#55 ステップアップ式失態

 本当に良いグループだ。俺なんかがいてもいいのかと、不安に駆られるよ。

 気を遣ってくれているのだろう。戻ってきた俺達に何も聞かず、新品の割り箸を渡してくれた。

 ここから先は、特筆するようなことがない。

 することが特に無く、トランプだの雑談だの石積みだの、思い思いに夜までダラダラと過ごした。

 待ちに待ったバーベキューも、あまり気乗りがしなかった。

 これは俺に限った話じゃない。図々しくも参加してきたお姉さん以外、生命維持のために渋々食事を取る、ブラック企業勤めのサラリーマンみたいな面持ちだ。


「風夏、アンタお腹すいてる?」

「……美羽は?」

「多分、アンタと同じ状況」


 これが乗り気じゃない理由だ。

 茜さん渾身の弁当のおかげで、大してお腹がすいていないのだ。

 普通の食事ならまだしも、バーベキューって大量に食べたいじゃん? 少しだけ焼くのって、あんまり気乗りしないじゃん?

 別に茜さんを責めるつもりはない。むしろ感謝している。よくぞあれだけの量を用意したものだ。下手なおせちセットより豪華だったぞ。


「あれっ……おかしーな」

「飛鳥さん? 何苦戦してんの?」

「風夏ぁ……私はダメだぁ……」


 ……飛鳥さん?

 七輪使ったことあるって言ってたよな? 『火起こしマスター。私のことは火起こしマスターと呼んでくれ』とか言ってたじゃん。いや、それは言ってなかったかもしれんけど、七輪の経験あるって言ってたじゃん。

 何よ? この惨状は。一時間近く経つが、火が点く気配ないんだけど。

 おかげで腹減ってきたよ。バーベキュー向けのコンディションになってきたよ。


「……着火剤は?」


 しびれを切らしたのか、未智さんが恐る恐る尋ねる。

 着火剤……? 七輪使ったことないんだけど、そういうのが必要なのか?

 まさかとは思うが……経験者の飛鳥さんが、用意してないなんてことは……。


「あはは、はははは」


 あったわ。用意してないなんてことがあったわ。

 なんだったんだよ、この時間。何を待ってたんだよ。


「わざわざ精肉店で買ったのに、まさかのお預け? はぁ……」


 風夏さんが思わずため息を漏らす。

 飛鳥さんを傷つける意図はなかったのだろうが、見事に致命傷を与えたようだ。


「すまぬ……すまぬ……」


 親友に落胆されて心が折れたのか、うわ言のように謝罪の言葉を漏らす。この人はもうダメだ。レジャーシートに体を投げだし、薄暗い空を眺めている。

 見てるだけで、手詰まり感がひしひしと伝わってくるな。


「しょーがないなあ、特別にホットプレートを貸してしんぜよう」


 神か? このお姉さんは、ゴッド姉ちゃんなのか?

 もっと早く貸せという気持ちもなくはないが、ありがたい申し出だ。

 受付の仕事を手伝わせた挙句に、タダでバーベキューに参加した図々しさを蔑んでいたが、恥じることなく手の平を返させてもらおう。この人がいなければ、険悪な空気になっていたに違いないのだから。


「本当はレンタル料取るんだけどねぇ」

「いやあ、すまない。好きなだけ食べていいぞ」


 七輪の件で糾弾されずに済んだためか、飛鳥さんは急に元気を取り戻した。

 別に責める気はないけど、大して経験がないなら事前に申告してほしい。

 釣りもそうだけど、一回や二回の経験で大きな顔をしないでくれ。エクセルで文字入力できるだけのくせに、『パソコンできます! エクセルできます!』と豪語する新入社員じゃないんだから。


「料理人としては、七輪で食べてみたかったねぇ」


 あの、茜さん? 悪気はないんでしょうけど、あんまりそういうことを言わないほうがよろしいかと……だって……。


「ごめん……無駄に歳だけくってごめん……」


 こうなるからさ。

 得意げな顔で七輪一式を持ってきて、『いいか? 炭のほかに、トイレットペーパーや新聞紙を使えば、良く焼けるんだ』とかドヤ顔しておいて、一時間以上も苦戦した挙句の果てギブアップだもんな。そりゃへこむ。

 経験者ぶって、なんかよくわからん棒をカチカチしてたけど、何も起きなかったんだから、そりゃへこむ。

 何が『知ってるかキミ達。これはファイヤースターターと呼ばれるものでな、火打石をイメージしてくれたらわかりやすい』だよ。バーベキューどころか、煙草に火を点けることさえできてねえじゃん。


「あ、飛鳥さん! こういうのって良い思い出になりますから! ちょっとくらいヘマしたほうが、思い出になりますから!」


 影山さんは偉いな。あんな醜態を見てもフォローできるんだから。ヘマって表現はどうかと思うけど、俺も見習わないとな。

 ちょっとぐらい失敗したほうが、いつか良い思い出になるって考え方も素敵だし。

 それにしても……いや、余計なことは言うまい。


「普通の焼肉だね」


 言うなって、未智さん。わざわざキャンプ場に来た甲斐がないとか言うなって。

 幸いにも未智さんの余計な一言は、俺にしか届いていないらしく、皆それなりに楽しんでいた。そうだよ、七輪じゃなくても、準備と後片付けが手間な屋外焼肉でも、肉さえ焼けりゃそれでいいんだよ。皆で何かをするってのが大事なんだ。

 心なしか普段よりも飲酒量が多いように見えるが、気にしないでおこう。酒で無理やりテンションを上げてる気がしなくもないけど、気にしないでおこう。




 手間取ったおかげと言ったら皮肉っぽいが、焼肉、いや、バーベキューが終わった頃には花火に打ってつけの暗さになっていた。

 手持ち花火なんて、歳をとるごとにやらなくなってきたし、少しばかり楽しみだ。

 釣りは釣果ゼロ、川遊びはシンプルすぎて速攻で飽き、バーベキューは結局ホットプレート。キャンプの成否は、この花火にかかっていると言っても過言ではない。

 キャンプに関しては基本的に任せっきりだったが、花火に関しては僭越ながら俺が案を出させていただいた。

 いや、案といってもそんな大げさなものじゃない。各々で用意しようという、ただそれだけのことだ。

 シンプルな案だが、悪くない案だと思う。

 各々のセンスに委ねられるので色々な花火が見れるし、他の人が選んだ花火は当日までわからないってのも面白い。

 また、購入場所が分かれたことにより、粗悪品を掴んで花火が一切できないなんて事故も防げる。持参する人間が分かれるってのも大きいな。一人に預けたら、持って来るのを忘れるなんて事態もありうる。六人で持ち寄るなら、一人ぐらい忘れたってなんとかなるはず。

 考えれば考えるほど妙案だな。この手法がしくじることなんてそうそうないさ。


「アタシが買ったのはこれ! 線香花火詰め合わせ! なんと五十本!」


 おお、これは意外だな。

 風夏さんのことだから、写真映えする派手な花火を選んでくると思ったんだけど。


「あー、かぶったなぁ」


 バツが悪そうに線香花火を取り出す影山さん。

 影山さんも線香花火オンリーかぁ……まあ、かぶるよね。俺も線香花火しか持ってきてないし。


「私は上に向けられる線香花火を買った。珍しいから買った」


 さすが未智さんだな。変わり種で来るだろうと踏んでいたが、期待を裏切らない。

 うん、面白いと思うよ。でも……。


「線香花火ばかりやねぇ……まあ、私もなんだけど」


 あ、茜さんまで……しかも明らかに粗雑なタイプのヤツ……。

 こういう大量に詰め合わせたヤツって、大体ショボいんだよな。

 うん、まずいね。線香花火しかねえじゃん。これで飛鳥さんも線香花火だったら終わりだよ。

 いや、大丈夫。袋のでかさから見て、よくある詰め合わせセットだろう。ほら、あるじゃん? ファミリー向けのお徳用セットみたいなの。

 さすが飛鳥さんだ。極論、花火なんてアレだけでなんとかなる。

 おいおい、もったいぶるなよ。早く出してくれよ。この気まずい空気をなんとかしてくれよ。まさかとは思うが……。


「……線香花火三百本セットだ」

「…………」


 おかしいな、急に静かになったぞ?

 まだ小学生でも起きている時間のはずなんだが、不気味なほどに静まり返ってる。

 どうすんだよ、この空気感。酔いが醒めそうなんだけど。

 そしてどうするんだよ、この線香花火。合計で五百本以上はあるんだが?

 なんとかしてくれよ風夏さん。ギャルだろ? パリピだろ? こういう時、逆にテンション上げられる人種だろ? ギャルってのは。


「……ローソク点けたよ……」


 低っ! テンション低っ!

 勘弁してくれよ。ギャルがローテンションになったら終わりなんだよ。

 ああ、そうだった。この人って後天性パリピなんだった。高校デビューだか大学デビューでギャルにジョブチェンジしたんだった。元は根暗だったんだ。

 こうなったら、飛鳥さんがなんとかしてくれ。持ち前の姉御肌、江戸っ子気質、最年長の貫禄、威厳で……。


「えっと……バケツで水汲んできますね……はい、それぐらいやらせてください」


 低っ! 腰低っ!

 飛鳥さんが敬語使ってるの初めて見たぞ。相当限界じゃねえか。

 そうだよな、七輪でしくじった直後にこれだもんな。そりゃ肩身狭いよ。

 なんだったら七輪よりも酷い事件だよ。七輪に火が点かなかったのは、この際どうでもいいじゃん。最終的には食えたんだから。

 でも花火はどうしようもないぜ? 運転手が酒飲んじまってるから、今から買いに行くこともできんし。


「進次郎君のせいだね」

「未智さん?」

「この事態を想定して、普通の花火を買っておくべきだった」

「未智さん?」


 え? 俺が悪いん?

 全員が全員、線香花火持って来るなんて予想してないじゃん? 六人もいれば誰か一人ぐらいは、ホームセンターとかスーパーで売ってるお徳用のヤツ買ってくると思うじゃん? むしろそういうのばっかだと思ったから、俺も線香花火買ったんだよ。


「案を出す以上は不測の事態ってのを想定しないと」


 正論は正論なんだが、なぜ上から目線で言われなきゃいけないのか。

 自分だけ変わり種持ってきたから、マウント取ってるのか? 言っとくが、等しく罪人だぞ?


「ねぇ、お二人さん」


 未智さんに全責任を擦り付けられていたところへ、茜さんがやってきた。

 まさかとは思うが、貴女も俺を責める気ではあるまいな?


「こーいうのは、ええように考えん?」

「と、言いますと?」


 どういう意味だろうか。なんにせよ、俺を責める気はなさそうだが。


「数年後、今回のキャンプの話をした時、笑い話になると思うんよ」

「まあ、それは確かに」


 なんだったら、友達と話す鉄板ネタにもなりそうだ。

 ラジオのお便りにも使えるかもしれん。


「将来的な話をすればそのとおり。でも私たちは今を生きている。今は普通の手持ち花火をしたい」


 おま……せっかく茜さんが良いこと言ってくれたのに。

 こういうワガママなところ、小憎らしいところも愛おしいんだけど、さすがに今はやめない? ほら、見てみ? お通夜みたいな空気でしょ?


「まあまあ、未智ちゃん。逆に考えたら、これより酷い展開はないってことよ?」


 えーっと……ああ、うん。

 ちょっと苦しい理論だけど、言いたいことはわかる。

 ここから先は良いことしかないはずだよ、うん。

 花火が終わった後はテントで駄弁りながら寝落ちして、ちょっと川で泳いでから帰宅。うん! 失敗する要素は皆無だな!

 などと、前向きなことを考えながら、ただただ花火を楽しんだ。

 だって、思わないじゃん? 七輪に火がつかないとか、持ち寄った花火が全部線香花火とか、そんなことがどうでもよくなるぐらい悲惨なことが起こるなんて。

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