#45 エレガンス未智

 コンビニ前の喫煙所で何やってんだろ、俺は。

 レジのお兄さんと目があって、我に返っちゃったよ。


「進次郎君、言っとくが年上だぞ? 私は」

「じゃあ金輪際、撫でない方向で……」

「それはダメだ!」


 どうしろと。

 いや、そう返してくるってのはわかってたけどさ。

 むしろ『そうだ、二度と撫でるな』って言われたら、どうしようかと思ってたくらいだ。


「撫でやすいところに頭があるもんですから」

「なんだよ、チビをバカにしてるのか?」


 ジト目で俺を睨みつける。この目がね、好きなんだよね。

 撫でまわした影響で赤面しているのもあって、破壊力マシマシだよ。


「小柄なほうが好きですよ、俺は」

「それは良かった」

「うおっ!?」


 飛鳥さんに言ったつもりだったのだが、第三者が話に割り込んできてビビった。もしタバコを咥えていたら、落としていた。そう言い切れるほどビックリしたよ。


「ええっと……その声は未智さん?」

「声? 声を聞かないとわからない?」


 いや、だってその……。

 違うもん! いつもの未智さんじゃないもん!


「いや、その格好……」

「何? 悪口ならハッキリと言ったら?」


 いや、悪口は心の中に封印するタイプなんだけどさ、そうじゃなくて……。

 白のノースリーブワンピースに、青色……いや、これはネイビー? いや、逆ネイビーか? わからんけど、薄めの青の……なんかよくわからん帽子。

 なんだ? 帽子とリボンが一体化してんのか? ファッションに疎いから、種類が全くわからんけど……。


「どこぞのお嬢様かと思いましたよ」

「何それ?」

「なんていうか清楚というか、エレガントな感じ? っていうんですかね」

「何も知らないんだね」


 冷たい一言だが、顔はほころんでいる。

 呆れとも喜びとも取れる含み笑いだ。


「そのリボンっぽく結んでる部分、おしゃれですね」

「わかる? この露骨すぎないリボンが、購入の決め手になった」


 露骨すぎない……ああ、言いたいことはわかる。俺の考えるリボンって、蝶ネクタイみたいな感じのを貼り付けるって感じなんだけど、紐をクロスさせてリボンっぽく見せる感じ……飾りすぎないというか、未智さんっぽさがある。


「カゴタイプのバッグも身に着けようと思ったけど、さすがに媚びすぎかなって」


 カゴタイプのバッグがいまいちわからんけど……なんとなく、そうだな。


「媚びだのなんだの気にしなくてもいいと思いますよ? 絶対似合いますし」

「ふぅ……気まぐれでオシャレしただけなのに、非モテの恋心を盗んじゃったね」


 はは、なんだそれ。さては早起きでおかしくなってるな? 朝弱そうだもんな。


「話しかけるまでは美少女ですね」


 俺も軽口叩けるようになってきたな。

 昔は未智さんが怖くて、とてもじゃないが言えなかったよ。こんなこと。


「皮肉の一つでも言わないと、本気で恋に落ちる。そう考えてるね?」

「……そうかもしれませんね」


 やっぱり鋭いな、この人。

 俺でさえ無自覚だった深層心理にズカズカ入り込んできやがって。

 おかしいな、アパートでの一件をまだ許していないんだが、それを差し引いても惹かれてる。

 ずるいよ、顔面偏差値高いヤツは。美人だったら変人でも好感を持たれるって、絶対に間違ってるよ。


「アナタの言いたいことは、大体わかった。エレガンスな感じが、普段の私とギャップがあって、心を惹かれている」

「まあ、そんなところです」

「で、総評は?」


 総評ねぇ。聞くことか?


「とにかく可愛いです」

「大正解」

「大不正解だ!」


 意識外からのローキックが、俺の臀部にクリーンヒットする。

 やべ、わりとマジで存在を忘れてたよ。


「目の前でイチャイチャイチャイチャ、それを延々と見せつけられる私の気持ちがわかるか?」

「さぞ不快だったでしょうねぇ」


 しみじみと答える。

 誰の立場で答えてるんだ、俺は。


「キャップなら私も被ってるだろうがぁ」

「私のはハット。一緒にしないで」


 キツツキアタックでキャップをアピールする飛鳥さんに対して、未智さんが冷たい一言を投げかける。

 ハットの定義は知らんけど、まあキャップとは違うんだろうなってのは、なんとなくわかる。

 多分だけど、レディースの帽子に関してはキャップが一番独特というか、孤立しているような気がする。いや、知らんけどね?


「ちなみにこれは、バケットハットじゃなくてクロッシェっていうハットだよ。ワンピにはこれだね」


 知らんわ。まずバケットハットを知らんわ。

 っていうかなんでノースリーブなんだろ。帽子被ってるのも初めて見るし。


「まあ、どこが違うのかよくわかんないけど」


 被ってる張本人が知らんのかよ。

 なんでその程度の知識で講釈垂れようとした?


「何がハットだよ! シルクハットでも被ってろ!」


 普段着で? あれってマジシャン以外が被ることあんの?


「未智さんなら似合いそうですけどね。手品得意そうな顔してますし」


 なんだろ、観客に頼らないタイプのマジシャンになりそう。

 淡々とマジックをこなして、一方的にギャラリーからのエールを受けるというか。


「褒めてる?」

「ちょっと見てみたいです」


 でも、アシスタントにはなりたくないな。

 黒ひげ危機一髪みたいに、箱に剣刺すヤツあるじゃん? この人「あっ」とか言いながら、俺をブッ刺しそうで怖い。人体切断マジックも同様。


「マジシャンなら私がやってやるよ! 男なんてバニーマジシャンで喜ぶんだろ!」

「うわ……自分を客観的に見れないんだ」


 さっきから未智さんキツくない?

 その格好で毒舌って、腹黒お嬢様みたいで……たまらんですばい。


(……バニーマジシャンは風夏さんの役目だよな……茜さんもアリっちゃアリなんだけど)


 早朝から何を考えてんだろな。

 っていうかコンビニの前で、騒ぎすぎだよな。いい歳した大人達がさ。


「前から言いたかったんだけどなぁ、進次郎君」


 なんだろうか。

 言いたいことはその場で言うタイプの飛鳥さんが、溜めこんでた一言って。


「私の好意に気付いてるくせに、私の前で他の女を褒めるのはどうなんだ? 性格良いとは言えんぞ」

「嫉妬する飛鳥さんが可愛くて……」

「もー! もー!」


 すぐ牛さんになる。そういうところだよ、そういうのもっとちょうだい。


「勉強になる」


 ショルダーバッグからメモ帳を取り出し、乱雑に書き殴る未智さん。

 なんの勉強……ああ、小説ね。小説らしき物ね。


「キミだけだぞ、私のことを可愛い可愛い言うのは。この二十七年間、ろくに言われなかったってのに」

「二十七年分言いますよ。いや、その先も……」


 何を言ってんだ俺は。

 ちょっと調子に乗りすぎてるな、最近。自制したほうがいいか?


「進次郎君。今のはプロポーズ?」


 何を言い出すんだ、この不思議っ子は。

 たしかにプロポーズっぽいと言えばプロポーズっぽいけど。


「そ、そうなのか? ついにプロポーズしてくれたのか?」

「してません」


 急に恥ずかしくなってきたな。もうちょっと考えて、物を言ったほうがいいかもしれん。言質とかは気にしなくていいけど、傷つける可能性があるからさ。


「そもそも飛鳥さんは、なんでこんな男を好きなの?」


 こんな男って……いや、まあ、否定はできないんだけどさ。


「私の内面を見てくれたし、根っこが真面目なところとか、優しいところとか……ああもう! コンビニ前で何を言わせんだよ!」


 コンビニ前でシガーキスをせがんできたくせに、何を今更。

 優しさはともかく、根っこが真面目ねぇ……。それは考えもしなかったというか、思い当たる節がない。


「それにな、私を魅力的だって言ってくれたし……」

「十代前半ならまだしも、アラサーでそれは……」


 未智さん、だから厳しいって。今日のアナタは、当たりがきついぞ。


「未智ならわかるだろ? チンチクリンに生まれた女の苦しみが」


 未智さんに共感を求める。

 なるほど、低身長、貧乳同士のシンパシーがあるわけだな。お互いに。

 たしかに俺も、非モテ童貞の人達とは……。


「いや?」


 え? 寄り添ってあげないの? ここまでドライモンスターだっけ?


「男の目なんて気にせず生きてきたし、なんなら女友達さえろくにいなかった」


 ……そういえば、この人の小説もそんな感じだったな。

 ストーリーとか設定は独特なんだけど、人間関係とか心情とか会話とか、人にまつわる部分が無茶苦茶だったんだよな。


「今はどうなんだ?」

「今も体型なんか気にしてない。進次郎君は今の私を好きでいてくれるから」


 え? 俺?

 とんだ流れ弾なんだが。いや、意図的な誤射だな。うん、それは狙撃だな。


「騙されるな、この男はおっぱいと尻に目がないぞ」

「知ってる」


 なんだよ、なんなんだよ。何かを根に持ってるよ。

 全員集合するまでイジメられる感じ? 辛いんだけど。


「っはよー。あれ? 未智? どしたん? そのカッコ」

「ずいぶん可愛いコーデじゃない」


 おっ、二人セットで来た。

 ってことは、茜さんが最後か。

 意外だな、俺とデートした時はかなり早く来てたのに。


「そういう二人は、ずいぶんとラフだね」

「どうせ川で濡れるし、いいかなって。まあ、どんなカッコでも可愛いって言ってくれるヤツがいるし」


 なんだよ、なんで俺を見るんだよ。コミュ障だから目を見ないでくれ。

 根暗オタクは皆、逆ゴーゴンなんだよ。


「飛鳥さん、預けてた荷物、積んでくれましたか?」

「ああ勿論。そういや美羽、テント代いくらだ? 出すよ」

「いやいや、私の自腹でいいですって」


 影山さんと飛鳥さんのやりとりって、歳の差を感じるな。

 やっぱ風夏さんと未智さんが、年上をナメすぎなんだよ。俺も大概かもしれんが。


「わざわざ二つも買ったろ? さすがに私が出すって」

「いえいえ、二つで六千円程度ですし……」


 あ? 二つで六千円?

 そんなに安いのか? テントなんか買ったことないから知らんけど、ずいぶん安いような……。小さめのを二つ買ったってことかな?

 まあ、頻繁に使う物でもないし、安価なもので十分だろ。

 ……なんて、気楽な考えだったんだろうな。俺含めてこの場にいる全員がさ。

 普通は気付くよなぁ、絶対におかしいって。

 なんで気付かなかったんだろ……。車に積む段階で気付くべきだったよなぁ……。

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