#44 隠しきれない本心

 早朝六時。集合時間としては、トチ狂ってるとしか思えない時間設定だ。

 車を用意した俺と飛鳥さんは、五時前に起きてんだぜ? 川で遊ぶ体力残ってるか不安だわ。

 早朝ジョギングとかいう、トチ狂った女によるトチ狂った時間帯のイベントに慣れているが、それでも辛いものは辛い。


「早く寝ろって言ったろ」


 呆れ気味に小言を述べる飛鳥さん。

 集合場所まで運転してくれるのはありがたいけど、アンタのせいだぞ? 寝不足になったの。


「アナタが俺を抱き枕にするから……」

「ドキドキしたか? お姉さんの魅力に」


 いや、単純に苦しかった。寝返り打てなかったし、エアコンついてても暑いもんは暑いし。


「嬉しいっちゃ嬉しいんですけどねぇ」

「おい、事故るぞ」


 なんでだよ。なんで心中を画策するんだよ。前日までウキウキしてたのに、どんな心境の変化だよ。


「キミのストレートな口説きは、ハンドルを狂わせるんだよ」


 狂ってるのはアンタだよ。口説き判定が昔のシューティングゲームばりに、ガバガバなんだよ。


「アナタ、攻めるときはグイグイくるのに、攻められると弱いですよね」

「キミはどっちも強いよな。本当は彼女いるんだろ?」


 何度目だよ、その質問。

 彼女いない歴イコール年齢って答えるの、結構辛いんだぞ? 心が張り裂けんばかりに……。


「大人は知らないですけど、学生はやっぱり、イケメン、スポーツマン、不良、そのへんがモテるんですよ。どれにもかすらない俺に彼女なんて……」


 泣けてくるよ。イケメンとスポーツマンはわかるよ。俺が女だとしたら、多分そういう男に惚れるもん。ああ、コミュ強って怖いわぁ。

 でも、不良って何よ? 強い男に惹かれるってのはわかるんだけど、別に強くないじゃんかよ。家族や友達、女のためにヤクザとか麻薬密売人と闘う不良なんて、漫画とかアニメの話だぜ? タイマンだの、男の意地だの、そんなの夢物語よ。

 そもそも本当の男は、不良なんて堕落した……。


「スポーツ経験とか、ないのかい?」


 世の中の不公平さ加減にネガティブシンキンガーとなっていた俺を、他愛の無い質問で救い出す。

 質問の仕方が親戚のオジさんっぽいけど、言わんでおこう。


「学校の体育ぐらいですかねぇ。あっ、歩行者注意ですよ」

「おっ、サンキュー」


 今のやりとり、なんか知らんけどいいな。そういや友達とドライブさえ、ろくにしたことないんだよな。

 ごめん、ちょっと盛った。〝ろくに〟どころか、一度もしたことねえや。

 俺が誘ったところで来てくれるの、坂本ぐらいだよなぁ。もう来てくれないだろうけど。そういや、あの後どうなったんだろ。あの日以来、一度も会ってないけど。


「不良経験……はないだろうけど、モテ期はなかったのかい?」

「今ですかね……」


 スタイルグンバツのギャルに、包容力のあるおっとり系お姉さん、ツンデレ幼馴染系の素朴女子、実は人懐っこい不思議っ子、姉御肌のロリショタお姉さん。

 その他にも、二十代にしか見えないスナックのママさんやら、積極的なギャル友。

 主人公に腹が立つ系のラノベじゃん、もはや。

 まあ、飛鳥さん以外、俺に大した興味を持っていないわけだが。


「もっとモテそうなもんだがなぁ」

「仲良くなる機会が生まれないんですよ。そもそも」


 子供の頃は今よりブサイクだった気がするし、そりゃ女子も避けるわな。

 まあ、接点できたところで、すぐ疎遠になるんだろうけどさ。


「シンパシーを感じるな。私も商店街のオッちゃんぐらいしか、相手してくれる男いなかったし」

「よっ! 商店街のスター!」

「よせやいっ」


 バカにしたつもりなんだが、なんで照れるかね。

 ……好きだなぁ、この人の笑顔。屈託のない笑顔が眩しいよ。クリスマスに新作のゲームを貰った小学生より、良い笑顔してるよ。


「なんだい? 確認する余裕はないが、キミから熱い視線を感じるぞ?」

「ん? ああ、綺麗な横顔だなって」

「事故るぞ!」


 中々いないよ、照れ隠しにその発言する人。

 こういうウブなところ含めて愛おしいんだよな。俺って惚れっぽいんかね。


「ほらほらほら、もう着くぞ。集合場所のコンビニに着くぞ」

「テンションおかしいですよ?」

「誰のせいだ!」


 誰のせいでしょうね。少なくとも俺は無関係だと思うんだけど。


「はい到着! 誰も来てないし、タバコでも吸おうか!」

「それはいいんですけど、もう少し丁寧に駐車してくださいよ」


 駐車用の縁石に乗り上げるかと思ったぞ。


「うるさいな、ジュース買ってやるから文句を言うな」

「文句言ったつもりは……」

「ええい、男になれ!」


 なってるよ。むしろ女だった時期がないよ。そりゃ胎児の頃は、女の子だったかもしれんけど。


「どうしたんですか? さっきからおかしいですよ?」

「いいからジュースを選べ。早く吸わないと、精神がもたない」


 ヘビースモーカーだっけ? ストレスやらなんやら、吸う条件があるとかなんとか聞いたことがあるけど。

 いや、わかってるよ。まだ照れてるんだろ? ほっといたら、俺がフッたら、変な男に捕まりそうだな。ここまできたらもう、責任取るしかないんかな……。


「ほれっ」


 例のごとく、シガーキスを強要してくる飛鳥さん。ここ屋外なんだけどなぁ。

 やるけどね、どうせ他の客もいないし。


「シガーキスの度に思うんですよ」

「何をだい?」

「綺麗な顔してるなって」

「んぐっ!? は、鼻に煙がっ!」


 深く吸い込んだタイミングでむせたらしく、鼻から煙を出して悶絶する。

 大昔の話、ナチュラルに鼻から大量の煙出してるお婆ちゃんを見たことあるけど、あの人は強かったんだな。鼻の粘膜大丈夫なんかね。

 うわ、むせたから涙と鼻水出てる。ウケるんですけど。


「キミの服で鼻をかむぞ!」

「特殊性癖ですか? そういうのは表に出さない方が……」

「面白い生き物だな、キミは」


 今のアナタの顔の方が、よっぽど面白いですよ。


「車にティッシュがあったはずですよ。持ってきます」


 吸いかけのタバコを預けて、車に向かう。

 全く、世話がやけるアラサーだよ。


「どうぞ」

「両手が塞がってる」


 ティッシュを差し出した俺に対し、コーヒーとタバコをアピールする飛鳥さん。

 え? 俺がかませろって? 冗談だろ?


「なんで介護しなきゃいけないんですか」

「誰がアラフィフだ!」


 言ってないよ。

 っていうか五十代は、まだ介護される歳じゃないだろ。


「飛鳥さんだけですからね、俺がここまでするの」


 断腸の思いで、ティッシュを鼻にあててやる。

 恋人を通り越して、赤ん坊とお母さんだよ。いや、恋人の先が親子ってのもおかしいけどさ。


「ああ、スッキリした」


 満足した表情でタバコを俺に返却する。

 ……鼻をかむ飛鳥さんを可愛いと思ってしまったんだが、俺は異常性癖に目覚めてしまったのだろうか。うん、忘れよう。我ながら気持ち悪い感情だし。


「ん? これ飛鳥さんのタバコじゃ?」

「なぜそう思う?」


 なぜってアンタ……。


「すんげぇ噛み痕がついてんですけど」

「キミので間違いないよ。噛み痕は私がつけた」


 え、何してくれてんの?


「からかった仕返しだ、仕返し」

「別に気にしませんけどね、飛鳥さんのなら」


 ああ、やっぱりタバコはまずいな。

 でも飛鳥さんとタバコ吸う時間は、結構好きだな。


「なあ、やっぱり好きなんだろ? 私のこと」

「……遅いですね、皆」


 全く、人が早起きして車を用意したというのに、自分達も早めに集合しようって考えがないのかね。感心しないね!


「誤魔化すなよ、私の目を見ろ」

「綺麗な目ですね」

「うー! うー!」


 おっ、出た! 帽子でキツツキアタック!

 いかんいかん、早起きでテンション上がってるな。変なテンションになってる。


「没収です」


 防具兼武器である帽子を取り上げる。小学生の意地悪みたいな絵面だな。


「あっ、コラ」

「帽子があると、できないじゃないですか。これが」


 ワシャワシャと乱雑に髪を撫でまわす。

 前にも思ったけど、大型犬が飼いたくなってくるな。


「なんだよぉ……なんで今日は積極的なんだよぉ」

「皆の前じゃできないですからね」

「うー……」


 皆といる時間も好きだけど、この二人っきりの時間も大事にしたいんだよ。

 いや、待てよ? 考えてみたら、いっつも二人っきりだわ。この人、俺の家にほぼ住んでるわ。なんだったら、皆がいるときも撫でまわしてるわ。


「好きなんだろ? なあって」

「おっ、白髪発見」

「キミってヤツはー!」


 早く皆来てほしい気もするし、誰も来ないでほしい気もする。

 複雑だけど、心地よい心境だ。

 ドイツもコイツも、たった一ヶ月でコミュ障の心を開いちゃってさ。コミュ強って怖いなぁ、やっぱ。

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