#46 走る公開処刑台
「あらあら、皆早起きさんやねぇ」
茜さんが、いつも以上にニコニコしながらやってきた。
最後に来るなんて意外だな、俺と飛鳥さんより早めに来ててもおかしくないのに。
ん? 手に持ってるのは……お弁当?
おかしいな、バーベキューする予定なんだけど……なんか重箱持ってるよ。
もしかして作ってきたのか? だから遅れたのか? いや、厳密には遅れてないんだけど。
「おはようございます。ご機嫌ですね」
「そりゃあねえ。皆でお泊りなんて久々ですもの」
そうなんだ。まあ、そうだよな。茜さんって実家の仕事を手伝ってるわけだし、おいそれと外泊なんてしてられんよな。
「あれ、その服……」
たしか……デートの時に着てた服だよな?
川遊びすんのに、勝負服なんか着ちゃってまあ……。
「うん? あらあら、覚えててくれたんやねぇ」
「ええ。やっぱり、よくお似合いですね」
「良い子やねぇ、進ちゃんは」
ああ……早朝から孫になっちまう……。
反射的に撫でやすい位置まで頭を持っていくあたり、孫適正あるかもしれん。
「なんだよ、二人の世界に入るなよ。面白くないぞ」
アラサーが背中をポカポカ殴ってくるが、あえて無視する。
好きな子に意地悪する男の気持ちがわかる気がする。なんていうか、心地が良い。
「進ちゃんが褒めてくれたから、気に入っとるんよ。このお洋服」
なんか照れくさいな。
俺なんかの評価を前向きに受け取ってくれるなんて。
「思い出した。二人でデートした時の服だね」
未智さんが、つまらなさそうな顔で口を挟む。
うん、デートしたっていうか、デートさせられたって感じだけどな。キミに。
「詳しく聞こうか。車に乗りたまえ」
デート絶対許さないウーマンが、俺のベルトを掴んで車まで強制連行する。
未智さん? 謀ったな?
「飛鳥ちゃんや、あんまり進ちゃんをイジメちゃいかんよ? ちょっと遊んで、ちょっとお食事して、ちょっと抱っこしてもらっただけなんやから」
茜さん、それ擁護じゃないです。援護射撃です。
風夏さん、助け……何わろとんねん。
「抱っこってなんだ? エッチなことしたのか?」
「寝不足のようですね。俺が運転するんで、到着まで寝ててください」
「うるさい。今夜は寝かさんからな」
やだっ、ケダモノだわ。
結局、出発前に洗いざらい白状させられた。
なぜか影山さんまで不機嫌になった時は、どうしようかと思ったね。飛鳥さんはわかるけど、なんでアンタが怒るんだよ。そんなに茜さんが大事か。
おかげで運転に対する緊張感は薄れたよ。苦手な右折出場も難なくできた。まあ、車の通行量が少ないから、できて当たり前なんだけど。
良く見えなかったが、コンビニ店員はきっと『やっと行ったよアイツら』って顔をしていたに違いない。ご迷惑をおかけしました。
「膝枕ねぇ。お熱いことで」
まだ不貞腐れてるよ、この人。
アンタはいっつもくっついてるじゃん。膝枕以上のことしてんじゃん。
「エアコン強めましょうか?」
「ハッハッハ、面白いなぁキミは。急にサイドブレーキ引いて心中してやろうか」
六人で無理心中は、未解決猟奇事件なんよ。
「何よりお姫様抱っこが許せないよなぁ? 許せねえよ」
「絶対に許せない」
なぜか未智さんが、許さない血盟軍に加わる。
言っとくが、半分はアンタのせいだかんな。
「いつか私も……そうだ、今日してもらおうかな」
なんで? なんで未智さんをお姫様抱っこしなきゃいけないの?
そのまま川に放流していいなら、考えないこともないけど。
「この際、全員やってもらえばよくね? アタシ、水着のために体重落としたし」
なんでプロレスラーのファンサービスみたいなこと、しなきゃいけないんだよ。
あと、体重落としたところでアンタが一番重いだろ。
「頼りない細腕で、私を抱っこしてくれた進ちゃん。男前やったねぇ……」
何をしみじみと……。言っとくが良い思い出じゃないぞ? 周りから、好奇の目で見られてたんだぞ? なんか女子高生に写メ撮られてたし。
「なんで断らないんだ? 恋人でも普通はやらないぞ?」
配偶者でもやらない彼パンツをしてるアンタに言われたくない。
いや、本当に迷惑なんだよ。俺の下着減っていく一方なんだよ。
「茜さんが甘えてくるの珍しいですからね……応えたくなるんですよ」
「進ちゃん……大きくなったねぇ……」
いつからの知り合いだ、アンタ。
なんだ? なんか今、七五三に連れて行ってもらったっていう、架空の記憶が流れ込んできたぞ。新手の運転妨害やめてください。
「チンチンはちっちゃいのに」
何を言ってんだお前!?
「見せたのか!? おい! 未智に見せたのか!? 未知の領域を未智に」
落ち着け、面白くない。
「見せとらんわ!」
思わずタメ口になる。いや、なるだろ普通。
「サーモグラフィーで見た。勃ってあのサイズは小さい」
そうだった! AV鑑賞会っていう謎イベントで、色々測定されてたんだった!
小さくねえし! 平均レベルだし!
「ごめん、どういう状況?」
困惑気味に疑問を投げかける影山さん。
うん、その疑問はもっともだよ。俺もよくわからん。
「一緒にエッチなビデオを見た」
誤魔化してくれよ。いや、誤魔化しようないんだけどさ。サーモグラフィーのインパクトが強すぎてさ。
「どういうことだ?」
本当にな。
「お前ら『あっ、この体位いいな。試してみようか』みたいな感じで、エッチしたんだろ!」
そんな仲だったら、サーモグラフィーなんて使わんって。
使う仲もイマイチ想像つかんけどさ。
「しません。俺と未智さんの間に恋愛感情なんて、ございません」
「は? あんなことしたくせに?」
マジトーンやめてくれ、心臓に悪い。
んで、あんなことって何よ。俺が能動的に害をなしたことあるか?
「おい、あんなことってなんだ? 何をしたんだ? 体格差を利用して……」
「何もしてません」
「お尻に顔を埋められた」
あー! そのことか!
いや、不可抗力だし! むしろ被害者だし! 気持ち良かったけどさぁ!
第一、皆には内緒って約束だろ。その条件で茜さんとデートしたはずだろ。
「車停めろ。話し合いだ」
本気で怒ってらっしゃる。いつもの可愛い嫉妬なんかじゃなく、不届き物を斬り捨てる時のオーラだよ。
「こんなところで停められませんて」
こんな見通しが悪い上に狭い山道で停車したら、間違いなく事故るわ。タチの悪いことに朝日も眩しいし。
いや、どこであろうと停めんけどな。こんなことでいちいち。
「前に話したでしょう? 未智さんに暴力振るわれたって。その時の事故です」
「最低ね」
後部座席で沈黙を貫いていた影山さんが、俺の申し開きを真っ向から切り捨てる。
なんでだよ。アンタもこの話知ってるだろ。カカトでカチ上げられたんだぞ。仕方ないだろ。
「なぁ、なんで私にはしないんだ? こんなに求めてるのに」
したらしたで日和るだろ、アンタは。ステータスの振り方極端なんだから。
「ちなみに、AVで勃ってた件だけど……」
ちなむな。勃つって言うな。なんならAVって単語も使わないでほしい。
「巨乳モノは反応が悪かったね」
モノって表現やめろ。生々しいんだよ。
「なんで? いっつもいやらしい目でアタシの胸見てんのに」
見て……るけどさぁ! 言わなくていいんだよ、気付いてないフリしてくれよ。
「最低……」
この最低botを早く凍結しろ。運営仕事しろ。
ダメだ、ツッコミが追い付かねぇ。この車地獄だよ。走る棺桶だよ。
「ねえ、進次郎君。なんで? おっきいの嫌い?」
風夏さんまでそっち側にいかないでくれよ、収集つかないから。
「嫌いじゃないですけど……そろそろ運転に集中させてくださいよ」
この前の練習じゃ山道なんて走らなかったし、邪魔しないでほしい。
坂本以外の命を粗末に扱いたくないんだよ。
「でも反応しなかったんでしょ?」
「単純に女優さんが好みじゃなかっただけですよ」
形もなんかアレだったしな。
そもそも未智さんと一緒に見てたから、そっちに意識持っていかれてたんだよ。AVより異常なシチュエーションだよ。
「アタシは? アタシの着替え見た時は興奮した?」
「それどころじゃなかったです」
「あっ……ごめん……」
面倒臭いな! 落ち込むぐらいなら蒸し返すなよ!
「着替え? 何それ? アンタ何したの?」
最低botが詰問botにアップデートしてきた。早く凍結しろ。
っていうか、なんで俺がやらかした前提なんだよ。ナチュラルに男を悪者にするのやめようよ、そろそろ。
「何もしてません。事故です」
「でもアンタ、私のパンツガン見してたでしょ。人が寝てるのをいいことに」
「あれは……故意ですけど」
見るだろ、普通。
男の前で、パンツ一丁で寝るほうがおかしいんだよ。
「どういうこと? どっちも知らないんだけど、詳しく聞かせて」
「未智さん、アナタの聞き方は毎回怖いんですよ」
脳内で既に処刑方法を考えている感じの声色なんだよ。申し開きの余地があると思えないんだよ。
この人らを止めてくれ! 茜さん! もうアナタしか……。
寝てるやん……ミラーでチラッと確認したけど、寝てるやん。弁当用意したツケが回ってきてるやん。
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