#21 知識の悪魔

 ああ、頭が痛い。

 ニ十歳になった直後ならまだしも、二十一歳で二日酔いは情けないな。

 二日酔いなんて所詮は脱水症状だと知ってるんだから、ちゃんと定期的に水を飲んでおけばよかったよ。


「今日は羽衣さん来るんだし、薬とか軽食を買ってきてもらおうかな」


 データ収集に協力させられるんだし、これぐらい頼んでもバチは当たらないよな?

 いや、すでに対価として大学用のレポートのデータまとめてもらったりしてるし、新たに借りを作ることになってしまうか。やめとこ。


「困ったな、仮眠を取るには中途半端な時間だしなぁ……」


 とりあえず昨日のことを思い出そう。羽衣さんに報告しなきゃいけないし。

 たしか、若作り行かず後家が争ってて……なんか気まずくて一気飲みして……。

 俺の一気飲みを見た飛鳥さんが、なんか知らんけど張り合ってきたんだっけ? それで俺より先に潰れて……。


「えっと……記憶違いだよな……? なんか、抱き寄せたような……」


 はは、まさかな。ちょっと頭を撫でたような気もするけど、そこ止まりだよな?

 ほっぺた突いたりとか、そういうこともした気がするけど……。いや、肩に腕を回したわ。温かかった記憶があるもの、細くてびっくりした気がするもの。


「ママさんとなにか喋ってたな……可愛いとか言った気がする」


 あかん、今になって恥ずかしくなってきた。年上に対してなんてことを……。

 待て、もっと恥ずかしい話をしてたような……。何を言っていた?

 二日酔いでダメージを受けている脳みそを酷使して、必死に昨日のことを思い出そうとする。ああ、ダメだ。思い出せば思い出すほど、心労が……。

 酔うと記憶が飛ぶタイプならば、どれだけよかっただろう。




 多少の抜けはあるかもしれないが、一通りの記憶は蘇っただろう。枯れ果てた俺の精神が蘇るのは、まだ先のことだろうけど。

 時間というのは無慈悲なもので、俺の回復など待ってはくれない。

 滅多に鳴ることのないインターホンの音で、悪魔の来襲を悟る。


「羽衣さん……どうぞ、おか……お入りください」

「ん……殴る」


 本音が隠しきれず、鳩尾に軽くジャブを打ち込まれる。痛いんだけど。


「前よりも飛鳥さんの匂いが強いね」


 小さな鼻をヒクヒクさせながら、部屋を探索する姿が愛おしい。だが、それ以上に面白い。


「その鼻をヒクヒクさせる仕草、可愛いですね」

「ふふん」


 そのドヤ顔も可愛いな、少し腹立つけど。


「中岡君、だいぶ女の子の扱いになれてきたね」

「そんなことは……コミュ障はだいぶマシになりましたけど」


 ママさんと話をするうちに一皮むけたってのは、自覚がある。良くも悪くも思ったことを口にしてしまうというか。日本で生きていくには危険か?


「私は何番目に可愛い?」

「えっと……」


 どう答えても危険な質問は、やめてください。順位つけたくないんです。


「何番目でも怒らない。でも嘘をついたら、アナタは男に生まれたことを後悔する」


 遠回しな表現ってのは、なんでここまで恐怖を煽るんだろ。想像による恐怖は無限大ってヤツだろうか。


「私の握力は三十キロにも満たない。だから大惨事にはならない」

「二番目です」


 万が一にも痛い目に遭いたくないので、深く考えずに答えを捻りだす。

 俺は今、誰を一番目に置いた?


「一番は?」

「えっと……」


 なぜ一番と答えなかったのだろう。咄嗟の答えということは、無意識に羽衣さんの上に誰かを置いているということだが……。


「京さんですね……」


 更新の余地はあるかもしれない。だが、初対面で一番可愛いと思ったのは京さんのはずだ。


「そう……可愛いよね、茜は」

「あえて順番をつけるなら……って話ですよ? 羽衣さんも飛鳥さんも風夏さんも影山さんも、全員、可愛いですよ」

「なるほど、その順番ね」


 え……。ああ、言われてみればそうかもしれん。


「あの、影山さんには言わないでくださいよ? 可愛くないってわけじゃないんですから」


 だから順番をつけたくないんだよ。いくら可愛くても、絶対に最下位が出るんだからさ。


「言わない、でも……」

「でも?」

「〝飛鳥さん〟と〝風夏〟だけ下の名前なのは、なぜ?」

「あっ……」


 そうか、まだ誰にも言ってないんだっけ。別に隠すようなことじゃないからいいんだけどさ。

 その件も含め、これまでにあったことを全て包み隠さずに話した。




「なるほど……つまり四又だね」

「何を聞いていたんですか? 又の内訳を教えてくださいよ」

「私、飛鳥さん、風夏、スナックのママ」


 頭が痛くなってくるね。別に誰とも付き合う気がないのに、四又扱いされてさ。しかも、否定しきれないっていうね。いや、ママさんは違うだろ。


「あの、羽衣さんとママさんは違うのでは」

「は?」


 真顔で怒るのやめてください。本当に怖いんです。


「疑似恋愛するって約束した。疑似とはいえ、本気になってもらわないと困る」


 ラノベ再現するとか言ってた気もするけど、同意したっけな。そうか、俺の同意なんて必要ないんだよな。


「スナックのママは私も知ってる。あの人は飛鳥さんと同類」


 それはなんとなくわかる。両者共に悲しい共通点があるからな。

 もっとも、ママさんの場合は、男が寄ってくるけど相手にしないって感じな気もするけど……。いや、それにしては生娘な反応を……。


「えっと、つまり……」

「中岡君の毒牙にかかってる」


 毒牙てアンタ。


「風夏は予想外だったね。処女だからチョロいとは思ってたけど」

「処女なんすか!?」


 思わず大きい声が出てしまったが、それも無理からぬ。

 男遊びしてるとまでは言わないけど、絶対に経験者だと思ってたよ。だってギャルだぜ?


「そもそも風夏は……おっとっと、なんでもないよ」

「ちょ、気になるじゃないですか」

「なんでもないよ」


 鼻を抓まれる。これはアレか、その気になれば目つぶしできたってヤツか。


「私としてはデータ集まるからいいんだけどね。手当たり次第に手を出してると、チンチン切られるよ」


 サラッと恐ろしいことを言わないでほしい。ヒュンってなったよ。そして、手など一切出してないぞ。


「もし切られたら、痛みについて教えてほしい」

「まぁ、生きてたら」

「止血すれば大丈夫だよ」


 どうだろ、ショック死しそうだけど。宦官ってのが存在する以上、絶対に死ぬってわけではないんだろうけど。


「さて、なにから聞こうか。とりあえず美羽のパンツ見た時の感想をお願い」

「……太ももが可愛いなって……とりあえず興奮しました」


 なんでセクハラされてんだろ、俺。そして、何を言ってるんだろ、俺。

 脚フェチってわけでもないと思うんだけどな、正直、滅茶苦茶興奮したよ。


「それは、美羽だから?」

「貴女達五人だったら、誰でも興奮しますよ」

「茜だったら、もっと興奮する?」

「おそらく……」


 なんだよ、なんのデータ収集なんだよ。恥ずかしいんだけど。


「太ももなら、風夏が一番だと思うけど、茜とどっちが興奮する?」

「……見れる確率も込みで、京さんの方が興奮するかと」

「確率?」

「ほら、グラビアアイドルの胸とか尻より、街中でのパンチラの方が興奮するじゃないですか?」

「ふむ……」


 何をしているんだ、俺は。

 女性である羽衣さんに同意を求めたって、仕方ないだろうに。


「私のも見たいよね? それはわかってるけど、どこまでする?」

「どこまでとは?」

「どこまでの代償を支払える?」


 何気ない質問だが、緊張が走る。

 見せてもらえるかもしれないという期待もさることながら、下手をすれば相当の痛手、代償を支払わされるかもしれないという恐怖。このドキドキは、二日酔いで弱ってる俺にはキツすぎるよ。


「私は男性器の痛みについて興味がある」

「その代償は支払えません」


 キッパリと物申す。万が一にも、そっち方面で話が進んでは困る。

 下手したら万力とか持ち出しかねんしな、この人。


「茜だったら……」

「京さんでも無理です」

「それは、そこまで興味ないから? 痛みに耐える根性がないから?」

「……後者です」


 風夏さんにしろ羽衣さんにしろ、なんで根性と結びつけるんだろう。お前らは、眼球への攻撃を根性で我慢できるのか。


「美羽の太ももを見たとき、触りたいと思った? 挟まれたいと思った?」

「そのときは別に……その質問で、そういう気持ちになってきましたけど」

「舐めたいとかは?」

「そっちの趣味はあまり……」

「ふむふむ」


 前から気になってたんだけど、この人のメモ帳ってどんなこと書いてんだろ。ろくでもないことが羅列されてるってのは、なんとなくわかるけど。

 その後も、セクハラ紛いの質問攻めは続いた。ああ、この人に嘘を見抜く能力が無ければ、適当にやり過ごすのに……。

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