#39 アラサー怒りのメガトンパンチ

 実際に着るまでのお楽しみということで、水着を選ぶという辛い役目から降りることができた。ありがとう風夏さん。でも……。


「キミもフリーなの?」

「あはは……そうですね」


 これはこれで気まずいよ!

 なんで店員さんの相手をさせられてんの? なんで逆接待みたいなことしなきゃいけないんだよ。

 この人、可愛い上に距離近いし、めっちゃしっかりと目を見てくる。

 ガン見されんのコミュ障にはキツいんよ。

 唯一の救いは、風夏さんと違って胸元がゆるくないことだ。

 そこそこ大きい上に、形がハッキリと出る服ってのが難点だけど。


「中岡君、多分だけどさ」

「は、はい」

「私、風夏より大きいと思うよ?」


 何を言ってるんだ、お前は。

 どんなコミュニケーションだよ。行き遅れが集う合コンかよ。


「……身長の話ですか?」

「わかってるくせにー」


 ニヤニヤしながら肘でグリグリしてくる。

 そんなことされたら意識しちゃうからやめてほしい。女慣れしてない男を弄ぶのはやめてくれないか。アンタが思ってる以上に残酷なことなんだぞ。


「勘弁してくださいよ。女性慣れしてないんですから」

「えー? 風夏達と一緒に遊んでるじゃん」


 違うんだよ。あの五人衆に慣れてるだけで、女性に慣れてるわけじゃないんだよ。

 あるじゃん? ゲーム全般苦手だけど、パズルゲームだけ異常に上手いとか。

 どうでもいいけど、オカンってパズルゲームにハマりやすいよね。友達もオカンに勝てないって言ってたし。


「女の子、経験させてあげよっか?」


 こやつ、小悪魔系か?

 俺、知らなかったよ。俺って、ギャル一歩手前ぐらいの子が好きだったんだな。

 危うく、もう少しで落とされるところだった。

 飛鳥さんが眉間にしわを寄せて睨んできてるから、こらえることができた。それがなければ即死だったな。


「俺なんかにはもったいないですよ」

「えー? かたいなぁ」


 そのボディタッチをやめなさい。本当に硬くなるから。

 っていうかフリーって嘘だろ、絶対。

 あの五人は面倒なところあるからフリーってのも頷けるけど、アンタは絶対に男いるだろ。


「そーだ! 連絡先交換しない?」


 嫌だよ。連絡取らない相手の連絡先って邪魔なんだよ。

 もういいから接客行ってこいよ。ほら、中学生ぐらいの女の子が服を見てるぞ。声かけてきなよ。


「あんまりからかわないでください。いつか痛い目に遭いますよ」

「痛い目?」

「男なんてバカばっかなんですから、誰彼構わず距離つめないほうがいいですよ」


 我ながらおじさん臭いな。初対面の相手に説教じみたことしちゃってさ。

 でも心配なんだよ。風夏さんの友達だし、酷い目に遭ってほしくないんだよ。


「ひどいなぁ。人を尻軽扱いしちゃってさぁ」

「そういうつもりじゃ……」


 その拗ね方も小悪魔っぽいんだよ。俺みたいな貧乏人を落としてどうなるんだよ。

 あんまり服買わない人だし、常連客にはならんぞ? そもそも車持ってないし、駅からも遠いから、二度と来ない気がする。


「結構お尻重いよ? 持ってみる?」


 小悪魔通り越して痴女なんだよなぁ、ここまでくると。

 もういっそのこと痛い目に遭ってしまえ。


「いいんですか?」


 ヤケになって、逆に乗ってやったよ。

 本当に触る気は毛頭ないけど、手をワキワキさせながら近づいた。我ながら気持ち悪い。問答無用で射殺許可下りるだろ。


「ま、待って。心の準備が……」


 俺のキモさに押し負けて日和る店員さん。

 そんな可愛い反応されたら……興奮しちゃうじゃないか。


「待ちません。アナタが持ってみろとおっしゃったんですよ」

「あうぅ……」


 止めてくれ。誰か俺を止めてくれ。

 そんな反応されたら引くに引けないんだけど。早く降参してくれ。


「脊椎いただきっ!」

「ぎゃぁ!?」

「きゃっ」


 いつの間にか背後にいた飛鳥さんに背中をぶん殴られ、店員さんのほうに倒れかけてしまった。

 なんとか踏ん張ったけど、もう少しで二人とも転倒してたぞ。ああ、背中いてぇ。


「あ、飛鳥さん! 店員さんが怪我したらどうするんですか」

「キミが悪いんだろ。何逆ギレしてんだ、コラ」


 どうやらわりと本気で頭にきているらしく、眼鏡を取られた人のような鋭い眼光で迫ってくる。正直ちょっと怖いけど、ここはハッキリ言わねばなるまい。


「それとこれとは話が別です。他人を巻き込んじゃダメですよ」

「それは……ごめん……」


 素直で助かるよ。年下に正論言われてキレる人も珍しくないのに。

 ああ、いてぇ……。不意打ちで背中はアカンって。


「でもな、キミも悪いんだぞ」

「何がです」


 俺が何をしたというのだ。

 止めてくれと心の中で願ってはいたが、殴れとは言っとらんぞ。


「次から次へと、おなごを毒牙にかけてからに」


 何を見てたんだよ。明らかに童貞狩りの現場だったろ。


「どう見ても俺がからかわれてる側だったでしょう」

「はん! どうだか」


 なんで頑なに俺を加害者側にしようとするんだよ。


「第一、俺相手に本気になるわけないでしょう。相当のやり手ですよ」

「やり手? それは、ゆでダコみたいな顔でキミに抱かれてる子のことか?」


 ゆでダコ? 抱かれ……あっ。


「はわわ……」

「あ、す、すんません!」


 やっちまったよ。マジでやっちまったよ。

 倒れそうになった勢いで、抱き寄せちまってたよ。

 違うんです。痴漢じゃないんです。彼女が倒れないように支えようとしただけなんです。飛鳥さんに文句を言うのに夢中で、解放するのを忘れてただけなんです。下心なんて小指の甘皮ほども……。


「キミは甘えん坊だなぁ。ほれっ、授乳してやるから来なよ」


 絞っても出そうにない体型のくせに、何を言ってんだ。

 大体だな、こうなったのはアンタのせいだろ。

 ほら、あんなに元気だった店員さんが何も喋れなくなってるよ。そりゃそうだ、よりによって夏場に抱き寄せられたんだもんな。ただでさえキモい俺が、汗臭い時期に胸板まで抱き寄せて、そりゃ不快だよ。


「店員さん……本当にすみませんでした」


 罵声を浴びる覚悟で頭を下げる。

 もしこれが中学生時代だったら、その日のうちにイジメの的になる。俺がやってしまったのは、それだけ重罪なんだ。だって当時は、すれちがい様に衣服が触れ合っただけで、泣きわめかれたもん。教師にめちゃくちゃ怒られたのがトラウマだわ。


「ぜ、全然全然。大人だから余裕だし」

「……そうですか。すみませんでした」


 余裕をまるで感じられないのだが、本人が余裕だと言っているのだから、何も言うまい。


「進次郎君。私は再び水着選びに向かうが、次はないからな」


 俺が加害者だという認識を改めることなく、水着選びに戻る。

 不服ではあるが、俺が折れるしかないよな。ここで言い争ってたら、例のヤバいおじさんが湧いてくるし。


「さ、さてと。俺も適当に服を見てこようかな」


 店員さんと話すのも気まずいので、この場を離れよう。買う気は一切ないけど、たまにはウィンドウショッピングも……。

 なによ、なんなのよ。なんで腕を掴むのよ。報復か? 報復なのか?


「選んであげるよ。仕事だから」


 えー……。服屋とか床屋で話しかけられるの嫌いな系男子なんですけど、俺。


「えっと、見るだけのつもりでして……」

「じゃあ一緒に見てあげる」


 無敵かよ、明らかに引き際だろ。


「ほら、女の子を経験させてあげるって言ったでしょ?」

「言ってましたね」

「こう見えても忙しくてデートなんかできないのよ」


 まあ、忙しいだろうな。手伝いとはいえ、自営業だもの。

 いや、暇だとしても俺とデートなんて行かないだろ。そんな時間あったら寝てたほうがマシだし、なんなら仕事のほうがマシ。


「店内デートで勘弁してね」


 いたずらっぽく笑う店員さん。

 可愛いんだけどさ、勘弁してほしいのは俺のほうよ。風夏さんがニヤニヤしながらこっちを見てるし、飛鳥さんが凄い顔で睨んできてんだよ。


「ほら、見繕ってあげるから」


 仕事中だっていう意識はないのだろうか。俺の手を引いて、男性用のコーナーまで行く店員さん。


「意外と手、小さいんですね」

「大きいほうがいいの?」

「いえ、小さくて可愛いなって」


 飛鳥さんとか未智さんは小さくて当たり前な気がしてアレだけど、風夏さんとか店員さんみたいな人の手が小さいと、ちょっとドキッとする。

 わかるよな? 身長低いのに巨乳な人とか、大人しそうに見えて一人称が〝オレ〟だったら興奮するじゃん? 俺だけ?


「……」


 え? 何その間。そんなにキモかった?


「キミも人のこと言えないね」

「何がです?」

「なんでもなーい」


 ……?

 よくわからんけど、まあ可愛いからいいか。

 その後、次から次へと服を紹介されたんだが、何も覚えてない。

 聞きなれない単語ばっかだったし、センスが違いすぎて全然ピンとこなかった。

 何よりも背中に受け続けてたんだよ、飛鳥さんからの怨念というか、念波のような何かを。

 ああ、こりゃ今夜も泊りに来るんだろうな。ベッドでグチグチと、寝落ちするまで小言を言われんだろうな。明日は大学行く予定だから早く寝たいんだけど……。

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