#47 蛮族輸送車

 はぁ、やっと見通しが良くなってきた。

 山道の運転って気を遣うんだな。大型トラックで走ってる人、マジで尊敬するわ。


「進次郎君、対向車いないからって真ん中に寄りすぎだぞ?」

「レンタカー擦るの怖いですし……」

「まあ、うるさいこと言うつもりはないけどさ……堂々としなよ」


 優しい教官が横にいるって、ありがたいことなんだな。

 俺の通ってた教習所、偉そうなオッサンばっかだったからなぁ……。


「そういや進次郎君、水着買ってなかったよね?」


 風夏さんが流れをぶった切って質問を投げかけてきた。


「んー、昔のヤツでいいかなって」

「せっかく私が買ってやるって言ったのに、遠慮するんだもんなぁ」


 なぜか呆れ気味に呟く飛鳥さん。

 いや、遠慮も何も……水着なんて頻繁に買い替える必要ないじゃん。


「飛鳥さんセレクションはちょっと……」

「なんだよ、信じろよ。普通のブーメランパンツだよ」


 普通じゃないんだよなぁ……。

 あんなの、筋肉質なお兄さんしか似合わんだろ。


「そんなキモいの履いてきたら、大事なところ蹴り上げるわよ」


 影山さんは怖いなぁ。キモいのはわかるけど、蹴る必要ないじゃん。

 法治国家に生まれてきた自覚ある? 蛮族育ちなの?


「ちょっとわかるかも」


 風夏さんも蛮族育ち?


「めちゃくちゃわかる。蹴りたいから履いてほしい」


 未智さんは現役蛮族?


「進ちゃんには悪いけど、ちょっとだけわかるねぇ」


 茜さんまで!?

 え? 俺、蛮族の輸送任務に就いてたの? ていうか、このタイミングで起きてこないでくれよ。助けてほしい時にスヤスヤしてたくせに。


「他はともかく、茜さんがそんなことをおっしゃるなんて……」

「他って何よ、他って」


 うるせぇ、他代表。言い出しっぺのくせに。


「いやいや、別に気持ち悪いって言ってるわけじゃないんよ? 蹴りたいっていう気持ちがわかるってだけで」


 そっちのほうが嫌だよ。そっちをわからないでほしかったよ。暴力を咎める側の人間でしょ、アナタ。


「俺には全く理解できないんですが」

「実際にはやらんよ? でも、蹴りがいがありそうでねぇ」


 なんだよ、蹴りがいって。何を見出してるんだよ。


「進次郎君だって、アタシの胸揉みたいっしょ?」

「そりゃまあ……」

「それと一緒」


 絶対違う。

 三秒で考えた理論で押し通そうとするな。パッションだけで全て乗り切れると思うなよ。その処世術は、ギャルの世界でしか通じんからな。


「進次郎君、キミは揉みたいのか? 私がいるというのに、風夏の無駄なぜい肉を揉みしだきたいのか?」

「無駄じゃないんだけど? 皆を幸せにする魔性の肉体なんだけど?」


 なんだその言い回し。たしかに不幸になる人はいないだろうけど。


「腹立つから自慢やめてくんない?」

「美羽だってそこそこ……多少はあるじゃん」

「女同士だからって、言っていいことと悪いことあるよ?」


 いたわ、不幸になってる人いたわ。魔性の肉体が争いの火種になってるわ。


「ちなみに進次郎君は、茜ぐらいが丁度いいらしいよ」


 だから、ちなむのをやめろ。お前は皆を不幸にする。少なくとも俺は不幸になる。


「進ちゃん、さっきのは冗談なんよ。蹴りたいなんて全然思ってないんよ。だから遠慮なんてせんでええからねぇ」


 何言ってるか全然わかんねぇ。茜さんと意思疎通できなくなったら、俺は誰を心のよりどころにしたらいいんだよ。

 疲れるな……川に着く前から疲労困憊だよ。会話と運転しかしてないのに。

 でも、内容はさておき、六人いる中で自分が話題の中心って……恐れ多いけど、嬉しいかもしれん。


「なぁ進次郎君。どういう経緯で未智とそういう話になったか知らないけどさ、とにかくショックだよ」


 いや、やっぱ脇役でいいや。会話に聞き耳立てるぐらいが丁度いい。


「大は小を兼ねるよ? 絶対アタシにしたほうがいいって」

「風夏ちゃん。人の好みを無理矢理変えようとしちゃいかんよ」

「えー? 自分が好かれてるからって……アタシのほうが顧客満足度高いのに」


 どこの統計だよ。処女のくせに。

 どうでもいいけど、性の話しかしねえなコイツら。大学生らしいっちゃ大学生らしいのかもしれんけど。


「さっきの話に戻していい? 蹴りについて、もう少し語り合いたい」


 お前はなんなんだよ。研究者目線で性の話に入ってくるなよ。よりにもよって特殊性癖で。

 蹴りについて討論していいのは、武道家だけだ。あとサッカー選手。


「んー。進ちゃんが怖がっちゃうからねぇ。ガールズトークにとっときましょうね」


 雲散霧消させろ。温存するな。二度とガールを名乗るな。

 頼むから常識人の茜さんに帰ってきてほしい。


「キャンプの話をしませんか?」


 なんでいちいち誘導しなきゃいけないんだろ。

 普通はこっちが主体だろ。なんで脱線した状態で始発が出るんだよ。


「言っとくけど、普段はこんなアレな話しないよ? でも、男の子が加わると変わるもんだよ」


 風夏さん、もっともらしいこと言ってるつもりだろうけど、納得できんぞ?

 変わるにしても、こう……普通の恋バナ的な……さ。


「うん? 茜? なにその顔?」

「いやねぇ、こういう話しないから……青春を噛みしめてたんよ」


 キャンプで噛みしめようよ。普通はそっちなんだよ。

 異常性癖者達を輸送してるって、突然知らされた俺の心境を考えてくれ。実は爆弾搭載車って知らされた気分だよ。


「それにしてもこの辺不便そうだよねえ」


 茜さんのニヤけ面に興味を無くしたのか、窓から外を眺める風夏さん。

 言われてみりゃそうだな、コンビニの一つもねえぞ。


「一応、キャンプ場から一時間くらいのところにスーパーがあるはずよ」

「さすが美羽。マメだね」

「風夏がズボラなの。普通は周辺施設くらい調べるから」


 そういうもんかね?

 しかし、一時間か……車で? だとしたら、周辺施設とは言い難いんだが。


「食材は多めに買いこんだし、大丈夫だろ。茜も弁当作ってくれてるし」


 そう言いながら、後部座席を振り返って茜さんを見る。

 あんまり視界の端で動かないでほしい。気が散るから。


「腕によりをかけたんよ」

「バーベキューするのに?」

「そう思ってねぇ、煮物とかサラダとかお漬物とか、お口直しを意識したんよ」


 重箱じゃなくてよくない? セレブの運動会じゃないんだから。

 ……皆のことが好きなんだろうな。世話好きなことに加えて。


「それはさておき、早朝出発する必要ありました? もう見えてきましたよ」


 年季の入った案内看板が見えてきた。十キロ先って、告知にしては遠くない?

 文字が消えかかってるけど、ここで間違いないはずだ。


「早朝なら誰もいないだろうし、水着で泳げるじゃん」


 なるほどなぁ……合理的だけど……。


「風夏さんの水着お披露目のために、早起きさせられたんですか? 俺ら」

「じっくり見たいっしょ?」

「いや、そりゃあ、俺は嬉しいですけど……」

「いい加減にしないと本当に蹴り上げるぞ? 意外と嫉妬深いんだからな、私は」


 意外でもなんでもないよ。

 でも、そのわりには器大きいよね。

 独占欲を抑えているというか、友達相手に牽制しないというか……まあ、牽制するまでもないんだろうけど。飛鳥さん以外、俺に好意ないし。


「進ちゃん、私も早朝用の水着用意しとるんよ」


 時間帯で変えるの? 喫茶店兼バーじゃないんだから。


「進ちゃんには本当に感謝しとるよ」

「ふぇ? 俺に? なんの話です?」

「自分に自信がないから、ビキニなんて一生着れないと諦めてたんよ」


 なんで自信ないんだよ。家に鏡ないのかよ。自分を客観的に見れないのかよ。

 っていうか、ビキニ着るの? なんかソワソワしてきてたんだけど、到着寸前で事故りそうだわ。


「なぁ? この前、私にプレゼントしてくれただろ? 本気で見惚れてただろ? 一番は私なんだろ? 嘘でもいいから、そう言ってくれよ」


 体のことになるとおかしくなるよな、この人。

 ……深刻な悩みなんだろうな、容姿が中学生ぐらいから変化ないのって。


「俺は今の飛鳥さんが好きなんだけどな……」

「え? も、もう一回、もう一回言ってくれないか? 聞こえなかったんだ、よく」


 おい、今の音はなんだ。今のピコンって音はなんだ。録音しようとするな。

 お? アレか? あのボロボロの看板、キャンプ場の入り口だよな?


「アレが今日泊まるキャンプ場ですね」

「おい、誤魔化すな」

「皆さんお疲れさまでした。下手な運転で乗り心地が悪かったでしょうが……」

「おい?」


 助手しないくせに助手席に鎮座しているヤツを無視して、受付まで徐行する。

 すげぇな、こんな早朝に人がいるぞ。受付のプロだな。


「すみません、予約していた影山ですけどー」


 窓を開けて、受付に向かって呼びかける。影山さんが予約してくれてたのか。

 読んでいた新聞を置いて、気だるそうに受付窓に来るお姉さん。こういう受け付けって、じいちゃんばあちゃんのイメージだけど、若いお姉さんのパターンもあるんだな。


「はいはいー、お早いご到着でー」


 対応の雑さはイメージ通りだな。田舎の辺鄙なキャンプ場って感じ。

 ……しっかしラフな格好だな。目のやり場に困る。


「あら? 子供もいるの? 大人六人って聞いてたんだけど」


 子供? ああ……。


「二十七だ」


 慣れた手つきで免許証を見せる。悲しいな、これに慣れるのって。


「うそ? マジ? めっちゃ年上じゃーん」


 まあ、そういう反応になるわな。

 てかお姉さん年下なんだ。この人もアラサー感あるけど。


「天馬? ああ、ジッちゃんと知り合いの?」

「おう、元気にしてっか? あのスケベじいちゃん」


 本当に顔広いなアンタ。

 っていうか先に駐車場まで行かせてほしい。世間話は後にしてくれないか。


「最近男ができたって噂だけど、この子?」


 噂になってんのかよ、恋人できた程度で。いや、恋人じゃないけど。


「これからゆっくりと落とすところさ」

「ふーん。じゃあフリーなんだ」


 うるさいな、初対面のくせに失礼だな。これが田舎の悪いところだよ。何が温かみだよ。良いように言うなよ。


「やらんぞ?」


 人前でしがみつくな。そういうのは二人っきりの時にしてくれ。


「取らん取らん。アタシ面食いだし」


 本当に失礼なヤツだな。その目のやり場に困る服とスタイルに免じて、許すけど。


「そりゃ残念です」


 勿論社交辞令だ。

 目をかけられなくて良かったと思ってるよ。


「まあ、彼氏が浮気性だから、キープ君ぐらいにしてあげてもいいけど?」


 なんやコイツ、死なせたろか。

 初対面の女、それもこんな礼儀知らずのだらしなさそうな女にコケにされて、頭にこねえ男はいねぇ。だから、ハッキリ言ってやったさ。


「光栄です。浮気されることを願ってますよ」

「へぇ、面白いヤツ」


 嘲笑とも取れるような笑みを浮かべながら、証明書とパンフレットみたいなヤツを受け取った。

 注意事項とか利用規約が記されているのだろうか。読む気はイマイチ起きないが、きっとマメな影山さんが目を通してくれるだろ。


「俺、あの人嫌いかもしれません」


 慣れないバック駐車に苦戦しつつ、ついつい愚痴を漏らす。

 何が言いたいのかわからないが、影山さんが愚痴にケチをつけてきた。


「美人だったのに?」

「アナタのほうがよっぽど可愛いですよ」


 適当に本音を返したところで、駐車が完了した。

 んー、ちょっと斜めになってるか? いや、及第点及第点。


「そーやってすぐ調子の良いこと言って……でも、そのテクじゃお姉さんは落とせなくて、残念だったわね」


 なんで嬉しそうなんだろ。


「落とす気なんてハナからなかったですよ」


 だって嫌いだもん。ああいうタイプの人。

 彼氏さんが浮気性だって? アンタがキツいからじゃねえの?


「よく言うわよ、いやらしい目で胸元を……」


 性について厳しいよ、この人。例の団体に入らないことを願うばかりだ。


「さ、荷物降ろしましょうか。嫌なことは早く済ませて遊ばないと」


 楽しみだなぁ、川遊びって何していいかわからんけど。

 浮き輪持ってくればよかったか? いや、川で浮き輪は危ないか?


「すーぐ誤魔化すんだから。言っとくけど、そういう目線で見てることに皆にバレバレなん……」

「テントって今すぐ張ります?」

「寝る前でいいんじゃないか? 人がいないところに立てたいし」


 さすが飛鳥さん、頼りになる。よっ、年の功。


「飛鳥さんも怒ってくださいよ。コイツ初対面のお姉さんの胸を……」

「クーラーボックスは俺が持ちますよ。貸してください」

「進ちゃんは男前やねぇ。後で膝枕してあげようねぇ」

「おい、私の役目だぞ」


 影山さんがピーピーわめいてるけど、無視したった。

 褒められると攻撃的になる傾向あるよね、影山さん。

 そういや未智さんのリアクションも面白かったな。早口になったり、壁だかドアだかに激突したりさ。

 根っこがクソガキなんかねぇ、俺。女性のこういうリアクション見るのが、たまらなく好きなんだ。別に共感してくれなくてもいいんだけどさ。

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