#48 釣果ゼロ
「この時間帯は、夏でもちょっと冷たいわね」
「ビキニにしたの失敗かもしれん。進次郎君、全然見てくんねーし」
何やってんだろ、あの二人。足湯ならぬ足川?
「おい、進次郎君。コラ」
「なんで喧嘩腰なのか知りませんが、呼びましたか?」
なんだろう。釣り中は静かにしてほしいんだけど。
「せっかくの釣りだぞ? 女の子を抱きながらするのが、王道だろ?」
どこの界隈の話だよ。
「その王道、存じ上げないですねぇ」
「だよね。ラノベ読み流してる私も、見たことない」
読み流すなよ。作家志望だろ? 読みこめよ。
そんなだから、人間味のないキャラばっかに……。
「じゃあ、なんで未智を抱いてんだ? おかしいよな?」
「抱いてないですよ。足の間に座ってるだけですよ」
「私でいいよな? なんで未智なんだ? 納得できる説明を求む」
うるせぇな、この人。
純粋に釣りを楽しみなよ。釣りに対する真摯さってもんを持とうよ。
「だって飛鳥さん、水着じゃないですか」
「それがなんだ? むしろ嬉しいだろ? 私のことが嫌いなのか?」
なんですぐ、嫌いって発想が出るんだよ。メンヘラかよ。
俺が飛鳥さんを嫌うわけないだろ。何があろうと、一生好きだわ。絶対本人には言わんけどな。
「飛鳥さん。進次郎君は照れてる」
「釣りの邪魔なんで、やっぱりどいてもらえますか? 糸絡まっても困りますし」
この不思議っ子め。大人しく従ってあげてるのに、余計なことを言いよって。
言っとくが、アンタ相手でも恥ずかしいんだぞ? ラノベの取材っていうのを知ってるから、割り切ってるだけの話であってだな。
「ほう? 私の激マブな水着にメロメロなわけだな?」
全体的に古いんだよな、語彙が。
アラサーにしても古いんだよ。多分、年上の知り合いが多い影響なんだろうけど。
「いつだってメロメロですよ」
「っ……そうだろう、そうだろう。知っているさ、ああ」
「足の間に座らせたら、近すぎてよく見えないでしょう? だから、今の位置関係が丁度いいんですよ」
「はっはっは、キミは賢いなぁ。ああ、合理的だ。納得だ」
適当にあしらっておいた。俺は、ほぼ人生初の釣りを楽しみたいんだ。
正直、やりかた合ってるのかどうかさえわからんけど、糸を垂らすだけで楽しい
「なるほど、さりげなく好意を伝えることで相手をゆさぶると……」
「未智さん、黙ってください」
「誰に口利いてるの? いつでも掴めるんだよ」
暴力による言論統制は、やめようよ。それを通してしまったら、俺は今後一切、未智さんに意見を言えなくなる。
屈しちゃいけない。笑顔で肩パンをいなしてたら、靴を隠されたなんてことも、ありうる話よ。
「未智さんは今日も可愛いですね」
まあ、俺はすぐ屈することで有名なんだけどね。
しょうがないじゃん。未智さんは本当にやるタイプなんだから。
「ノースリーブを着るのは、勇気がいったよ」
「なぜ思いきることができたのでしょうか」
「アナタのためだけど?」
俺のため? そんな嬉しいこと言われてもなびかんぞ。絶対に。
あれだろ、モルモットに対する飴と鞭だろ。知ってんだからな。
「腕ぐらい、触ってもいいよ?」
「……釣り竿で両手が……」
「生殺しはどんな味?」
悔しいな。ただの腕なのに……。ただの白い細腕なのに……。
露出が低い人間は、腕を出すだけで男を魅了できるのか。勉強になるな。
「進次郎君。キミの邪念で魚が逃げてるぞ?」
俺のせいにすんな。経験者なら、釣り上げる瞬間を早く見せてくれよ。
釣りめっちゃ上手そうな見た目してるくせに。
「きっと魚が、茜さん達のほうに行ってるんですよ。スケベですねぇ」
「スケベなのはアナタ。見るのを必死に我慢してるって、気配でわかる」
どんな気配だよ。
正解だけど、言いがかりはよしてくれ。気配なんて出してないよ。常にクールさを保ってるわ。
「釣り竿借りるときも、お姉さんが気になってたよね? 嫌いって言ってたくせに」
「嫌いですけど? あんな適当女」
「無自覚なの? 直した方がいいよ、足とか谷間とか見る癖」
……目敏いな。
否定できないのが悔しいよ。
「あのさ、進次郎君。私達五人なら、まあいいよ。でも他の女を見られるのは、あんまり良い気分しないっていうかさ。私が口出しできる立場じゃないってのは、重々承知してんだけどさ」
「善処します」
俺に限らず男は皆そうだと思うけど、ここまでバレてるなら少し気を付けよう。
ああ、へこむわ。
よくいる二次元のヒロインみたいに、怒ってくれるならいいよ。でもさ? こうやって、妙に優しく諭されるのって……結構精神にくる。
飛鳥さんからは、子供っぽい嫉妬をぶつけられたいんだよ。大人としての忠告とか求めてないんだよ。
「ところで飛鳥さん。普段から釣りしてるんですよね?」
気まずいから話題変えよ。
そもそも、せっかくのアウトドアなのに、この手のトークばっかなの勿体ねえよ。
驚いたぞ? 車内で一切キャンプの話をしないんだもん。視聴率低迷してヤケになった旅番組じゃないんだからさ、もう少しエロトーク控えようよ。
「普段からってほどじゃないけどな。ウチの家族、アウトドア派なんだよ」
「へぇ、俺の家はキャンプとか釣りとか全然しませんから、羨ましいですよ」
ごめん、嘘ついた。別に羨ましくない。家族と出かけてもつまらんし。
家族で遊園地とか動物園に行ったときも、早く帰ってゲームしたいって思ってた。
「火を起こしたり、テント張ったり、色々得意なんだぜ? 惚れなおしたか?」
すぐ恋愛方向に持っていこうとする。
どうせアレだろ? 俺が「限界まで惚れてますよ」って言うの期待してんだろ?
「釣り教えてくださいよ。さっきから釣れる気配がゼロなんですけど」
「ルアーだからなぁ……」
「ダメなんですか? 虫、触りたくないんですけど」
虫を使わない餌もあるみたいだけど、なんか明らかに高かったんだよな。
アレが相場通りなのか、ぼったくってるのか、わからんけどルアーにした。俺の一存で。
「未智ばっかり見てないで、川を見てみな。小っちゃいのばっかだろ?」
「別に腕なんて見てないですけど、そうですね。稚魚ですか?」
「稚魚ではないと思うけど、ルアーはもう少し大きな魚用なんだよ」
え? じゃあこの時間なんだったん?
「撒き餌とかも使ってないし、根気いるぞ」
「ねえ? 腕見てたの? えっち」
同時に喋るな、同時に。何だって? 撒きエッチ?
「失礼ですけど、そこまで詳しくないんですか? 釣りに関して」
「スケベなキミは、川遊び一択だと思ってたからな。釣りに関する知識をインプットしてないんだよ」
なんだよ、その言い訳。俺のせいにするなよ。
「釣りはどうにも退屈でな、性に合わないんだよ」
落ち着きないもんなぁ。
「せっかく水着着てるのに、付き合わせてすみません。未智さんと二人で釣ってますから、風夏さん達と遊んできてくださいよ」
向こうは向こうで、まだ足川状態で、遊んでるようには見えないけど。
冷たいのはわかるけど、根性出そうよ。一回全身入れば、案外平気になるだろ。
「……あんまり機会ないもんな」
「……?」
よくわからないことを言い残して、風夏さん達のもとへ向かう飛鳥さん。
てっきり『未智と二人っきりにできるか! エッチなことする気だろ!』みたいな感じで、駄々こねると思ったんだけど。
どうしたんだろうな? まあいいや、怒ってる感じではなかったし。
「未智さん、この体勢疲れませんか?」
釣りってね、結局横並びがいいんだよ。
このバカップルみたいな体勢でやると、とにかく腕が疲れる。糸が絡まりそうで、精神も疲れる。
「じゃあ、一本の竿を二人で使おう」
「……まあ、いいですけど」
この体勢は意地でもやめないんだな。
意外と甘えん坊なんだよな、この人。俺、こういうのに弱いんだよ。
常に尻尾振る犬よりも、つっけんどんだけど極稀にデレる猫が好きみたいな。
「飛鳥さんって、どれぐらいの頻度でアナタの家にいるの?」
「……いない日あるのかなって感じですね、最近は……もう住んでると言っても、過言ではないでしょう」
俺、結婚向かないんだろうなって思う。
一人の時間が欲しいよ。ワンルームで二人って、結構しんどいよ?
「……性欲処理って、どうしてるの?」
だからやめようよ、こういう話。キャンプだぞ?
景色楽しもうよ、俺の性事情よりもさ。
「……スマホで見た物を頭に焼き付けて、トイレとかで……」
「苦労してるね。そんな状況で上手くできるの?」
正直厳しい。義務感でやってる感が強い。
「ちょっと前まで風夏さんが泊りに来ててですね……風夏さんが入った後の風呂に入ったら……自然とその……」
「おっき、しちゃった?」
「……ええ。ドン引きするぐらい速攻で出ましたね」
嫌だわ、本当に。なんでキャンプ場で、赤裸々に話さなきゃならんのだ。
「お風呂なら飛鳥さんも使ってるよね? 飛鳥さんでは、おっきしないの?」
「……足で首絞められた時、ちょっとだけ……」
「アナタは実に気持ち悪いね」
突き落とすぞ? 俺がその気になれば、川に落とせるんだぞ?
未智さんの小説モドキのために、仕方なく暴露してるってのに、もうちょい感謝してくれてもいいだろ。
「風夏に言ってもいい? 風夏の残り湯で発情してたって」
「いや、別に残り湯に発情したわけじゃないですよ。シャワーでしたし」
「え? じゃあなんで……」
「その空間で風夏さんが全裸だった事実とか、裸で直に座ってた椅子とかに……興奮してしまったというか……」
「……そのメンタルで、よく飛鳥さんと一線越えてないね」
憐憫の情を向けないでくれ。
いっそドン引きしてくれよ。罵声浴びせてくれよ。憐れみが一番効くんだよ。
「しょうがないじゃないですか。まともに自慰もできない日々が続いて、その状況であんな露出高い美女が家に泊まり込みって……手を出さなかっただけ偉いでしょう」
「頼めば? 土下座すれば3Pできるでしょ」
できんし、頼めんわ。
「未智さんは土下座すれば、ヤらせてくれるんですか?」
「浮気しないって誓えば、いいよ?」
「……小説の取材のためですか?」
「……いいから誓ったら? 皆、川遊びに夢中だよ」
おっ、腰まで川に浸かってる。
いや、飛鳥さん大丈夫か? あの身長じゃ、溺れるんじゃないか?
俺も川で泳ごうかな。飛鳥さんが溺れないように、近くにいないと……。
「現実逃避してないで、私を見て」
「……嫌でも視界に入りますよ、この体勢」
近すぎて焦点合わないぐらい、視界を独占してるよ。
おかげで、川見たいのに空ばっか見てるぜ?
「ふざけないで。なんのために、おめかししたと思ってるの?」
「気まぐれでしょう? ほら、釣りに集中しましょう?」
「……」
「未智さん?」
「……」
集中してるのかな? うん、そういうことにしよう。
怒ってるわけじゃないよな。怒らせるようなこと、してないもんな。
ちょくちょく
にしても、釣れないな。魚も、未智さんも。
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