#16 美羽式喧嘩必勝法

 当初はオシャレ街で服を買う予定だったらしいが、変態仮装集団にあてられ、カフェで早めの休憩を取ることになった。っていうか本当にオシャレ街なのか? トマトヘアーだぞ?


「先に言っとくけどさ、高い物を貢がれたりとか、そういうのあんま好きじゃないんだよ」


 夢咲さんが聞かれてもないことを唐突に語りだす。わざわざ言われんでも、ミツグ君になる気はないのだが。


「そうですか。夢咲さん何を頼みます?」


 注文前にだべり続けるのも店員さんに迷惑なので、話を打ち切らせる目的も兼ねてメニュー表を手渡す。


「進次郎君と同じでいいよ」


 確信したわ。こいつ、「夕飯、何食べたい?」って聞かれたときに「なんでもいいよ」って答えて、反感買うタイプだわ。

 好きな物頼みづらいからやめてくれよ。俺は普通にコーヒーだけでいいんだけど、パフェとか頼んだ方がいいの?


「とりあえず紅茶でいいですか?」

「紅茶派なん?」

「いえ、確か最初、俺の家に来たとき紅茶飲みたがってましたよね?」


 思い返すと腹が立ってくるな。勝手にズカズカあがりこんで、お菓子だのコーヒーだのジュースだのと。結局インスタントコーヒーを出してやったんだけどな。


「なになに? 覚えててくれたの? やっぱり最初っからアタシを狙った系?」


 俺が狙われてた系だよ。あんときは被食者側の心境だったよ。


「人生を大きく変えた日、運命の日ですからね」


 変わったと言っても、悪い方……だと思っていたのだが、ここまでの数日間を思い返すと、そこまで悪くない気がしてきた。むしろ楽しいくらいだよ、京さんのワサビ唐揚げはトラウマだけど。


「運命って……それはアタシに出会えたって意味?」

「……今の夢咲さん、天馬さんっぽいですよ」


 まあ、この人は天馬さんと違って本気ではないんだろうけどな。嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちになりながらも呼び出しボタンを押す。


「今なんつったの? アンタ」

「え……」


 俺、何か言ったっけ。そんなまずいことを言った覚えはないのだが、夢咲さんの豹変ぶりを見るに、大型地雷を踏んだらしい。


「ぐいぐい来る感じが天馬さんっぽいなって」

「は?」


 なんで怒ってんの? この人。


「えっと、アラサー扱いしたわけじゃないですよ?」

「そういう問題じゃない」


 どういう問題なんだろう。この人、情緒不安定すぎんか? 何がなんだかわからんけど、とりあえず謝罪しておくか?


「お待たせいたしました。ご注文をお伺いいたします」


 タイミング悪く店員がやってきて、謝罪をキャンセルされる。

 厳密にいうと、店員のタイミングが悪いというより、この人のキレるタイミングが悪い。店員さんに非はない。


「えっと、飲み物はアイスティー二つで……オススメのスイーツとかありますか?」


 アイスティーだけでいいのだが、なるべく店員との会話を引き延ばそう。怒りは六秒がピークっていうしな。

 客が少ないからか、よほどお喋りが好きだからなのか知らないが、うまい具合に店員がオススメのメニューについて語りだす。

 夢咲さんの機嫌をチラチラと伺いながら、適当に話を弾ませているのだが、全く良くなる気配がない。むしろ、悪化しているように思えてならない。


「じゃあ、その期間限定のケーキ二つでお願い」


 無言を貫いていた夢咲さんが、話に割り込む形で注文を通す。ああ、これ本気で怒ってるわ。最悪の場合、現地解散するヤツだわ。


「夢咲さん……」

「好色家」


 なにその罵倒。人生で初めてなんだけど。


「ああいう落ち着いた子の方が好きなんだね。愛想よくて可愛かったもんね」


 誰の話を……え、店員さん? 店員さんと話し込んだことを怒ってんの? 今日はやけに彼女面するな、この人。


「確かに愛嬌ありましたけど、夢咲さんの方が……」

「またそのパターン? 甘く見ないでくれる?」


 あかん、手強い。っていうか何を言っても怒るモードだわ。黙っても喋っても怒るモードだわ。

 いつもなら「初めて来た店だから、ハズレをひかないために話を聞いてたんですよ」と申し開きするところだが、絶対に悪手だ。ここでの下手な言い訳は、火に油を注ぐ行為に等しい。


「進次郎君、本当に女性慣れしてないの? フツーに喋れてんじゃん」


 そりゃアンタらに、超短期間の詰め込みスパルタ教育されたからな。最近は男友達より、アンタらといる時間の方が長いよ。


「夢咲さん達を除けば、母親と祖母以外の女性の連絡先を知りません。男友達でさえ数人です」


 悲しいぐらいスカスカなスマホの電話帳を見せる。


「メッセージアプリは? 今時普通の電話番号なんて交換しないじゃん」

「そっちは母親と祖母すら入ってませんよ」


 友達よりも、公式アカウントの方が多いメッセージアプリの画面を見せる。


「んふっ」


 友達が多いであろう夢咲さんから見れば相当哀れに見えたのだろう。不機嫌な表情から一転して、半笑いになる。


「信じるよ。ってか必死すぎだし。フツーそんなん見せる?」


 俺だって見せたくなかったよ。でも言葉で打開する自信がなかったんだよ。


「プライバシーなんて二の次ですよ。俺のせいで不愉快にさせちゃったんですし」

「誠意は伝わったよ。店員さんにデレデレしてたのは許さんけど」


 デレデレしてないし、仮にしてても怒られる筋合いはない。


「言っとくけどワンチャンとかないよ? ああいう子って絶対に彼氏いるし」


 何を根拠に言ってるんだろう。大体それを言ったら、夢咲さんは男を複数人キープしてそうな見た目してるぞ。


「そこまでおこがましくないですよ。今後会うこともないでしょうし」


 ぶっちゃけ、既に顔も覚えてない。


「まあそれに関しては怒り引っ込めるよ。貸し一つね」


 なんて恩着せがましいヤツだ。このペースで着せられたら、恩だけで十二単になっちまうよ。待て、それに関してってなんだ。


「でもね……急に飛鳥さんの名前出したことは本気で怒ってるよ」


 出したっけ? 出したわ。だからなによ。


「出しちゃまずかったですか?」

「たりめーじゃん」


 そうか、当たり前か。アレかな、デート中に他の女性の話するのダメっていうアレかな。そうかそうか、ふざけんなよ。


「アタシだから無事なだけで、他の子だったら酷い目遭ってるよ? 美羽怒らせたら最悪の場合、病院送りだし」


 なにそのヤンキーの先輩自慢みたいなの。盛りすぎだろ。


「影山さん、そんな強そうに見えませんけど、武道の経験とかあるんですか?」


 ローキックをくらったことあるけど、素人っぽかったぞ。


「ないけど、小学生の頃から喧嘩で男を泣かせまくってるらしいよ。高校でも男に勝ってたらしいし」

「強すぎません? 高校生って男女差、凄いでしょう」


 あの人そこまで身長ないし、体重や筋力も普通ぐらいだろう。

 ジョギングを見るに、そこまで優れた身体能力を有しているとは思えないし。仮に格闘技経験があっても、よほど極めてないと勝てないんじゃないか?


「口喧嘩した後日に、背後からタマ蹴るらしいよ」


 そりゃ勝つわ。訴えられたら負けるぐらい、圧倒的に勝つわ。いくら性別によるハンデがあるとはいえ、後日に背後から急所攻撃ってクズすぎる。

 そもそも男側は、次の日には喧嘩のことを水に流してるだろ。和解後の爆撃だよ。


「高校生でそれはヤバくないですか? 当たり所が悪かったら、悲惨なことになりますよ」


 小学生でもヤバいけど、高校生だと潰れてもおかしくないだろ。


「よく知らんけどコツあるらしいよ。潰れにくい蹴り方みたいな」


 そんな峰打ちみたいなことできんのか。っていうかオシャレなカフェでする話じゃないよ。


「進次郎君も洗礼受けた方がいいよ。女の子を怒らせちゃいけないって体で覚えなきゃ」


 そんな情操教育は嫌だ。何のために同じ言語を用いているんだよ。


「さすがにそれは嫌です」

「無理か。進次郎君、根性なさそうだもんね」


 根性ってそんな万能ステータスなの? 根性論なんか、とうの昔に淘汰されたぞ。


「根性で耐えられたら苦労しませんよ」


 古代ギリシアのスパルタでは、子供達が鞭打ちに耐えられる回数を競っていたらしいが、その比じゃないだろ。不良の根性焼きより、よっぽど危険だぞ。


「耐えられるよ」


 何を根拠にしているのか知らないが、ハッキリと言い切られてしまう。


「格闘技でもよく起こる事故だけど、強い人なら試合続行するよ。さすがにインターバルはあるけどね」


 格闘技見ないから知らんけど、さすがに嘘だろ。いや、この自信たっぷりな顔からして、事実なのか?


「……怒らせないように精進します」

「ん、よろしい」


 なんで上からやねん。どこまで俺を悪者にすれば気が済むんだよ。

 不服ではあるが、怒りポイントを丸暗記して回避し続けるしかない。どれだけ不条理でも、俺が一方的に責められるのだから。よし、これからは地雷回避を頑張ろう。

 そう心に誓った矢先に「なんでケーキ食べたの? 写真撮るの先じゃん」と、早速地雷を踏んでしまい、完全に萎えてしまった。

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