#22 元ネカマ現モルモット

 救急車に乗ったこともなければ、入院したこともないが、なんとなくのイメージは持っている。なんか体に色々つけられるんだろ? よくわからん線が体から伸びて、なんかよくわからん機械に繋げられて、よくわからん数値が出るみたいな。


「あの、なんか気持ち悪いんですけど」

「気にしないで、数値が乱れる」


 なんの数値だよ。なんの装置だよ。俺の指にはめてるリングとか、胸板についてる吸盤はなんなんだ。なんでイヤホンをつけられてるんだ。


「デフォルトの数値を取りたいから、気持ちを落ち着けて。私の可愛い顔と声でドキドキするのはわかるけど」

「そりゃアナタは可愛いですけど、違うドキドキですよ」


 実験前のモルモット特有のドキドキだよ。知能がある分、彼らより辛いよ。


「そうやってすぐ可愛いとか言うから、四又になる」


 いや、アンタが自分で……いや、いいよ、もう。なんでもいい。


「中岡君、とりあえず何も考えないで」

「……」


 中々、難しいことをおっしゃる。ダメだダメだ、こういうことも考えちゃダメなんだな、よし、今からスタート。


「今、この部屋にはアナタしかいない。そのつもりでよろしく」


 真横でそんなこと言われても……おっと、これもダメか……。大体、何を……ああ、ダメだ、どうしても何かしら考えてしまう。


「はい、スタート」


 羽衣さんが淡泊な合図と共に、動画を再生する。

 なんだ? ドラマ? ドキュメンタリー?

 可愛いのか可愛くないのかよくわからん女性と、ちょっと気持ち悪い男性が向かい合っているんだが、なんの映像だ?

 何もわからないまま、黙って映像を注視する。女性の方は明らかに作り声だな。あんまり良い気分ではない。

 え? なに? なにしてんの?

 これ……。


「羽衣さん、これ、エッチな……」

「こっちを向かないで」


 振り返ろうとした俺の頭を鷲掴みにして、モニターの方に向ける。

 状況が飲み込めない。俺の体には謎の装置に繋がる線が多数。友達なのか、知人なのか、関係がよくわからない女性と一緒にエッチな動画を鑑賞。

 何をさせられてるんだ?


(うわ、生々しいな……エロ同人ぐらいしか読まないから、こういうのキツ……)


 世の中の男性は、こんな物を見ながらナニをするのか。俺にはよくわからんな。

 無論、俺がおかしい側の人間だってのは重々承知している。してるけども……。


(羽衣さんは、どんな顔でこれを見てるんだろ。イヤホンしてないから、無音で見てるんだよな)


 確認したいが、二度目の命令無視はさすがに怖い。

 そもそも、羽衣さんは存在しないものとして扱わなきゃいけないんだよ。うん、できるか!


(長いな……飽きてきたんだけど……)


 演技が露骨すぎるというか……いや、本番の経験がないから、どこまで演技なのか知らんけどさ。

 ああ、眠たい。ただでさえ、二日酔いで疲労溜まってんのに……。

 羽衣さんにバレるとまずいので、なるべく目立たないようにアクビを処理する。


「はい、ここまで」


 中途半端なところで、羽衣さんが動画を止める。

 ああ、やっと終わりか。ありがたい。


「んー。バイタルに異常はないね」

「バイタル?」


 バイタルって、なんだっけ。脈拍とか体温とか、そんな感じだっけ?

 まあ、なんとなく、脈拍とか測定してるんだろうなってのは、わかってたけど。


「巨乳の女優を選んだんだけどね。反応が薄かったね」

「はぁ」

「なんで?」

「なんで……と聞かれましても……」


 答えあぐねる俺に、グイッと顔を近づける。


「うん、心拍数が一瞬だけ上がったね。故障じゃないみたい」

「はは、驚かさないでくださいよ」

「驚かす目的じゃない。怒ってる」


 なんでだよ。怒りたいのは俺だよ。

 体調悪いってのに、いきなりAV見せられて、わけわからん質問されて。時間の無駄だし、しんどいしで、久々にキレそうだよ。


「なんで興奮しないのか、ちゃんと理由を説明して。こればかりは、アナタにしかできない」

「えっと……失礼ですけど、あんまり可愛くなかったですし、胸の形もなんか……」


 生で見たことないから、形の美醜なんてよくわからんけどさ。刺さらなかったよ。


「わかった。まだ色々な種類のAVを用意してるから、どんどんいくよ」


 嘘だろ、まだ続けるのかよ。しんどいんだけど。

 文句の一つでも言ってやりたいところだが、なるべく態度に出さないように気をつけてAV鑑賞を続ける。無心で。




 何本見ただろうか。導入っていうのかな、行為が始まる前を飛ばしてくれたけど、それでもかなりの時間だったな。途中から羽衣さんの存在が気にならなくなってきたけど、それでも苦痛だったよ。


「うん、綺麗な女優さんとか、凄くエッチな内容のヤツは、ちゃんと反応してたね」

「まあ、男ですし」

「思ったより変動はしなかったけど、バイタルにところどころ乱れが見える」


 なんか恥ずかしいな。普通のことだと思うんだけどさ。


「中岡君の女性の好みもなんとなくわかったよ」


 どこで活かされるんだろう、そのデータ。小説を執筆してるらしいけど、俺をモチーフにするわけじゃないよな? あくまでも参考だよな?


「……俺も一つわかったことがあります」

「なにかな? なにかな?」


 データ収集の鬼だけあって、食いつきが良い。大したことじゃないから、ハードル上げないでほしい。


「色々な女優さんを見て思いましたが、羽衣さん達って、相当可愛いですよね」

「……」


 あっ、地雷踏んだ気がする。

 待てよ、散々セクハラじみた実験しといて、その反応はないだろ。自分はよくて、俺はダメなのかよ。


「いいね、中岡君」

「えっ……」


 よかったの? さっきのタメ、無言はなんだったの?


「私が研究のために読んできたラノベの主人公達は、そうやってチョロいヒロインを落としてきたよ。いいね、いいね。そういうのもっとちょうだい。アナタがラノベ主人公のムーブを模倣してくれれば、私としても助かるよ。アナタはレポートのお手伝いという報酬しか頭にないと思ってたけどね、モルモットとしての自覚が出てきたようで安心、感心だよ。でもね、及第点にギリ届かないかな。『羽衣さん達』ってなにかな? 『羽衣さん』でいいよね? まあ、補習で巻き返せる範囲だとは思うよ。もしも『京さん達』とか『風夏さん達』みたいに、他の子の名前を出してたら、落第を言い渡さざるをえなかったね。あとね、私に似ても似つかない女優に強い反応を示してたのがね、許せないかな。サーモグラフィーで股間を見てたけど、明らかに勃起してたのよね? そこは男の意地で耐えるべきじゃないかな、少なくとも私だったら耐えてる。私と疑似恋愛する義務があるんだから、私のことを考えるべき。私は優しいから、電気あんまで許してあげるけど、普通なら即死だよ。ラノベ主人公になりたいなら、もっと努力の余地があるんじゃないかな。才能を嘆くのは、やることやってからだよ。泣き言を言う暇があったら、泣きながらでも足を進めるのが主人公だよ」

「……」


 突然のことに、開いた口が塞がらない。羽衣さんは違う意味で塞がってないけど。

 普段カタコト気味なくせに、どうした急に。いきなりお経を読み上げないでくれ。

 早口な上に長文だから良く聞き取れなかったが、結局どっちだ? 俺の発言は正解だったのか?


「……ちょっとお手洗い借りるね、うん。ちゃんと返すから安心して。休憩がてらゆっくりするけど、邪推しないでね。じゃあ……あだっ!」


 すり抜け能力があると勘違いしてたのか、間抜けにも扉に顔をぶつけ、羽衣さんらしからぬ大きな声が出た。笑うべきか、心配するべきか、悩ましいな。


「鼻、大丈夫ですか? あっ、潰れて……ああ、元々小さいのか」

「……」


 やっちまったよ。のべつ幕なしに異常な言動を見せる羽衣さんに、つい素が出てしまったよ。


「えっと、その、小さくて可愛いと思いますよ」

「……」


 俺の苦し紛れのおべっかを無視して、トイレに向かう羽衣さん。どんな表情してんだろ。俺、殺されないかな。心臓が痛いような気がする。

 まさかと思い、俺の体に繋がれた名称不明の機器に目をやる。

 数値や波形の見方がイマイチわからないが、著しく変化してるような気がする。


「嘘はついてないんだけどな、信じてくれんよなぁ」


 ネチネチと怒られたり、指を噛まれる覚悟を固めていたが、トイレから戻った羽衣さんは、俺に何をするでもなく、無言で機器を片付け始めた。

 手伝いを申し出た方がいいのか悩んでいるうちに片付けが終わり、『じゃあ』と一言だけ残して俺の家を後にした。

 助かったのか……? 地獄の釜の蓋が開いたとしか思えないのだが……。

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