#20 男の値打ち

 今日はたまたま日が悪いのか、元々そこまで盛況ではないのか知らないが、俺と飛鳥さん以外の客は一向に訪れない。厳密にいえば俺ら二人は客ではないと考えると、閑古鳥もいいところだ。

 真横で女の闘い(行かず後家・夏の陣)が繰り広げられている気まずさ、いたたまれなさから少々飲みすぎてしまったかもしれない。

 ウイスキーのグラスが空になったあたりから、タダ酒に対する罪悪感が薄れ始め、今となっては何杯飲んだのか、摂取したアルコール量はいかほどのものか、何もかもわからない。


「弊社なら……弊社なら三日で……」


 飲みすぎなのは、隣のアラサーも同様だ。机に突っ伏し、社内で嫌われるタイプの営業マンのような寝言をつぶやいている。


「ママさんってぇ、どこに所属してるんですかぁ?」

「うん? どういう意味かしら?」

「事務所ですよぉ。絶対モデルさんでしょ」

「あらあらあらあら、進ちゃんったら」


 相変わらず〝あら〟が多いな。いや、誤魔化されんぞ。

 この人は絶対に芸能人だ、間違いない。突き止めて週刊誌に売り込むしかねぇ。


「こんなただのオバチャンなんて雇ってくれないわよ」

「んなわけ……ただのオバチャンなわけが、ありますかぁ!」


 いかんいかん、つい大きな声が出てしまった。

 視界が揺れててよく見えないが、驚かせてしまったのではないだろうか、反省しなければ。


「貴女ほどの美女が芸能界にいかないなんて……日本の……日本にとって経済損失ですよ……」

「進ちゃん……」

「だいたいですねぇ、フリーってのがおかしいんですよ。この町の男は何をしとんですかいや」


 あれ? 今、ちゃんと喋れてたか? なんか舌が回ってなかったような……頭も回らんし……目はしっかりと回ってるんだけど。しっかり回るって表現も変かな、変なのは頭か。んふふ。


「進ちゃん……そんな急に口説かれると私……」


 ママさんがなにか言っているが、まだまだ喋り足りない俺の耳には、いまいち入ってこない。


「ママさんに限らずねぇ、飛鳥さんがフリーってのもおかしいんですよ」

「え、このまま私を口説く流れじゃ……」


 なぜか困惑しているママさんを無視して、情けなく酔い潰れている飛鳥さんの肩に腕を回す。こうしてみると、本当に小っちゃいな。


「こんな良い人がフリーのままアラサーなんてね、男共は何をしてんですか」


 こんな小動物みたいな美少女を放置なんて、考えられないね。ああ、もちもちしてるな、このほっぺた。ずっと触っていたい。


「進ちゃん、貴方の目の前にフリーの良い女が……」

「飛鳥さんも飛鳥さんですよ。身長がどうだのスタイルがなんだの……んなの、くだらないれすよ」


 なにが『女として見られない』だよ。見る目ないヤツなんか、ほっとけ。どいつもこいつも、心でぶつかりあってないんだよ。性欲に負けて、外見と上辺だけで恋をしすぎなんだよ。だからすぐに破局すんだよ。


「でも、大きい方がいいんでしょ?」


 ママさんが、ここぞとばかりに胸をアピールする。見たいけど、視界が揺れててよくわからん。


「それも一つの魅力なんでしょうけどね……そんなもん無くてもね、飛鳥さんは素敵なんですよ」

「あはは……」


 わしゃわしゃと頭を撫でまわす俺を見てか知らないが、ママさんが苦笑いする。


「女性を撫でるのって嫌われるらしいですからね、今しかできんですよ」


 起きないことを祈りながら、乱雑にわしゃわしゃする。風夏さん達に比べたら、サラサラ感がないけど、これはこれで良いものだよ。知らんけど。


「喜ぶと思うけどね。飛鳥ちゃんなら」

「ないですよ、ないない」


 撫でて喜ぶなんて二次元だけの話よ。もしくは、人目をはばからないタイプの痛々しいバカップル。


「この人ねぇ、自分の可愛さを理解してないんですよねぇ」

「ええ、可愛いわよね。飛鳥ちゃん」

「ママさんも可愛いですよ」

「あらっ……」


 年上に対して失礼だっただろうか。いや、これぐらい別にいいか。いかに俺がキモくても、これぐらいで騒ぐほどの小人しょうじんではあるまい。


「飛鳥さんといるとね、安心するんですよ。本当に優しい人ってのは口が上手い人なんかじゃなくて、その場にいるだけで誰かを優しい気持ちにできる人なんですよ」


 ダメだ、酔ってて自分でも何を言ってるかわからん。


「えっと、じゃあ、飛鳥ちゃんと付き合っちゃうのかしら? かしらかしら」


 かしらかしらうるさいな、山賊の下っ端かよ。ああ、今の面白くないな。いつもこうだよ、俺は面白いこと一つ言えない矮小な男なんだ。


「付き合うのはダメです」


 一瞬、飛鳥さんがピクリと動いた気がするが気のせいだろう。この大人しさは、完全に寝ているときのそれだ。

 多分、夢の中で階段を踏み外したんだろ、俺もよくあるよ。


「俺は人を不幸にします……俺なんかと付き合っちゃ、汚点になりますよ」

「どうしてそう思うのかしら」


 俺の発言の真意を問いながら、透明な液体が入ったコップを俺の前に置く。水でいいんだよな? 焼酎じゃないよな?

 うん、臭いしないし、水だな。酔いを醒ませってことだろう。


「ゲームの話なんですけど、人を騙したりしてたんですよ、俺は」

「えっと、ゲームはよくわからないけど……悪いことをしてたってことかしら?」


 そうだよな、ゲームとかわからんよな。どう説明したものか。


「なんていえばいいんでしょ……客に貢がせてるホストが実は女性だったとか、キャバ嬢が実は男性だったとか……そんな感じの……」


 ダメだ、酔ってて頭が回らん。素面でも説明できる気せんし……。


「まあ、うん。なんとなくわかったわ」

「さすがママさん……」


 年の功……は言わないほうがいいな。酔っててもそれぐらいの判断はできるさ。


「でもそれって……そんなに悪い事なのかしら?」

「重罪ってほどじゃないかもしれないですけど……悪いことを平気でしてたことに問題があるんですよ……飛鳥さんに出会わなきゃ、気付くことすらできませんでした」


 本当に感謝してるよ、恥ずかしいから本人には絶対言わんけどさ。


「どうにか償おうと、できる限りのことはしてるんですけどね……」


 今まで騙してきた人達のレベル上げを手伝ったりとか、素材をあげたりとか、少しずつではあるが、やることはやってるつもりだ。だが、正体を明かして謝罪は怖くてできない。俺なんて所詮……。


「償ってるならいいんじゃないの? 誰だって大なり小なり、悪いことしてるわ」


 慰めてくれているのだろうか。

 ママさんの言うことはよくわかる。異を唱える気はないが、それでも悪行であることに変わりはない。


「過去は消せませんし、俺に飛鳥さんと付き合う権利なんてないんですよ」

「……」


 呆れさせてしまっただろうか。そうだよな、最低だもんな。

 いたたまれなさに耐えきれず、飲みかけのウイスキーを一気に飲み干す。


「男の値打ちって、どれだけ過去と向き合えるかで決まるんじゃないかしら」

「え……」


 ママさんの声色が急に変わる。なんというか……なんだ……。言葉が上手く出てこないけど、なんかアレだ。長年スナックでママやってた人特有の雰囲気が出てる。


「都合の悪い過去をなかったことにしたり、引きずったりするのは男じゃないわ」

「……はい」

「色んな男を見てきたからわかるわ。しょうもない男は過去の失敗をいつまでもウジウジと悩むし、過去の栄光にいつまでもすがるわ」

「……」


 耳が痛いよ。俺から見ても、そういう男はつまらないよ。そして、俺も同類に成り下がっている。しょうもない男なんだな、やっぱ。


「でも良い男は、過去がどうあれ、今やるべきことをやってるわ」

「今やるべきこと……」

「昔はワルだったと自慢する男は、今も昔もチンケな男よ。でも、ちゃんと更生して真面目に生きてるなら立派よ」


 そうだろうか。初めから真面目に生きている人の方がよっぽど……。


「もちろん、ずっと真面目に生きてる方が立派だけどね。ふふ」


 まさかとは思うが、スナックのママというのは読心術が使えるのか? 

 いや、案外そうなのかもしれん。簡単なことであれば、経験則から表情でなんとなくわかるのかも。


「情けない過去があるなら、今からでも万人に誇れる男になりなさいな」


 万人に誇れる男……。


「更生しても過去が消えないから更生しないってのは違うわ。いくら後ろ指を差されようと、できる限りのことをし続ける。それが男の生きる道ではなくて?」


 なんだろう。

 別にママさんは、特別なことを言っているわけではない。わりかし誰でも言えることを言っているにすぎない。

 けれど、なんだ? この、心にくる感じ。


「……ありがとうございます。ママさんのおっしゃるとおりです」

「あらあらあら。お役に立てたようでなにより」


 心のモヤモヤが晴れたよ。でも……ああ、ダメだ。ダメ押しのウイスキーが効いてきたよ。


「でも……それとは別に怖いんですよ……」

「怖い?」

「俺は……」


 あかん、もうあかん。

 これ以上、無理に起きたら吐くよ。意識が……。


「進ちゃん? 大丈夫?」


 何か言ってるけど、もはや聞き取れん。多分心配してくれてんのかな。

 起きたらお礼を言わないと……いろいろと……救われたし……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る