#54 胸の内
俺の記憶が確かなら、飛鳥さんと揉めたのは初めての経験だ。
飛鳥さんに限らず、彼女達と揉めたのは初めてのはず。あっ、影山さんともひと悶着あったか。あの時の俺は相当弱ってて、飛鳥さんに慰めてもらったんだよな。
自分が困ったときは泣きつくくせに、相手がやらかした時は責め立てて泣かせるのかよ。最低な男だな、俺は。
ネカマで培った口八丁を用いれば、この場はなんとかできるかもしれない。だが、それだけは、その場しのぎだけはやっちゃいけない。
かといって、どう謝罪すればいいのかわからない。ならば、俺にできること、俺がしなければいけないことといえば……。
「すみませんでした!」
もう土下座しかない。
安い土下座だと笑いたければ笑ってくれ。だが、一つだけ言わせてくれ。
これは、許してもらうための土下座なんかじゃない。
俺は心の底から本気で、申し訳なく思っている。これが、今の俺にできる唯一の誠意の見せ方だ。
受け取ってもらえなくてもいい。許してもらえなくてもいい。
「ば、バカ! キミは何をやってるんだ!」
物音と声量に驚いた飛鳥さんが振り返った。多分。
俺の視界には土や草しか映っていないので、実際のところはわからん。音による判断でしかない。
「飛鳥さんの気持ちなんて考えずに、言いたいことばかり言ってすみませんでした」
勝手に距離を詰めすぎたのだ。
俺は元々こういう展開にならないよう、常に人の顔色を窺っていた。
本気で打ち解けたと思い込んで、距離感を詰めた結果がこれだ。
きっと俺は、人と深い仲になっちゃいけない人種なんだろう。
「……いいから頭を上げてくれよ。こんな汚いところで土下座なんかするな」
「土下座以外に知らないんです……誠意の伝え方を」
これがダメなら、金を渡す以外に思いつかない。だが、それは飛鳥さんへの侮辱に他ならない。そんな物を受け取るような人じゃない。
そもそもWIN5を当てた人に、俺のような大学生がいくら包むというんだ。
「頼むから土下座なんてしないでくれ」
「ですが……俺は貴女を泣かせてしまいました」
今のご時世、男がどうだの女がどうだのと言うのは間違っている。
それでも女性を泣かせるなんて最低だ。
未智さんのように勝手に泣いた場合は別だが、今回の件に関しては俺の非に他ならないだろう。
「頭上げてくれないと、それこそ泣いちまうぞ? いや、それどころか、この枝で自分の首をかっきりたくなる」
不穏な言葉を受け、反射的に頭を上げてしまう。
「ははは、デコに土ついてんぞ」
俺の顔を見て、力なく笑う。
ようやく飛鳥さんの顔を見ることができたわけだが、予想通り泣いた形跡があり、罪悪感に苛まれる。
「ほら、立ってくれよ。膝、ケガしてないかい?」
「えっと……大丈夫です」
強めに膝の土を払い、無傷をアピールする。
そうか、たまたま下に何もなかっただけで、ケガをしてた可能性もあるのか。そうなれば、傷つくのは飛鳥さんだというのに俺は……。
「なあ、悪いのは私なんだ。キミが自分を責めたら……私は耐えられない」
「すみません……本当に考え足らずで……」
「だから謝るなっての」
どうやら飛鳥さんは飛鳥さんで、自分に非があると思っているらしい。
俺に気を遣って自分を責めているようには見えない。
許される以前に、そもそも俺はその立場になかったらしい。
本当にこれでいいのだろうか? 俺としては食い下がりたい。悪いのは飛鳥さんじゃなくて俺だと。
だが、食い下がると今度こそ本格的に飛鳥さんが傷つくんじゃないだろうか。
かといって飛鳥さんを悪者にはしたくない。
あの時の飛鳥さんは後先考えていなかったに違いないと言ったが、実際には恐怖があったはずだ。一般人よりも小柄な女性が、若い男、それも不良に立ち向かうなんて相当な勇気が必要だっただろう。
陳腐な表現かもしれないが、言うなれば勇者だ。決して悪では……。
そうか、そうだよな。まずはそこを褒めるべきだったよな。
注意喚起なんて、その後でいいじゃないか。順番って結構大事だよ。
「本当に相手の気持ちを考えられなかったのは、私のほうだよ」
「飛鳥さんが……?」
「キミは本気で心配してくれたんだろ?」
コクッと首を縦に振る。
「てっきりさ、私のことを嫌いになっ……」
「それは違います!」
思わず食い気味になってしまった。
わかってるさ。『嫌いになったと思ってたけど、勘違いだよな』みたいな感じに繋がるってことは。
それでも〝嫌い〟って単語には、自然と反応しちゃうんだよ。
「ああ、わかってる。でもキミって、人に厳しいことを言うイメージないからさ」
それは間違いなくそうだ。友達相手でも遠慮する性格だからな。
今回のケースは、だいぶ特殊な部類だと言える。
本気で向き合いたくて、説教じみたことを言ってしまったのだろうか。
「なんとなくなんだけどさ……キミは未智のことが好きなんじゃないかって」
え? いきなり何言ってんの?
なんで今の流れから……というか、何を見てそう思った?
「えっと? 友達だとは思ってますが……」
「可愛いだろ?」
「そりゃまあ……可愛いですけど」
変人ではあるが、可愛い。それは間違いない。
でもそれ言ったら皆そうじゃん。全員可愛いと思ってるよ。
「未智が好きだから、私の好意が鬱陶しいのかなって……だから怒ったのかなって」
……? 待ってくれ、わかるけどわからん。
言いたいことはわかるよ? 本命じゃない相手がグイグイ来るから、冷たくあしらうってのはある話だと思う。飛鳥さんがそう感じたってのもわかる。でもなんで未智さん? そりゃまあ、ね? 凄い進展があったけど……。
「ごめん、変なこと言った」
うん、相当変なことを言ったよ。急に未智さんの名前が出たから、話を聞き逃したのかと思ったよ。
「とにかくさ、嫉妬だよ、嫉妬。子供じみた癇癪を起こしちまった。ごめん」
「いえ……そんな……」
「後はそうだな、喧嘩に勝ったのに褒めてもらえなかったのが悲しくてな」
ああ、やっぱり。
いい歳こいた大人が……って思うかもしれないけど、気持ちはわかる。
善悪は別として、やってることは凄いことだし、とりあえず褒めてほしいよな。
俺も逆の立場だったら、同じ気持ちになっていたかもしれないし。
「よし、この話は終わりだ。じゃあ戻ろう」
言いたいことを言ってスッキリしたらしく、来た道を引き返そうとする。
あっ、まずい。
「あっ……待ってください」
「な、なんだ? まだ怒っているのかい?」
いや、元々怒ってないって。
まあ、んなこたどうでもいい。今は飛鳥さんの安全を確保しなければ。
「乗ってください」
「え? なんで? おんぶしてくれんの?」
「水着とサンダルで歩くの危ないですから」
何度も言うが、本当に無事でよかった。
そんな軽装で林を全力疾走なんて、正気の沙汰じゃないぞ。
「……優しいな、キミは……だから不安に…………」
意味深なセリフを呟きながら、俺の背中に乗る。
なんて言おうとしたのかは、なんとなくわかる。
他の子も俺のことを好きになるって言いたいんだろ?
俺なんかを好きになる酔狂な人は、飛鳥さんぐらいだから大丈夫……と言いたいところなんだが、茜さんと未智さんが危ういのよな。
まあ、一時の気の迷いだと思うんだけど……。
「なあ、進次郎君」
「なんです?」
「どう思ってるんだ? 未智のこと」
やけに未智さんのことを気にしてるな。
まさかバレたわけじゃないよな? さっきのことが。
「ちょっと変わってますが、可愛らしいと思ってます」
「正直に答えてくれ。私とどっちが可愛い?」
「甲乙付け難いですが……俺の感性では……どっちかと言えば未智さんが……」
わかってる。この手の質問は嘘でも、質問者に軍配を上げなきゃいけないってことぐらい。少なくとも昔の俺なら間違いなく、『誰よりも飛鳥さんが可愛いですよ』と答えていたに違いない。
「変わったな、キミも」
俺の心を見透かしているかのような一言。
本当によくわかってるよな、俺のことを。
「怒らないんですか?」
「正直に答えろと言ったのは私だ。妬けるけど、首を絞めたりなんかしないさ」
首絞め案件だったんだな。飛鳥さんの懐の深さに感謝せねば。
「飛鳥さんも変わりましたね」
「あー? 私は元から大人だぞ。お姉さんだぞ」
調子が戻ったようで何よりだ。飛鳥さんはこうでなきゃ。
「でさ、未智のどこがいいんだ? ああ、いや、別に変な意味じゃない。どういうところが好きなんだ?」
「好きってのは違う気がしますけど……その、引かないでもらえますか?」
「あん? 引かれるような性癖があるのかい?」
あまり言いたくないが……飛鳥さんなら、ここだけの話にしてくれるだろう。
「性癖と言いますか、未智さんが大泣きしたんですよ。ワガママを咎められて」
「へぇ? 未智が大泣きねぇ……」
付き合いが長い飛鳥さんでも、ピンと来ていないようだ。そりゃそうだよな。涙腺なさそうな女性ランキング上位だもんな。
でも大泣きしたんだよ。逆ギレ気味に。
「その時に……庇護欲がそそられたと言いますか……意外な一面に惹かれたと言いますか……」
「そっか……」
「引かないんですか?」
「いいや? キミは間違っちゃいないさ」
正解だとも思えんけど、間違っていないと太鼓判を押してもらえてよかった。
「他にも色々聞きたいことはあるけど、今日はこれぐらいにしとくよ」
どうやら満足してくれたらしい。
少し変な質問だったが、飛鳥さんにとっちゃ大事なことだったんだろう。
なぜ未智さんに白羽の矢が立ったのかはわからないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます