#56 買い物できない女

 本日のメインイベントの予定だった花火は、なんとも言えない感じで終わった。

 始まる前はローテンションだったが、いざ始まれば徐々に盛り上がりだした。

 その時は『やっぱり皆で何かをするってのが大事なんだな』って、しみじみと感じたもんだけど、三十分もしないうちに空気が悪くなっていった。

 そりゃ飽きるよね、線香花火ばっかやってたら。

 最初は誰が一番長持ちするかっていう、よくある遊びをしてたんだが、途中からわんこそばみたいな勢いで次から次へと火を点けだした。

 そりゃそうだよ。五百本くらいあんのに、一本一本大事にしてられっかよ。

 それでも途中までは盛り上がってたよ。一度に何本持てるかっていう挑戦をしたりとかさ。大学生っぽくて楽しかったよ。

 でも、それすら面倒になっちまった。周りに配ろうって案も出たけど、結局それはできなかった。

 女の子ばっかってのもあって、他の利用者さん達から離れたところを陣取ってたんだが、それがアダになった。近くにいれば自然な形でおすそわけできたんだが、今更テントの群れに近づくのも躊躇われる。


「ええっと……楽しかったな!」


 無理にテンションを上げる飛鳥さんが、見てて痛々しい。


「飛鳥さん、夜遅いから大きな声出さないでください」

「はぁい……。美羽は厳しいなぁ……」


 年下の女の子に怒られる飛鳥さんも、見てて痛々しい。痛アラサーやん。

 今回のキャンプ、なんていうか……車に乗ってる時がピークだったなぁ……。

 俺個人としては、未智さんの……いや、もう忘れよう。きっとアレは白昼夢に違いない。いくら変人でも、白昼堂々あんなことするわけがない。全く釣れない釣りが退屈で、一瞬寝落ちしてたに違いない。


「さっ、眠気が来る前にテント立てっかぁ」


 不貞腐れながらもイベントを進行させるのは、さすが年長者って感じがする。

 どうせなら、ランタンが必要になる前に立てたかったな。テントって本来は、到着して早々に立てるもんだろうし。


「テント取ってくるわ」


 そう言って、俺に手を差し出す。

 ……? ああ、車の鍵を出せってことね。

 そういや影山さんだったな、テント用意したの。


「どうぞ。あっ、俺も一緒に……」

「来るな」


 そんな冷たいこと言わなくても……。

 一人で運ぶの大変だろうし、近場の駐車場とはいえ暗いから一緒に行こうと思っただけなのに……善意なのに……。

 ああ、そうか。トイレの件を引きずってるのか。

 まあ、引きずるわな。今の今まで忘れていた俺のほうがおかしいんだよ。

 ……あの〝ジョリ〟って感触、アレだよなぁ……やっぱ。

 あっ、俺の代わりに風夏さんが付き添ってくれてる。できるギャルだなぁ。


「進次郎君、進次郎君」


 風夏さんに感心していたら、未智さんが俺の袖を引っ張ってきた。

 なんだろうか。まさかとは思うが……。


「聞くまでもないけど、私と同じテント?」


 なんでこの人の中で確定してるんだろ。

 普通に考えれば俺一人と他五人……俺のほうに誰か来るとしても、それは飛鳥さんだろう。飛鳥さんに関しては、誰も文句言わないだろうし。


「さすがにそれは……」

「風夏や美羽もお泊りしてるんだよね? じゃあ私も同じテントに入る権利がある」


 さすが未智さん、よくご存じで。

 誰だよ、この人に話したヤツ。許せねぇ。ああ、そうか。風夏さんはさておき、影山さんに関しては車内でそういう話出てたんだっけ。朝起きたらパンツ丸出しの影山さんがいて、ガン見してしまったっていう話が。


「……前から聞こうと思ってたんですが、なんで俺なんかに固執するんです?」

「自惚れた発言はやめてほしい。小説のための、ただの疑似恋愛」


 本当にそうだろうか。

 そりゃお前、普通に考えれば疑似恋愛だよ。未智さんレベルの美少女が俺なんかを好きになるなんて本来はありえない。

 でも、これまでの行動を見るに、疑似恋愛で通すのは無理がある。


「でも貴女、本気で嫉妬するじゃないですか」

「は? 彼女役になりきってるだけなんだけど?」


 間違いなく嘘だな。声のトーンとか口調でわかるよ。


「じゃあ俺と飛鳥さんが結婚しても……」

「ダメ。飛鳥さんは友達だから、不幸になってほしくない」


 強ち嘘ってわけでもないんだろうけど、本当にそれだけだろうか。

 俺としては、それだけであってほしいところだが。


「じゃあ皆さんとは無関係の人と……」

「それもダメ」

「なぜです?」

「うるさい」


 アルコールで反論が思いつかないのか、問答が面倒になったのか、ゲンコツという武力行使に出る未智さん。結構痛かった。


「とにかく私も同じテントで寝るから」


 なんて固い意志。もっと違うところで見せてほしかった。

 飛鳥さんと夜の約束しちまってるんだけど、どうしようか。うやむやにするなら未智さんの要望を通すのが一番楽なんだが……それはしちゃいけないよな。

 そろそろ飛鳥さんの気持ちに……。


「テント持ってきたよー」


 決意を固めようとしたところで、風夏さん達が戻ってきた。

 おいおい、空気読んでくれよ。なんて無茶なことを考えてみたり。


「じゃあ早速組み立てましょうか」


 ……影山さん? それ……本当にテント?

 テントに詳しいわけじゃないけど、それ……。


「美羽? なんか小さくないか?」


 俺と同じことを感じた飛鳥さんが、テントが入っていた袋を手に取り、ラベルを確認する。なんだろう、猛烈に嫌な予感がする。

 飛鳥さんの表情が険しくなったんだが、これはまさか……。


「どしたん?」

「どうしたもこうしたもないぞ……見ろ」


 近づいてきた風夏さんに、ラベルを見せつける。

 目を細めて確認する風夏さんに倣って、俺もラベルを確認する。

 …………。


「サン……シェード……?」


 耳を疑いたい。風夏さんの発言を疑いたい。

 でも、目が真実を突き付けてくる。

 サンシェードってお前……それ、ただの日よけでは?

 待て待て、落ち着け。テントとしての機能を兼ね備えているサンシェードだってあるはずだ。多分。

 大した荷物はないし、寝るだけなら……。


「百六十かける百三十……畳二畳より狭いね」


 未智さんがサイズを読み上げたことにより、希望が潰えた。この言い方だと未智さんのせいに聞こえるか。いや、んなこたぁどうでもいい。


「これが二つあったところで六人は無理じゃないか?」


 疑問形にしているが、答えは明白。どう考えても無理。

 三人はおろか、一人でも厳しいわ。飛鳥さんとか未智さんでもギリだろ。


「そんな……そんなはずは」


 テントモドキを用意した張本人が、真っ青な顔でサンシェードを組み立てる。

 おっ、一瞬だ。十秒足らずで張れたよ。テントじゃ、こうはいくまい。


「おい、これ……前閉められねえじゃん」


 さすが飛鳥さん、良い着眼点だ。俺も同じところが気になっていた。

 テントというより、ただのカマクラだぞ。プライバシーもクソもねえ。


「私でも足を曲げなきゃいけないんだが?」


 入口に対して水平と言えばいいのか、横向きに寝転がる飛鳥さん。

 飛鳥さんの身長は確か……百四十七センチだっけ? その飛鳥さんでさえ、体を伸ばすことができないのか。


「奥行が百六十センチとなってますけど……入口から外に伸びてる布面積を含めた場合の長さですよね?」

「あっ、マジじゃん。ヤバっ、ウケる」


 ウケないよ。笑えなさ過ぎて、酔いが醒めたわ。

 飛鳥さんと未智さんの小柄コンビなら、頑張れば寝れるかもしれん。頑張れば。


「しかも裏側がメッシュだな。夏とはいえ、夜は寒いぞこれ」


 バシバシと網になってる部分を叩きながら、更なる欠点を述べる飛鳥さん。

 メッシュとかマジかよ、いらん配慮だわ。

 サンシェードとしては優秀だが、テント代わりは厳しいな。


「私と飛鳥さんなら、縦に寝れる」


 未智さんが入口に対して垂直、つまり入口から足を出す形で寝転がる。おお、俺以外はいけそうだな。いや、風夏さんと影山さんも無理か。茜さんは……ギリ無理か?

 まあ、段ボールなりレジャーシートなりで延長すればなんとか……。


「でも三人は厳しくない? 寝返りうてんの?」


 至極当然の疑問を投げかけながら、未智さんの真横に寝転がる風夏さん。

 んー……三人ならギリギリ収まるかな? 寝返りは諦めるとして。

 荷物は……車にしまうか。リュック一つでさえ、収納する余裕がない。


「肩がぶつかるぐらいの距離で三人横並び、尚且つ頭はメッシュ側、足は外に放り投げるってことかぇ?」


 賢いなぁ、茜さんは。恐ろしいことに最適解がそれなんだよ。

 恐ろしく異様な光景だぞ? 足が六本飛び出てるサンシェードが二つも、河原に並んでるなんて。

 珍百景として応募されたらどうしよう。

 他の利用者から離れたところだからまだいいけど、近くだったら相当惨めだし、絶対SNSにあげられる。


「どーすんのよ、美羽。シャレになんねーんだけど」


 素面じゃ絶対に寝れないと判断したのか、余っていたビールを開けながら不満を漏らす。まずいな、風夏さんが友達を責めるって相当だぞ。

 茜さん、なんとか流れを……。


「一晩だけとはいえ、これはねぇ……」


 あかん、茜さんまでフォローを諦めだした。


「ごめん……本当にごめん……」


 泣くのを堪えながら、膝を抱え込む。

 この体勢でさえ、サンシェードの床面積をかなり消費している。こうしてみると、本当に狭いな。

 まずい状況だが、どうすれば……あっ、待てよ?


「受付の小屋なら六人でも雑魚寝できるんじゃ……」


 俺の思いつきで一縷の望みが見え、影山さんが反射的に顔を上げる。

 だがその希望は幻想だということを、風夏さんは知っていたらしい。


「あー、ダメダメ。あの姉ちゃん、施錠して帰ったよ」


 そんなバカな……。

 そういや、いつの間にかいねえや。考えてみれば、あの人は一滴も酒を飲んでいなかった。バイクか何かで通勤してたのか。


「じゃあ車で……」

「車中泊は禁止だってよ」


 ダメ元でパンフレットを眺めていた飛鳥さんに、あえなく却下される。

 そっか、防犯の都合とかあんのか。

 そもそも夜中にエンジンかけるわけにもいかんし、暑すぎて死ぬわな。

 八方塞がりとはこのことか。

 こういう時に場の空気を盛り上げてくれる風夏さんも苛立ってるし、優しさの塊である茜さんも嫌そうにしている。飛鳥さんも諦めて酒飲んでるし……いや、アンタ、明日運転するってわかってる? まあ、俺がすればいいか。

 さあ、どうすんべか。まさか、七輪産廃事件や線香花火被り事件が序章に過ぎないなんて、誰が予想しただろうか。

 こうして、人生で最悪の長い夜が始まった。早く終わってくれ。

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