい。
「待て待て、私が進次郎君に重なって寝れば解決だ」
未解決だよ。寝れるわけねえじゃん。
呼吸困難でワンチャン死ぬわ。
「あっ、ハンモック二つあるじゃないですか。これを使えば、サンシェードが大分広くなるんじゃ……」
「さすがに一晩はしんどくね?」
文句しか言わねえな、このギャル。さすがにちょっと腹が立ってきたんだが。
「じゃあ俺がハンモックで寝ますよ。そもそも男ですし、あんまり一緒のテント、いや、サンシェードは……」
「あかんよ、運転手さんなんやから」
そうは言うけど、サンシェードも大概だぞ?
それに俺が運転できなくなっても、飛鳥さんが運転できりゃそれでいい。
「とにかく飛鳥さんは早く寝てください。俺ら二人とも運転できなくなったら終わりですよ」
っていうかいつまで酒飲んでるんだよ。アルコールって意外と、抜けるまで時間を要するんだぞ?
酔いが醒めているように見えて、実は残ってるってパターンあるからな?
「進次郎君と一緒じゃないとなぁ」
ええい! アラサーのくせに、この極限状況で文句言うな! 最年長なんだから、フォローするぐらいの心意気をだな……。
いや、いかんいかん。年長者としての責任、立ち振る舞いを押し付けた結果が昼間だろ。同じことを繰り返す気かよ、俺は。
「本当にごめん……せっかくのキャンプなのに……」
影山さんも限界が近いな。
なんとか寝る流れにもっていかないとな。
「とりあえず全員起きてるうちにトイレ済ませませんか? 一人で行くの危ないでしょうし、付き添いますよ」
「おお、イケメンさんやねぇ」
出ました、判官贔屓のイケメン判定。
その優しさを影山さんにもわけてやってくれ。このままじゃ泣きだしかねん。
「全員で行くのもなんだし、進次郎君には往復してもらうことになるが……」
「何往復でもしますよ。なんだったら、寝てる時に起こしてくれてもいいですよ」
「頼りになんじゃん。見直したし」
むしろ見損なってたのかよ。
本音を言うなら遠慮してほしい。どうせ周りに誰もいないんだから、深夜帯はその辺で座りションしてほしい。七輪用のトイレットペーパーも余ってるし。
虫だらけのトイレよりマシだろ、多分。
「飛鳥さんには睡眠バッチリ取ってもらわなきゃいけませんし、タバコ吸うなら今のうちに吸っといてください」
「バッチリかぁ……キミが抱き枕になってくれるならなぁ」
「腕枕でも抱き枕でも、なんでもしてあげますよ」
「ほぉ? 言ったな?」
ホントにこの人は……俺が必死に影山さんのフォローしてるってのに……。
「私も所望する」
「わかりましたわかりました、ほら、お手洗い行きますよ」
図々しくも俺と飛鳥さんの交渉に乗っかってきた未智さんの手を取り、例の汚いトイレに向かう。なんか絵面がヤバいけど、気にしないでくれ。善意百パーセントだ。
当然のように、逆の手を取る飛鳥さん。図々しいヤツしかいないな、マジで。
傍から見れば、夜更けに小さい女の子二人をトイレに連れ込もうとしてるキモオタなんだけど、通報されないよな?
「もう少しトイレ近くに陣取ったほうがよかったか?」
「そうなると他のキャンパーの近くになりますよ?」
俺らみたいなキャンパーもどきが近づいて良い人種じゃないよ。
絶対バカにされるし、覗かれる。プライバシーの欠片もないし。
「音、聞かないでね」
音……? ああ、小便の音ね。
影山さんも気にしてたけど、気になるもんなんだな。
っていうか聞こえねえよ、いくら静まり返ってても。
「バカ言ってないで、早く済ませてくださいよ」
「待って、男子トイレを使う気?」
そりゃそうだろ。なんで俺が女子トイレに入らにゃならんのだ。
「襲われたらどうするの? ちゃんと着いてきて」
「そーだそーだ。責任取れるのか?」
そんなこと言われても……。
女子トイレに潜むような変態、俺の手に負えねえって。
「いいから早く済ませましょうよ。モタモタしてると、残された人達が危ないです」
さすがに大丈夫だと思うけどね。
それでも油断はできない。服屋さんのヤバいオジさんとか、昼間のクレーマーヤンキー集団とか、この世は頭おかしいヤツが跋扈してるから。
「虫退治してくれよぉ。虫平気なほうだけど、トイレ中はさすがに嫌だよ」
「同意。虫がいるところでお尻を出したくない」
ガン無視してトイレに入ったった。無視したった。虫だけに。
うわ、男子トイレにもやっぱり虫いるよ。午前中に殺虫剤まいたのになぁ
なんでこいつらトイレに来るんだろ。すぐそこに草木が生い茂ってるってのに。
水目的……? キモッ……。
「大きいほうは絶対にしたくないな……」
男でよかったと思う数少ない瞬間だよ。
普段は意識してないけど、個室に入らず立ったまま用を足せるって幸せなんだな。
その後は、特に問題なく同行イベントを達成した。
今回は影山さんも文句一つ言わなかったが、やはり落ち込んでいるのだろうか。
それにしても茜さんは凄いな。容赦なく虫を踏み殺しまくったらしいけど、そんなことよくできるな。小さめの虫ならまだしも、カミキリムシとかカマドウマなんて絶対無理だわ。やっぱりどこの家庭も、お婆ちゃんは虫に強いんだな。
風夏さんは少し怯えていた。本人曰く、アルコール入ってなかったら無理だったとのこと。俺的にはアルコール入ってるほうが怖いな、虫に気付かない可能性あるし。
ともかく後は寝るだけ……寝れるかな? 無理だろうなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます