#38 からかい上手の服屋さん
なんだかんだで慣れるもんだな、運転ってのは。最初は怖かったけど、いざ乗り回してみれば軽自動車とそこまで変わらんな。
さすがに住宅街とか河川敷みたいな狭い道は怖いけどね。
「男同士で遊ぶ時ってどんな感じなん?」
「女性同士で遊ぶのと、さほど変わらないと思いますよ。普通にゲームしたり買い物行ったり」
「会話ってどんなん? エロい話ばっか?」
「偏見が酷いですね、ははは」
な? 無駄話に花を咲かせられる程度には余裕が出てきてるだろ?
これで本番も安心だなって言いたいところだけど、油断した頃が一番危険なんだろうね。影山さんとか助手席のオカンみたいにうるさそうだし、気を付けないと。
常々思うんだけど、同乗者が騒げば騒ぐほど逆に危なくなるよな。めっちゃガミガミ言ってくる教官とかいるけど、死にたいのかな?
「ちなみに女子の下ネタは生々しいよ」
「あー、聞いたことありますね」
「それが嫌で、いつメンでしか集まらないんだよね」
いつメン……ああ、いつものメンツって意味ね。
どうでもいいけどややこしいよな。イケメンのメンって面と男をかけてるんだろうけど、推しメンのメンってメンバーのメンだよな? メンに意味を持たせすぎだろ、反省しろ。
ああ、ダメだダメだ。運転中にくだらんこと考えちゃダメだ。
「意外ですね」
「い、意外? アタシが下ネタ好きに見えるっての?」
言ってねぇよ、そんなこと。いや、見えんこともないけど。
「そっちじゃなくて、風夏さんって交友関係広そうっていうか、誰とでもツルむイメージありますし」
「昔はそれが正しいって思ってたんだけどね。結構面倒なんよ? 友達の陰口ばっかし言う子も少なくねーし」
ああ、わかるわ。中学の頃だったかな? いつも仲良しの女子達が、休んだ子の悪口を言いまくってるの見てドン引きしたわ。次の日、何事もなかったかのように楽しく喋ってるの見て、さらに引いたよ。引いたというか怖かったというか、可哀想だと思ったね。何が楽しくて生きてんだと。
「いつメンは皆サッパリしてっから、一緒にいて楽しいんだよね」
「わかりますよ。俺も楽しいですもん」
正直な話、最初の頃は怖かったよ。俺の陰口言われてんだろうなって、疑心暗鬼になってた。
でも今は違う。面と向かって悪口言ってくるって確信がある。
「それはさておき、生きてますか? 飛鳥さん?」
「……」
都合よく赤信号になったので、珍しく無口な飛鳥さんの様子を伺ったところ、上の空になっていた。もはや生気が抜けているとしか思えないんだが、等身大の人形と入れ替わってないよな?
「進次郎君が情熱的に口説くからー」
「ところで目的地はまだですか?」
コンビニでの一件を蒸し返されたくないので、無視して強引に話題を変える。
それ抜きにしても、純粋に気になるんだよ。この辺りにショッピングモールなんかあったか?
「もうしばらく道なりだよ。近くまで行ったら教えるから」
「カーナビ使いましょうよ」
風夏さんがガイドするって言うから操り人形のごとく従っているのだが、運転手としては不安だ。知らない道をカーナビ無しで運転するのって結構ストレスなんだよ。
「んなこと言っても細かい住所わからんし、店もカーナビに載ってないと思うよ?」
「個人経営ってことですか?」
「そーゆーこと」
最新のカーナビのはずだが、載ってないなんてことあんのか?
いや、それよりもだな、個人経営の店に行くのか? 品揃えとか大丈夫なんかね。
「アタシの友達がやってる店なんだけどね、なんかめっちゃ安いんよ」
「友達……ああ、家族でってことですよね?」
「ったりめーじゃん、まだ二十一だよ?」
そうだよな、ネットビジネスならまだしも、二十一で店を構えるって厳しいよな。
俺的には、めっちゃ安いってところに引っかかるんだけど。
「特殊な仕入れルート持ってるってことですかね」
「わかんないし、興味ない。そーゆーの難しそうだし」
俺にはアンタがわからんよ。企業秘密とかあるから詳しくは聞けないだろうけど、そういうのって会話のネタになるくね?
ああ、そうか。俺みたいな陰キャと違って、話なんて無限に出てくるのか。
「とりあえず友達の店に貢献したいって感じですか?」
「んー……単純に種類とか多いからかな。アタシとか飛鳥さんって、着れる水着少ないしね」
飛鳥さんはともかく風夏さんは大丈夫じゃないか?
女性物の服とか水着なんて知らんけど、品ぞろえに困るほど極端なスタイルでもないと思うんだけど。
「苦労なさってるんですね」
「そーなんよ、胸がデカいと下着も高いしさぁ……茜ぐらいのサイズが自分的にも男的にも一番良いんだろうね」
反応に困るよ。そういう話はガールズトークの時にしてくれ。なんだよ、男的に良いって。まあ、そうなんだけどさ。
同意したくないし、話広げたくないから話題変えよ。
「……ところで店はまだですか?」
「あっ、さっき通り過ぎた店だよ」
なんやコイツ。『カーナビに言われたら嫌なこと』って大喜利で真っ先に出てくるようなこと言いやがって。
特に手間取ることなく店に辿り着いた。田舎でよかったよ、都会だったら転回難しそうだし。
そして駐車場が無駄に広い。さすが田舎だよ。いや、田舎でも個人経営でこの駐車場おかしくね? いいなぁ、土地持ち。
「飛鳥さん? 着きましたよ?」
「あ、ああ! 腹を決めたぞ!」
決めなくていいよ。水着を決めろ。
「進次郎君は水着買うん?」
「三年前のがあるんでいらないです」
「えー? 男って三年前の着るん?」
むしろ女性は着ないのか? 自宅にプールがあって頻繁に使用するとかなら毎年買い替えるかもしれんけど、普通は三年前でも捨てなくね?
「わ、私が買ってやろう。年上だからな、ハハハッ」
どうしたんだよ、テンション。腹決まってるわりには落ち着きがなさすぎだろ。
「結構です」
「なぜだ? 私のチョイスを信じられないのか?」
アンタが選ぶのかよ。尚更嫌だわ。ブーメランパンツとか履かされそうだし。
などと無駄話をしながら入店する。ああ、冷房めっちゃ効いてて嬉しい。
「いらっ……あっ! 風夏ー!」
さきほど話に出た友達だろうか。
田舎の服屋店員特有のラフな格好の女性だ。客と見分けつかんて。
ギャルに片足を突っ込んだぐらいのほど良い感じだ。これこそファッションギャルだろ。
それにしても可愛いな。この人らって顔で友達選んでるのか? 六人中六人が美少女って本来ありえんからな。
ん? なんだ? 飛鳥さんがつまらなさそうな顔で、俺の袖をクイクイしてくるんだけど。
「進次郎君、長くなるだろうから先に見とこう」
風夏さんと店員さんの駄弁りが長くなると判断した飛鳥さんが、俺の手を取って女性用の水着コーナーに歩みを進める。口ぶりからして、この二人の長話は恒例行事なのだろうか。接客とかしなくてもいいのか?
いや、そんなことより……。
「あの、俺も見るんですか?」
女性同伴とはいえ、水着コーナーは恥ずかしいって。さすがに通報はされんだろうけどさ。
「私にはセンスがないんだ。キミが選んでくれ」
「俺だってないですよ。女性物なんて特にわからないですよ」
風夏さんか店員さんに聞いてくれよ。女性物なんてわかるわけないだろ、俺が。
独特な風貌をお持ちな飛鳥さん相手だと尚更だよ。ファッションセンスある人でも難しそうだわ。
「キミの好みでいい。キミに可愛いって言ってもらえればそれでいいんだ」
「アナタは何を着たって可愛いですよ。いつもの恰好も好きですし」
月並みな言葉で体よく断ろうとしたら、無言で俺の胸板に顔を埋めてきた。
何そのリアクション。可愛すぎる罪で無期懲役なんだけど。
「えっと……それにしても品揃えいいですねぇ。なのに、なんでお客さんが少ないんでしょう?」
「ヤバイおじさんが出没するからよ」
気恥ずかしさから話を変えただけなのだが、店員さんが割り込んできた。馴れ馴れしいな。
いや、それより……。
「ヤバイおじさんとは?」
俺のことじゃないよな? アラサーとイチャついてるヤバイおじさんっていう、皮肉じゃないよな?
「更衣室の前で張りこむ変なおじさんがいるのよ」
「えっ……こわっ……」
なんだよそれ。もはや怪異の類だろ。
そんなヤツ出禁にしろ、出禁に。明確な理由があるんだから、出禁にできんってことはないだろ。んふっ……。
「おかげで女の子が減ったのよ。前までは珍しい服があるからって、若い子いっぱい来てたのに」
よほど被害が大きいのだろう。初対面の客相手とは思えないほど、不服そうな顔をしている。
服屋さんなのに不服……ふふっ……。
「珍しい服ですか。値段も異常にお安いですし、中国から仕入れてるんですか?」
「あらっ。よくわかったわね」
適当に言っただけなのだが、どうやら的中していたらしい。
ちなみに根拠は、中国の通販サイトからの転売が賑わっているという噂を聞いたことがあるという一点のみだ。その噂を本当に耳にしたかどうかも怪しい。イマジナリー噂な気もする。
「とにかく、ファッションショーするなら早くしたほうがいいわよ。多分、後一時間ぐらいで張りこみおじさんが湧いてくるから」
出没時間を推測できるぐらい頻繁に湧くんだな。田舎怖すぎだろ。
「まあ変なおじさんぐらい湧きますよね。店員さん美人ですし」
「あらっ」
あっ、やべ。短期間で女性と触れ合いすぎて、初対面の女性相手にセクハラ紛いのことやってしまったよ。
この人はよほど人間ができているらしく、不快な気持ちを心の奥底に封印してくれている。その優しい愛想笑いが、罪悪感をよりいっそう強める。
「私も参加しちゃおうかな、なんて」
陰キャをからかい慣れているのか、上目遣いで冗談を言ってきた。
可愛いけどやめてくれ。飛鳥さんが足を踏んできてるから。
風夏さん、ゲラゲラ笑ってないでフォローしてくれ。
「中岡君だっけ? 見たかったら定休日に一人で来てね」
「ははは……からかわないでくださいよ」
いや、本当にな。マジでやめてくれ。
嫉妬に駆られた飛鳥さんが、キツツキみたいに帽子のツバで俺の背中を攻撃してきてるから。
「こう見えてフリーなんだよ? 私」
「ははっ……見る目がない男ばかりなんですね」
陽キャの女性は本当に怖い。俺が女だったら、こんな男にこんな冗談言わんよ。勘違いされたら嫌だし。
来なきゃよかったかな……胃が痛くなってきた……。陰キャの俺が足踏みいれていい店じゃねえよ。
(他の客来てくれよ……)
俺の祈り虚しく、それから十分ほど胃袋への攻撃と背後からの攻撃が続いた。笑ってないで助けてくれよ、どっちもアンタの友達だろ。
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