#43 マウント中岡

 いてぇ……。マジでいてぇ……。

 昨日の蹴りのダメージもまだ残ってるし、それとは別に体中いてぇ……。


「どうしたんだお前? 朝から歩き方おかしいし、顔も普段の五割増しでブサイクになってるぞ」

「坂本よ、それ暗に『デフォルトの時点でブサイク』、って言ってないか?」

「そうだが?」


 数少ない友人だが、この辺のデリカシーの無さを見る度に縁を切りたくなる。

 お前だって別にイケメンではないだろ。俺よりは、こう……シュッとしてるけど、お前だって彼女いない歴イコール年齢だろ。


「あー……こってりラーメンうめぇな」


 重い物が食べられなくて困ってる俺の横で、食堂で一番重たい物食ってるのも腹立たしい。普段は日替わり定食しか食わないくせに、俺が弱ってると知るや否や豚骨ラーメンだもんな。来世で鶏ガラになればいいのに。

 普段は心の平穏を望んでいるから絶対にやらないが、今回ばかりはマウント取ってやるかな。


「羨ましいな、坂本よ。俺なんて春雨サラダやら卵焼きぐらいしか食えないのに」


 卵焼きはともかく、春雨サラダ作れるなんて凄いなぁ。

 朝から手間暇かけてさ、本当に凄いよ。料理しない俺でも、愛情こもってるってよくわかるよ。


「まぁまぁ、食費を浮かせるのって大事だと思うぞ? 一人暮らしってことは自分で弁当用意したんだろ? えらいねぇ」


 きたきたきた、お前なら絶対にそう言うと思ったよ。


「いや? 作ってもらったけど?」

「え? わざわざ実家まで行ったのか?」

「いや、わけあってしばらくギャルが飯を作ってくれることになってな」

「は?」


 それだよ、その顔が見たかったんだよ。

 麻雀で例えるなら、三巡目ぐらいでダマテンに振り込んだ時のような顔。俺が見たかったのは、その顔だよ。

 そしてその先、想像以上に高い手だった時の顔も見たいんだよ。


「諸事情で数日ほどギャルを泊めることになったんだよ。ついでにいうと、それとは別に年上のお姉さんも、ほぼ毎日泊まってる。っていうかもはや住んでる。」

「おいおいおいおいおい、進ちゃん。エイプリルフールはとっくに過ぎてるぞ?」


 おお、動揺してる、動揺してる。

 知ってるぞ、お前は嘘を見抜くのが異様に上手い。逆に言えば、本当のことを見抜くのも上手いってことだろ?


「俺ん家の狭いベッド知ってるだろ? アレに無理矢理、三人で寝たもんだから体中痛いんだわ。年上のお姉さんが俺を抱き枕代わりにしてくっからさぁ、寝返りうてなくてさぁ」


 あれ? 文章に起こすと、俺って超絶勝ち組じゃね?

 嘘は何一つ言ってないよ、飛鳥さんは年上のお姉さんだもん。おそらく坂本の脳内では、色気溢れるお姉さんを想像してるだろうけど、それはコイツが勝手に思い込んでるだけだ。俺は悪くない。


「おいおいおいおいおいおいおいおい、ギャルゲーのやりすぎで頭いっちまったのかい? 現実と虚構をごっちゃにしちゃいかんぜよ?」


 いや、そこまでギャルゲーやってないし。千円前後の安いヤツをたまにやってるぐらいだし。

 っていうか、その手何? 高速往復ビンタみたいな動き。扇いでるの? 夏だもんなぁ。 


「この前『タバコ臭いぞ中岡』って言ってきたよな? アレな、年上のお姉さんがタバコを吸わせてくるんだよ。しかも毎回シガーキスさせてくるしさぁ、吸いかけのタバコを押し付けてくるのも迷惑なんだよなぁ。噛んだ痕がついてるから、間接キスなんて考える余地ないっていうか。あっ、ごめんな。不幸自慢しちまってさぁ」


 ああ、なんだこの快感は?

 マウント取るの好きじゃないし、そもそも取れるような人生送ってないから、初めての体験だわ。


「中岡、昼食なんだわ。そういう妄想話は居酒屋でしてくんねぇかな?」

「スープこぼしすぎだぞ?」


 だいぶ動揺してんなぁ。食堂の人に迷惑かかるから、ちゃんと食べな?

 嘘と真実を見抜く能力がアダになってんな。長所と短所は表裏一体ってか?


「俺も一ヶ月で色々ありすぎて妄想説疑ってんだけどさ、この鳩尾の痛みが全て現実だって教えてくれんだよ」

「……何があった?」

「事故で着替え見ちまってな、蹴られたんだよ」


 腹をさすりながら痛みをアピールする。

 いやぁ、名誉の負傷ですな。ははっ。


「どうした坂ちゃん? ラーメン伸びちまうぞ? どした?」

「いや、嘘つくの上手くなったなって」


 クールな雰囲気出してるけど、動揺してるの丸わかりだぞ。

 お前が顔拭いてるそれ、ラーメンのスープ拭きとった汚い布巾だぞ。豚骨の香水になっちまうぞ?


「坂本、言っとくけど良いことばかりじゃないんだぞ? 小説のネタ集めのためにデートさせられたり、公衆の面前でお姫様抱っこさせられたり、朝からジョギング突き合わされたり……五人が代わる代わる呼び出してくるから、一人の時間がめっきり減っちまってよぉ……」


 あれれ、不幸自慢してるはずなんだけど、顔が自然とニヤけちまうなぁ。

 ほんの一部なんだけどなぁ、こんなの。あんまり時間経過しない日常漫画並みに濃密な一ヶ月だよな、ホント。


「今度五人……あっ、俺含めて六人か。川で一泊二日のキャンプするんだけどさぁ、川って何して遊べばいいんかね? そういや坂本、釣りするんだっけ? 川釣り教えてくれよ、女の子にいいとこ見せたいからさ」


 これは皮肉とか抜きに教えてほしい。

 釣り竿レンタルしてるらしいし、これを機に挑戦してみたいんだよ。


「そうか、川釣りか。全裸で逆立ちしながら釣るのが最近のトレンドだぞ。やってみるといい」


 あっ、コイツ完全にスネてる。話聞いてくれないモードに入ってる。

 非モテ同盟を裏切ったわけだし、まあ気持ちはわかる。でも、お前も悪いところあるぞ? 俺を煽ったお前が悪い。


「結構大変なんだぞ? バイタル測定だとか言って、一緒にAV鑑賞とか意味わからんことに突き合わされたりさ、料理研究でワサビたっぷりの唐揚げ食べるハメになったりさ、商店街ぐるみで外堀埋めて結婚迫ってきたりとかさ」


 口に出してて思ったけど、商店街ぐるみで外堀埋めって結構やばいな。

 あの辺の飯屋結構好きだったんだけど、今はもう近寄りづらくてな。


「俺、今日は午前中の講義だけでいいわ。帰るわ、ラーメンの味がしねぇ」

「おいおい、せっかく来たんだから受けてけよ。後でツケ払うハメになるぞ? 俺だってな、年上のお姉さんの猛アタックをかわし続けてきたツケがきてて……」


 そろそろ気持ちに応えないといかんよなぁ……。

 皆との関係性壊れそうだからって言い訳してきたけど、それって逃げだよな。あの人達は人間できてるから、俺と飛鳥さんが付き合ったくらいで崩壊なんてしないだろうに、人を言い訳に使うなんて最低だよな。


「帰る! 帰るわ!」


 半分以上は残ってるラーメンを持って、席を立ち上がる親友。

 哀愁漂う背中を見て、かける言葉が出てこなかった。

 絶対に言わなきゃいけないこと、教えてやらなきゃいけないことがあるんだけど、声が出なかった。仕方ないんだ、俺は悪くない。


「残すの? 私が作ったラーメン残すの? 私のこと嫌いなの?」

「いや、その、食欲が……」

「私が作ったから? この前、田中さんが作ったオムライスは完食したのに、私が作ったラーメンはダメなの? 熟女好きなの?」


 今日のC定食は、お前にお熱な新人、メンヘラ気味な子が担当してるって教えてやるべきだったかな。

 いや、これでいいんだ。だってお前、女の子と接点欲しいんだろ?

 メンヘラとはいえ、美少女に好意持たれてるんだから、本望だろ? ああ、羨ましいですなぁ。よっ! 色男!


「刺されるなよ? 親友」


 美少女に猛アタックされてる親友を横目に、俺は食堂を後にした。

 生きてれば、明日もまた食堂で一緒に飯食おうな! 多分、俺はまた弁当持参だと思うけど!

 結論から言うと、今日一日調子がよかった。退屈な講義も集中できたし、面倒な通学も苦じゃなかった。晩御飯は何かなぁ。


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